調停の朝餉②
「花音との件もありますし」
核心部分に触れられた瞬間—ヨシオの拳が固く握りしめられる。
路上生活で学んだ交渉技術が脳内で警報を発していた。
有利な立場にある相手との対話ではまず情報を引き出すことが先決であると。
「何が問題なのでしょうか?」
敢えて反論せず情報収集に徹する戦略だ。
かつて労組代表として資本家側と交渉した経験が今に生きる。
「ヨシオさんあなたのお部屋を調べましたわ」
突如割り込んだリィファの声が朝食会場に氷柱のように突き刺さる。
その笑顔に浮かぶ冷笑は蛇のような狡猾さを湛えている。
「なんですのあれは? お漏らしでもしましたか? 中年にもなって(笑)」
嘲笑混じりの暴露にヨシオの背筋が凍る。
確かに昨夜—工場で使い古したタオルケットで眠った痕跡が残っているはずだ。
ホームレス生活で染み付いた体臭に加え花音の花蜜の匂いが混ざれば……
「汚部屋」と揶揄されても無理はない。
「それとも……花音さんあなたの仕業かしら?」
矛先が急転換する瞬間を見逃さなかった。
リィファの視線が少女の下半身へ向けられていることに気づいたヨシオは即座に防御態勢に入る。
「まだおねしょが治ってないのかしら?」
挑発的な問いに花音の頬が赤く染まる。
大企業令嬢として恥辱に耐える姿が痛々しい。
しかし意外にも彼女は黙して語らない—むしろヨシオの腕を掴む指の力が増すことに希望を見出した。
「お部屋の清掃は使用人に任せています」
冷静を装いつつ状況を整理する。
ホームレス時代なら捨て値同然の廃棄物扱いだった自分の価値観と—今この場で要求される品位の乖離に戸惑うしかない。
「医師の立場から忠告します」
ルシアが冷ややかに割って入る。
「環境要因による精神衛生への影響は深刻です」
科学的装飾で覆われた非難—工場医の立場から有毒廃棄物を指摘するような論調だ。
「お二人とも昨夜は休息不足かと」彼女の微笑みの裏に潜む疑惑。
「生殖行為による疲労蓄積も見過ごせませんね」
直接的すぎる指摘に花音が俯く。
それでもなお彼女の指がヨシオの袖を離さないことに気づいていた。
屈辱の中でも諦めていない意志表示だろう。
「部屋はすぐに片付けます」ヨシオの決意表明が食堂の緊張を裂く。「ただし—」
彼は工場現場監督時代の視線で一同を見渡した。
「清掃作業も労働の一環と考えております。使用人任せでは改善につながらない」
かつて労使協調を提唱した理論武装が今こそ活かされる局面だ。
豪邸内での生存競争において「仕事」の概念を武器にする戦略—
「面白い考えね」リィファの瞳が輝きを増した。
好奇心と嗜虐心が絡み合う妖しい輝きだ。「だったら……私の研究助手をやってみない?」
予想外の提案にその場の空気が一気に凍結した。




