貴族の嗜み②
「どうぞご自由に」
ルシアの声に促されヨシオが迷うと花音が助けてくれた。
「こちらのブルーベリーとクリームチーズのタルトがお勧めですわ」
「じゃあ……それを」
花音が取り分けようとした時リィファの手が制止した。
「待ってちょうだい」
「どうかされましたか」
「順番が違うわね」リィファは冷ややかに言う。
「こういう時は家長が最初に選ぶ決まりでしょう?」
「ご指摘感謝いたします」ルシアが穏やかに応じる。
「けれど今宵は公式晩餐会ではなくてよ。非公式の家庭茶会だから礼法を緩くするべきだと判断しました」
「規則を蔑ろにするつもり?」
リィファの眉間に縦皺が刻まれた瞬間ヨシオが介入する。
「僭越ながら意見を述べさせていただいても?」
「何でしょう」
「もし形式を重んじるのであれば僕は本来ここにいる資格がありません」
三人の視線が集中する。
「春野ヨシオと申す流浪の人間に……このような格式高い席を与えていただけるだけで十分です」
「……」
「どうか皆様お好きな菓子をお選びくださいませ」
リィファが忌々しげに睨むがルシアは微笑んだ。
「ふふ素敵だわ」
彼女がシェフを呼び寄せ小声で指示する。
「もう一つタルトを運んでいただけるかしら」
すぐにメイドが現れた。新鮮な桃と白ワインゼリーを載せた小型タルトプレートがテーブルへ滑り込む。
「あら素敵」花音が頬を綻ばせた。「これ好きですの」
「どうぞお召し上がりになって」ルシアが促す。
「私たち姉妹にとって日常的な一品だけどね」
「おいしくいただくわ」リィファも渋々同意する。
ヨシオは周囲を観察していた。花音の手が常にカップを包んでいることに気づく。緊張の表れだろうか?
「ところで」
ルシアが本題に入った。
「先ほどの件について……リィファ?」
「申し訳ございません」リィファが一言吐き出すと視線を逸らした。
「公私混同の誤解がありました」
「そうねぇ」ルシアが肩を竦める。
「けれど誤解したこと自体は責められないわ。誰にでもあるもの」
「お優しいお言葉ありがとうございます」
「ただ」ルシアの瞳が鋭く光る。
「我々の使命を忘れてはいけないわよね?」
「……はい」
「貴女が守るべきものは血統ではなく志なのですよ」
「肝に銘じます」
会話の節々からヨシオは理解した。
姉妹の関係は単純な上下関係ではない。
ルシアの持つ権威は絶対的だが、それを受け止めるリィファの反骨精神も相当だ。
「さあケーキタイムに戻りましょう」
ルシアが空気を変えた。
「甘いものでお喋りが弾むかも?」
花音が微笑む。「お兄様がいらっしゃらない時の姉妹喧嘩は毎日ですものね」
「あら失敬」
リィファが拗ねるようにフォークを弄ぶ。
「でも今日は特別よ」
「なぜです?」
「だって」リィファの唇が弧を描く。「新たな『駒』が手に入ったのだもの」
ヨシオは咀嚼途中のタルトを飲み込んだ。リィファの視線が自分を捉えている。
「リィファ」
ルシアの一喝で場の空気が再び凍った。
「お客様を勝手に利用するのは認めませんよ」
「承知していますわ姉様」リィファは姿勢を正す。
「今はまだ……ですもの」
ヨシオの背筋に冷たい汗が流れた。
彼はまだ自分の存在がこの一族でどのような位置付けにされているのか掴めない。
だが一つだけ確かなことがあった。
(油断すれば食われるな)




