名門家の棘
館内へと進みながらヨシオは改めて周囲を見回す。
磨き上げられた床タイル・天井に吊るされたシャンデリア・至る所に飾られたアンティーク調家具全てにおいて異世界感が漂っている。
「俺本当にここにいるのか……?」
「夢じゃなくて現実ですわよ?」
花音がくすりと笑う。
「緊張しているなら先に温泉に入ってから食堂にいらしても結構ですけど」
「温泉?」
「地下一九〇メートルから湧き出る天然温泉水を汲み上げていますの」
「マジで家レベル超えてるじゃないか!」
「褒めていただき光栄です」
大ホールの奥から壮年の男性が姿を見せた。
身長百八十センチ程の長身痩躯・銀髪に彫りの深い顔立ち威厳溢れる佇まいである。
「お父様ご紹介しますわ」
花音が丁寧にお辞儀する。
「こちらが先日お話した特別顧問の春野ヨシオさんです」
「お⋯姉さま?」
その呼びかけにヨシオは困惑した。
現れたのは花音よりも五つか六つ年上の印象を与える少女だった。
背筋がピンと伸びた立ち姿に青みがかった銀髪が肩甲骨まで流れ落ちている。
鋭い眼光がヨシオを射るように貫いた。
「こちらはリィファお姉様ですわ」
花音が緊張した面持ちで紹介する。「私のお姉様でして……」
「ふん」
リィファと呼ばれた少女が鼻を鳴らした。
「どうやら噂通り貧乏臭い輩のようね」
「なっ──」
言葉を返そうとした瞬間、相手の方が早かった。
「そんな汚らしい格好の中年男性がこの由緒正しいローゼンタール家の敷居をまたぐなんて」
切れ長の眼差しが一層鋭くなる。
「どうゆう事ですか花音さん?」
「あのそれは……」
花音の声が弱々しくなる。
「お父様とお話しした結果でして……」
「お父様は甘過ぎる!」
吐き捨てるようにリィファは言った。
「こういう連中は一度許せば付け上がるだけです」
ヨシオは黙って拳を握り締める。
だが表に出さず平静を装うしかなかった。
この一家の内部事情など知る由もない。
「まあまあリィファ」
今まで黙っていた伯爵が取りなすように口を挟む。
「彼には当家の特別プロジェクト担当として期待しているのだ」
「プロジェクト?」
嘲笑を含んだ声音。
「公私混同もいいところではないの」
「それは……」
花音が言い淀むとリィファの矛先が再びヨシオに向く。
「そもそもあなたの名前さえ胡散臭いわ」
「春野ヨシオですが」
「ふん、どうせ偽名でしょう」
「まさか」
「証拠は?」
容赦無い追求に花音が助け舟を出す。
「パスポートならありますお姉様」
「外国籍ですの?余計に信用できないわ」
「国籍は日本です」
ヨシオが淡々と答えるとリィファの唇が歪んだ。
「嘘をつけ」
「本当です」
「ならば見せてみなさいな」
「リィファお姉様何もそこまでする必要はないでしょ!」
必死にヨシオをかばう花音。
「まぁいいわ、花音に免じて許して差し上げましょう」
「ただ花音も今後この様な見窄らしい中年男性を拾ってこないように」
そう言い捨ててリィファは去っていった。
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