衝突と打算と愛情 【後編】
「おい花音」
「なんでしょう」
「ペットの訓練ってどうやるんだ?」
「へ?」
少女の目が大きく見開かれる。
「私も詳しくはありませんが基本は信頼関係作りかと……」
「試したいことがある」
ヨシオはしゃがみ込み犬に手を伸ばす。「こい」
「きゃっ」
驚く花音。ヨシオの大きな掌がビーグル犬の頭を優しく撫でる。
「よく来たな」
意外にも落ち着いた声。犬が尻尾を振りながらヨシオの膝に前脚を乗せる。
「すごい……」
「ただの本能だ」
「でも今まで人に懐いたことないんですよこの子」
「環境が良すぎるせいだろう」
言いながらヨシオは再び契約書に目を落とす。
「分かった協力する」
「えっ」
「ただし条件付きだ」
「条件とは?」
「週二回この子のトレーニングに付き合え」
「トレーニング?」
「社会性教育だ」
「要するに散歩を一緒に?」
「それだけじゃない」
ヨシオの表情が厳しくなる。
「最終目標は飼い主なしでも自律的に過ごせる程度まで育てることだ」
「なんですって?」
花音が悲鳴じみた声を上げる。
「そんな……可哀想ですわ!」
「可哀想って言う前に考えろ」
厳しい声が響く。
「いつまでもお前一人で面倒見きれるわけじゃないだろ」
「それは……」
「将来のために今から教えるのが義務だ」
「……仰ることはわかりますが」
「安心しろ」
意外なほど穏やかな声。「俺がお前にも教え込んでやる」
「なっ」
真っ赤になる花音。俯いたまま呟く。
「……約束しますわ」
「よし」
立ち上がったヨシオが契約書にサインする。
署名欄にはしっかりとした筆跡で「春野ヨシオ」と書き込まれる。
「これで成立だ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる少女。だが顔を上げた瞬間悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「さて次は」
「次?」
「新しい拠点のご案内です」
「拠点?」
「私たちの活動基地になる物件をご用意しておりますので」
「待て勝手に決めたのか?」
「善は急げと言うではありませんか」
得意気に言い放つ花音。「行きましょうヨシオくん」
ビーグル犬が嬉しげに吠える。そして呆然と佇むヨシオに向かって──
「どうせしばらくはホームレス暮らしでしょ?一緒に暮らしましょう♪」
「はぁ?」
「住み込み訓練ということで」
「冗談だろ……」
「冗談じゃありません」
花音の目が据わる。「私も泊まり込みますわ」
「お前が?」
「当然です」
「未成年者が男と二人っきりなんて」
「大丈夫ですわ」
少女の声に熱がこもる。「私達はプラトニックな関係ですもの!」
「断じて違う!」
抗議の声も虚しく花音はスマートフォンでタクシーを呼び出す。
「とりあえず一旦私の家に行きましょう」
「待て待て待て!」
「暴れないでくださいませ」
「何言って──」
「拒否権はありません」
花音の目が危険な光を帯びる。「これも全部あなたの為なんですもの……ね?ヨシオくん♡」




