衝突と打算と愛情【前編】
「わかった」
思わず口から漏れた言葉にヨシオ自身が驚いた。
花音の顔にも一瞬の動揺が走る。
「本当ですの?」
「条件次第だ」
「素晴らしいですわ!」
少女の喜びようにヨシオは違和感を覚える。
まるで計画通りと言わんばかりの態度だ。
「では早速詳細を」
花音が鞄から契約書らしきものを取り出す。
その手つきが妙にぎこちない。
よく見れば紙面には手書きの文字が躍っていた。
「これは……」
「私なりのプランです」
花音が頬を染める。
「ホームレス脱却支援プログラムといいましょうか」
「お前が作ったのか?」
「もちろん専門家の監修もありますけれど」
ページをめくるヨシオの目に様々な項目が飛び込む。
『住居確保支援』『就労支援サービス』『健康管理サポート』……
「本気なのか?」
「当たり前です」
花音の声が急に萎む。
「私の家のグループ会社なら可能ですし……」
そこで少女ははっとしたように視線を逸らす。
「あっでも勘違いしないでくださいませ。これは取引であって慈善事業ではありません」
「わかってる」
「それに……」
珍しく口ごもる花音。
「犬の世話も手伝っていただきたいのです」
「世話?」
「ヨシオくんの散歩や餌やりなど……定期的に」
「なんで俺が」
「だって」
花音の目が泳ぐ。
「彼はあなたに懐いているようですし」
「あのなぁ」
呆れるヨシオ。しかし内心では少女の奇妙な熱意に戸惑っていた。
「そもそもどうしてこんなに協力的なんだ?」
「それは……」
一瞬言葉に詰まり顔を赤らめる。
「私の……個人的理由もあるからです」
「個人的?」
問い詰めようとすると花音が慌てて紙束を突き出す。
「まずはこちらを読んでサインしてください!時間の無駄ですわ!」
「おい──」
抗議しようとした矢先「わん!」という鳴き声。足元にまとわりつく茶色い毛玉が視界に入る。
「ヨシオくんがお腹すいたみたいです」
「こいつが原因か……」
溜め息混じりに呟くヨシオ。すると不思議なことが起こる。
(待てよ……)
これまで犬畜生呼ばわりされていた自分が実際に「犬」と交流を持つことで何か変わるのではないか。
ふと思い立ったアイデアに血の気が引く。




