【闇夜の訪問者】
月が雲間から顔を出す。
河面に映る銀色の輪郭を見つめヨシオは誓う。
「逃げずに向き合わねば」
明日はきっと何かが変わる。
その予感だけを胸に刻み込んで眠りにつくことになった。
戦利品の鶏南蛮弁当はほんのり冷たくてもなお甘辛いタレの香りが食欲を誘っていた……
【不意打ちのコール】
月明かりが川面に踊る夜更け──
「ブルブル……」
テント内のランタンの明かりが揺らめく。
使い古しのアルミ食器を洗っていたヨシオの手が止まった。
テーブルに置いたスマホが液晶光で鈍く光っている。
(こんな時間に)
発信者:不明
通常なら無視する案件だ。
しかし何か引っかかる予感があった。
指紋認証を通過させ通話を選択。
「もしもし」
「あの⋯」
聞こえてきた声は意外にも幼い。
「夜分遅くにスミマセン、おじさんですか??」
【謎の少女】
「誰だ」
ヨシオの声が反射的に尖る。
ホームレス生活をしていれば闇サイトの売人や債権回収業者の類は慣れっこだ。が──
この声質には聞き覚えがある。
「花音⋯です」
その名に記憶が火花を散らした。
そうだ、花音だ。
柚希のクラスメイトで社長令嬢の。
「なぜ俺の番号を?」
「まぁ」
少女の声に微かな愉悦が混じる。
「私が本気で調べたら分かるものですわ」
【権力の片鱗】
スピーカーから聞こえる声にはどこか傲岸さが滲む。
十六歳の少女らしからぬ威圧感。
「最近どうしてるかなって思っていました」
「監視か」
即座に返すと花音の忍び笑いが鼓膜を震わせた。
「人聞きの悪い。心配していますの」
「ほう?」
「ちゃんとご飯食べています?」
ヨシオの脳裏にスーパーでの光景が蘇る。
勝ち取ったばかりの鶏南蛮弁当(半額)。
しかし素直に答えるのも癪だ。
「お陰さまでな」
「本当?」
「嘘つくメリットがない」
「なら良かった」
僅かな沈黙の後──
「ところで」
少女の声音が急に色づいた。
「明日はどうされますの?」
「何のことだ」
「柚希さんのこと」
核心を突かれ動揺が走る。
「なぜそれを」
「聞かなくても分かりますわ」
冷笑に似たトーンで続けられる。
「あなたたち最近変でしたもの。特に今日の放課後」
「放課後?」
問い返した瞬間背筋が凍った。
資料室での一件──まさかあの場にいたのか?
「見てましたわ」
花音の声が愉悦に歪む。
「紗月さんの鍵を開ける音も聴こえる位置にいましたから」
「花音……」
怒りに震えるヨシオに対して相手は涼しいものだ。
「そんな怖い声出さないで下さいまし」
「用件を言え」
「単刀直入に申し上げますわ」
スピーカー越しにも少女の呼吸が荒くなった気がした。
「デートしませんか?」
「……は?」
「とにかく」
花音が咳払いで話を戻す。
「デートのお誘いです」
「断る」
即答。
「当然でしょうね」
しかし相手は一向に怯まない。
「ですが聞いて下さい。貴方に有利な情報を持っております」




