戦場と化す深夜のスーパー 【戦略立案】
激安スーパーの自動ドアを抜ける瞬間からヨシオの神経は研ぎ澄まされていた。
八時一分を示すデジタル表示が無慈悲に点滅する。
(五分で全てが決まる)
通路を縫うように進む。
陳列棚の配置は網羅済みだ。
惣菜コーナーまで最短経路で辿り着くためには西入り口から中央島を迂回するのが効率的──そんな計算を頭の中で済ませるうちにも視界に映る戦士たちの姿が増えていく。
灰色の作業服に身を包んだ老人。
片手に杖を握り締めた老婆。
若い派遣社員らしきスーツ姿の男性。
全員共通するのは獲物を狙う狩猟動物のような目つきだ。
【開戦】
秒針が「00」を指した刹那──
「ドンッ!」
スーパーのスタッフが揚げ物などの惣菜や弁当に割引シールを貼り始める。
携帯バーコード印刷音が合図となる。
それを聞いた瞬間に十数名の"割引ハンター"が一斉に群がるさまはまさに蜂起だった。
「早いモン勝ちだぜ!」
壮年の男性が叫びながらジャンプ一番でショーケース最前列を確保。後続グループが詰めかける中ヨシオは既に狙いの棚──東側入口から三つ目の什器──を目視済みだった。
(障害は二つ)
前方を塞ぐ主婦二人組。そして棚自体の奥行きが深いため真正面からでは奥列にある商品まで手が届かない設計。しかし十年以上の経験則が突破口を開く。
【奇襲作戦】
「失礼します」
丁寧な挨拶と共に左脇を抜けるフリをする。主婦Aがこちらを振り返った瞬間──
「あら?」
──ヨシオは軸足を九十度転換し中央通路へダイブした。追従者の意識が分散する瞬間を狙ったブラフだ。
一呼吸置き体当たりで侵入。目論見通り戦線を突破した。
「おぉ?」
棚の向こう側から店員Bの怪訝な声。だがもう遅い。ヨシオは既に標的エリアを制圧していた。
【目的達成】
狙い通り鶏南蛮弁当の五割引シールが貼られている。残り六個。これを巡る三者睨み合いが始まる。
「僕は今宵これをいただく」
正面で腕組みする高校生アルバイト風の青年が宣言する。「バイト終わりのごほうびってことで!」
「ダメだ!」
斜め後ろに立つ定年退職者風の男性が猛反対。
「孫に食べさせてやりたいんだよ」
「お前さんは昨日も買ってたろ!」
「今日が期限切れなの!」
白熱する論争だがヨシオは全く動じない。戦いはすでに始まっているのだ。
【勝負の行方】
双方が牽制している隙にヨシオは決行した。
左手で弁当箱を一本抜き取り──同時に右手で最も売れ残りそうな「骨付きチキン」も確保。
「お先に」
そう言い残しレジへ向かう背中に怒号が飛ぶ。
「卑怯者!」
「共喰い爺!」
罵詈雑言を受けながらも心中は快哉をあげていた。
(勝利とは常に少数派に属するものさ)
【戦利品と内省】
レジ袋を提げて店外へ出たヨシオを出迎えたのは星空だった。
雨上がりの冷気が火照った頬を冷ます。
鶏南蛮弁当(298円→149円)+骨付きチキン(358円→179円)合計328円。
これだけで一日の栄養基準値を超えていることは公然の秘密である。
「こんな生活にも慣れてきたもんだ」
河川敷へ向かう坂道で独りごちる。
ポケットに入れたスマホが振動──真実から新メッセージ。
【帰り道気をつけてくださいね】
文面を見て苦笑する。
「どっちが保護者なんだか」
【闇夜の思索】
橋梁下のテントに戻りインスタント味噌汁を作る。
湯気が立ち昇る小さな鍋を覗き込みながら思考は別次元へ飛翔していた。
先刻の柚希との出来事を回想するたび頬が疼く。
雨上がりの路上で見せたあの羞じらいの表情……
(今頃何してるんだ?)
箸を持つ手が止まる。
「駄目だな」
自分を戒める呟きがコンクリート壁に反響した。
分別ある大人ならば未成年との関係性を禁忌とするべきだと理解している。
それでも脳裏に浮かぶのは──
あの唇の温もりだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
更新の活力になりますので、 面白い・続きが気になると思っていただけましたら★★★★★から評価やブックマーク等していただけますと大変助かります。よろしくお願い致します!




