【別れ際の魔法】
傘の下で二人の吐息が絡み合い
湿った空気すら愛おしく感じられる。
「条件付きなら」
ヨシオは慎重に言葉を選ぶ。
「次に会う時は第三者も交えてだ」
「例えば?」
「真実ちゃんとかな」
「あの人まだ信用ならないんだけど……」
拗ねるように言うが納得している節も見て取れる。
改札の手前で立ち止まった時だった。
人混みの中に見覚えのある人影を認めた柚希の瞳が翳る。
「ヤバい……友達だ」
柚希が小声で警告してくる。
「バレたら面倒だから……」
柚希の声が一段低くなった瞬間だった。
彼女の視線が一点に釘付けになる。
改札近くに見知らぬ女子生徒三人組──おそらくクラスメイトだろう。
彼女たちが談笑しながら近づいてくる。
柚希は咄嵯の判断を下した。
「ちょっと……離れて」
「え?」
問う暇もなく彼女は身を翻す。ほんのわずかの隙間すら許さぬ速度で傘から抜け出し──
「柚希!?」
叫ぼうとしたヨシオの頬に柔らかな感触が押し当てられた。
驚愕に固まる彼の眼前で柚希が囁く。
「……これ」
唇が触れた場所に熱が残る。雨と汗が混ざった甘酸っぱい匂いが鼻腔を埋め尽くす。
「お礼……送ってくれたお礼!」
言い終わるや否や柚希は駆け出した。長いロングの黒髪が雨に濡れながら弧を描く。
「またね!」
最後の一言だけが明瞭に響き渡る。
その背中が雑踏に飲み込まれていくのを呆然と見送るヨシオ。
(なにが“お礼”だ……)
傘を持ったまま立ち尽くす。
頬の温度が急速に下がる中で心拍だけが加速していく。
「クソ……」
零れた罵倒は自分への苛立ちだった。
指先でその場所をそっと触れてみる。痕跡がないその場所には物理的接触以上のものが刻印されていることを悟る。
改札方面から賑やかな声が届く。
「柚希おそいよ~」「なんか顔赤いぞ」「もしかして……デート?」
複数の女の子たちの笑い声が遠ざかる。
どうやら事なきを得たらしいがヨシオは安堵より困惑が勝っていた。
(演技か?本気か?)
そもそも“お礼”と称してキスを贈るシチュエーション自体が尋常ではない。
まして相手は姪っ子である十六歳の少女なのだ。モラル以前に法律的なリスクすら孕む行為だ。
(いや違う)
激しい頭痛に襲われる。
法的規範を論じる資格など持ち合わせていない自分が彼女の行動を糾弾できるものか?
傘を閉じ雨水を払い落としながら駅舎を後にする。
夜の帳が下りはじめた繁華街には行き交う車のライトが尾を引くのみ。
この喧噪の中で唯一鮮明なものは──頬に残るあの感触だった。
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