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第15話 選ぶということ

 翌朝。空気は、少しだけ重かった。

昨日の言葉が、まだ残っている。


「おはよう」

ルシエルが声をかける。


「おはよう」

セリスはいつも通り。


でも、いつもより少しだけ静かだ。


そのとき、石段のほうから足音が重なる。


白いローブ。黒い外套。


同時。


「……巡回確認だ」

「監査だ」


「順番」

セリスが即座に言う。


だが今日は、少しだけ空気が違う。

観測天使と監査悪魔が、互いに視線を交わす。

緊張が走る。


昨日より近い。

距離が狭い。


ルシエルが一歩前に出る。


「落ち着いて。湯は逃げない」


軽い声。だが目は真剣だ。


セリスが湯温を調整する。

絶妙な温度。


ぴりついた空気が、わずかに緩む。


「……入る」

「入る」


囲いの中へ。


白と黒が沈み、水面が揺れる。

緊張は、数分で溶ける。


「……安定している」

「否定はしない」


いつものやりとり。


だが今日は、ルシエルとセリスの呼吸がぴたりと合っていた。


視線。動き。声の間。言葉は少ない。


でも、通じている。


エリシアがそれを見ている。

ヴァルクスも。


「……」


何も言わない。

ただ、理解する。

自分たちが入る余地はない。


囲炉裏の前で、ルシエルが湯呑みを置く。

セリスが無言で補充する。


完璧だ。


「……さすがだな」

エリシアが小さく言う。


「任務ではないが」

ヴァルクスも続ける。


ルシエルはセリスを見る。

セリスも見る。


昨日の距離は、もうない。


だが。


まだ言葉は足りない。


夜が来る。そのとき、決める。



 昼過ぎ。思っていたより客が増えた。


観測天使が追加で一人。監査悪魔も一人。

囲いの前が混み合う。


「順番!」

セリスが声を張る。


だが今日は、少しだけ空気が張りつめている。

白と黒が、思わず距離を詰めた。


「こちらが先だ」

「いや、監査優先だ」


低い声がぶつかる。昨日より鋭い。

湯面がわずかに揺れる。


ルシエルが一歩前に出る。

「どっちも同じ客だよ」


軽い声。だが視線は真剣。


「湯は逃げない。喧嘩するなら外でやって」


冗談のようで、本気。


その間に、セリスが湯温をわずかに上げる。


ほんの少し。

ぴりついた神経を、ほどく温度。


白が息を吐く。

黒も、力を抜く。


「……順番でいい」

「否定はしない」


またそれだ。


囲いの中へ、静かに沈み、湯が包む。


数分後には、背筋が緩む。


エリシアが静かに言う。

「見事だ」


ヴァルクスも頷く。

「二人で一つ、か」


ルシエルは聞こえないふりをする。

セリスも、何も言わない。


だが、視線が合う。


さっきの瞬間。

言葉は少なかった。


でも、完全に噛み合っていた。


誰が前に出るか。

誰が支えるか。

迷いがない。


 夕方。混雑は収まる。

観測天使たちは満足げに帰り、

監査悪魔も静かに石段を下りる。


エリシアが立ち止まる。

「選ぶといい」


それだけ言う。


ヴァルクスもセリスに視線を向ける。

「迷うな」


淡々と。


二人は何も言い返さない。

だが、もうわかっている。


 夜が来る。今度は逃げない。



 夜。囲炉裏の火が、静かに揺れている。

昼の喧騒は嘘のようだ。


ルシエルは縁側に座り、湯を見ている。

セリスも隣に来る。


少しだけ距離を空けて。


「……今日」

ルシエルが口を開く。


「うん」

「焦った」


「何に」

「白と黒じゃない」


一拍。


「セリス」


セリスの指先が、わずかに止まる。


「取られる気がした」


正直な声。言い訳も、飾りもない。


「エリシアじゃない」

「ヴァルクスでもない」


「セリスが、誰かと並ぶのが嫌だった」


はっきり言う。逃げない。


セリスはゆっくり息を吐く。


「……私も」

小さな声。


「ルシエルが、あの人と並ぶの、嫌だった」


視線が合う。


昨日と違う。逸らさない。


「昔から知ってる顔、するから」

セリスは続ける。


「私の知らない時間があるみたいで」


胸が、きゅっと締まる。


ルシエルは笑わない。真剣だ。


「あるよ」


「え」


「昔の時間はある」


セリスの目が揺れる。


「でも、今は違う」


一歩近づく。


「今は、セリスと並びたい」


湯が、ゆらりと揺れる。


「俺は選ぶ」


「何を」


「ここも」


一拍。


「セリスも」


沈黙。


火がぱちりと鳴る。


セリスの喉が、小さく鳴る。


「……遅い」

でも、声は震えている。


「今日言った」


「昨日じゃなくて?」


「昨日は鈍かった」


少しだけ笑う。

セリスの目尻が、わずかに緩む。


「好きだ」


まっすぐ。逃げない。


セリスの胸が上下する。


「……馬鹿」


「うん」


「でも」


一瞬の沈黙。


「私も」


短い。でも、確かだ。


ルシエルが手を伸ばす。


そっと握る。


今度は、迷わない。


セリスの指が、先に絡む。


強く。確かめるように。


湯が、やわらかく揺れる。

囲炉裏の火が、静かに燃える。

遠くで声がする。


「若いのう」


セリスが即座に言う。


「いたの?」


ルシエルが笑う。


もう、迷わない。


並ぶのは、ここだ。


二人で。

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