02-08.師弟関係
「お姉様! いえ! お師様!」
朝食の席。
張り切りマリーが身を乗り出すように迫ってきた。今日は一段と気合が入っている。
マリーが、このアミの治めるフォルテイアの領都に嫁いでから早一月。この子はアミの仕事を手伝いながら鍛錬も欠かさずに続けていた。
私はそれを見ていた。本人は気付かれていないつもりみたいだけど。
今日はその成果を見せたいのかしら♪
「うふふ♪ いいわ♪ 今日はそういう気分なのね♪」
お師様と呼ばれるのも少しだけ久しぶりだ。
最初は冒険者ギルドを通した依頼によって繋がった師弟関係にすぎなかった。けれど私たちは家族になった。なら遠慮は要らないだろう。私の全てを伝えましょう。姫ではなく、領主の妻ではなく、私の弟子として接しましょう。この子が師と呼ぶその間は。
「はいですわ! わたくし強くなりたいんですの!!」
また何か目標が出来たみたいね♪ マリーは前向きね♪
「程々にしておくれよ。マリーは静養中ってことになっているのだからね」
先日王都で開かれたマリーのお誕生日会。その会場にはテロリストたちによって魔物が放り込まれた。会は当然中断されたものの、一度は狙われたマリーをそのまま城に残しておくわけにもいかず、アミはマリーを連れ出すことにした。
当然そこには王の命もある。しかし何もかもが公にされているわけではない。加えて一連の騒動については様々な噂が広まっている。既に確定していた筈の情報すらも噂に飲まれてあやふやだ。
アミが男性なのか女性なのかすらわからなくなっている。私の妹発言はどうやら聞き間違えの類と否定されているようだ。いや、単にその方が都合が良いのかもしれない。誰にとってそうなのかはよくわからないけれど。いろんなことを考える人がいるものね。世の中には。
「冒険者として活動するのは厳禁だよ」
「心得ておりますわ!」
「安心して♪ お姉ちゃんに考えがあるわ♪」
「考えって?」
「それはね♪」
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「ということでやって参りました♪ 未開拓領域よ♪」
「どんどんぱふぱふー! ですわ♪」
『じゃないよ!! 何すんのさ!? こんなところで!?』
クマのぬいぐるみのフィリー(inアミ)が、ふわふわと空中に浮いて、両手をバンザイするように広げて怒っている。
「何って修行よ? アミは無理して覗かなくていいのよ?」
お仕事忙しいでしょうに。毎日寝る間も無く働いてるって知ってるんだからね。お姉ちゃんは。
『心配するに決まってるでしょ!』
うふふ♪ すっかりマリーのことも気に入ったみたいね♪
「お姉ちゃんが信用できないのかしら?」
『それとこれは別問題だよ! いい!? マリーから決して目を離さないでよ! 絶対だよ! フリじゃないからね! 娘に補助輪無し自転車の練習をさせるお父さんじゃないんだからね! マリーに怪我でもさせたら承知しないからね! わかった!?』
あらま。すっかり過保護になってしまったわ。
「そんなに言うならマリーに預けておくわ♪」
私はフィリーを掴んでマリーの手に握らせた。
「えぇ!? いいんですの!? これはお姉様の大切な!」
「ノンノン♪ お師様よ♪」
ダメよマリー♪ 修行はもう始まっているのよ♪
「早速来たわ♪ マリー♪ あなたが相手をなさい♪」
私はその場にマリーを残して空に飛び上がった。
『もう! 言ってる側からぁ!!』
マリーに向かって一匹のボアが突っ込んでくる。中々のサイズだ。この未開拓領域以外では滅多にお目にかかれないやつだ。
しかしこの地では違う。あんなの序の口だ。マリーは戦い抜けるかしら? ふふ♪ 心配は要らないわね♪ あの子は私の弟子だもの♪
『マリー!』
「はぁっ!!」
大きく飛び上がったマリーは、真正面からボアの額目掛けて飛び蹴りをかました。
当然魔術で肉体の強化はされている。しかし、ボアの頭蓋を砕くほどの威力は出ていない。マリーの身体は大きく吹っ飛んだ。
『マリー!?』
アミが小さなぬいぐるみの身体で慌てている。ボアはそんなアミには目もくれず、たった今自分が弾き返したマリーに向かって突っ込んでいく。
空中でくるりと回って体勢を立て直したマリーは、両足を使ってしっかりと大木を蹴り、再び回転を加えながら足を前に向けて、ボアのこめかみに突っ込んでいった。
「はぁぁぁぁぁああああああ!!!」
『なっ!? 』
「グボッ!?」
今度の一撃はボアを怯ませることに成功した。しかしマリーは再び吹き飛ばされた。勢いがつき過ぎている。頭から木に激突してしまう。しかもボアには殆どダメージが入っていない。すぐに勢いを取り戻すだろう。
『ステラ!!』
アミったら心配性ね。
私は指に雷を纏わせて振り下ろした。指先から放たれた雷はマリーの身体を包みこんだ。
「これは♪」
マリーはすぐに気付いた。眼前の大木に向かって両手を伸ばし、強化された腕力で強引に身体を回り込ませながら勢いを殺し、そのまま両手を伸ばして、ボアの進路とは垂直に飛び出した。
木々を薙ぎ払いながら通り過ぎたボアを見送りつつ、雷魔術によって強化された身体能力を確かめるように、幾度も拳を突き出すマリー。
綺麗なフォームだ。あれを教えたのは誰かしら?
マリーってば、初めて出会った頃から妙に実戦慣れしているのよね。基礎もしっかり叩き込まれているし。
普通は身体強化魔術を掛けられたって反応が追いつかないものだ。アミが使うような、個々人の能力に合わせて高度に調整された術ならともかくだ。
もちろん加減はしたけど、だからってここまであっさりと使いこなすとは思っていなかった。むしろマリーの場合は精神や眼の良さに身体が追いついていないのかもしれない。今後の鍛え方はもう少しだけ考え直してみましょうか。
再びボアが向かってきた。完全にマリーを敵と認識したようだ。こうなったらどこまでも付け狙ってくるだろう。
マリーは正面から迎え撃った。馬鹿正直に飛び上がり、まったく同じフォームで蹴りを放った。
今度は跳ね飛ばされることはなかった。ボアの上半分を少し斜めに消し飛ばしながら通り過ぎ、そのままの勢いで地面に深々と突き刺さった。
『マリー!?』
アミが慌てて救出する。土だらけになったマリーが掘り起こされた。
本人も流石に驚いている。思っていた以上に術が強力だったのだろう。
「お師様!」
「今の感覚を覚えておいて♪ 近い内にマリーにも教えてあげるわ♪」
「はい!! ですわ!!!」
『無茶はダメだってば! あんなのマリーに使わせたら魔力が保つわけないじゃん!!』
「一瞬身に纏うだけなら大丈夫よ♪」
「必殺技ですわね♪」
「そゆこと♪」
『だ・か・らぁ!!』
「アミ」
『っ! 大きい音出すから!』
「囲まれていますの?」
「ええ。これは流石に無理そうね。離脱しましょう」
マリーとアミ(フィリー)を抱えて飛び上がる。
直後、四足の獣たちが現れ、ボアの亡骸を貪り始めた。
「この森には獣型の魔物が多いんですの?」
「ええ。そうね。ゴブリンとかはあまり見ないわね」
『あの光景を見て平然としないでくれるかな』
アミったら何を言ってるのかしら?
『マリーは元お姫様だ。つい二月程前まではお城で暮らしていた筈じゃないか』
「アミ様はお淑やかな者がお好みですの?」
『少なくとも伴侶にはそうあってほしいと思うかもね』
「心得ましたわ♪」
あらま。
『いいのかい?』
「お淑やかに戦いますわ♪」
『……』
あらま♪
『ステラ。せめて後衛職に』
足掻くわね。
「無理よ。マリーったら全然魔力が無いんだもの」
『そんな子に燃費悪い術教えないでよ!』
「わたくしの魔力が少ないのではなく、お二人の量がおかしいのですわ。わたくしこれでも人間としては上位ですの。なにせ王族ですもの。中でも才覚には溢れているものと自負しておりましたのよ?」
自信満々ね♪ 好きよ♪ マリーのそういうところ♪
『ステラと一緒にしないでよ。僕はただ人より大きなタンクを持っているだけだ。ステラみたいに蛇口が壊れてるわけじゃないんだよ。一度に扱える量は大したもんじゃない。普通の人間とだってそう大きくは変わらないよ』
「まあ? まるで人間ではないかのような物言いですのね」
『そういうわけじゃないけどさ』
「私たちは特別なの♪」
『ステラ』
「いいじゃない♪ マリーになら♪」
『ダメ』
「なんですの?」
「私たちはね♪」
『ステラ!』
「……ごめんなさい。どうしても勇気が出ないんですって」
『そんなんじゃない』
「お聞きしませんわ」
『……ごめんね。マリー』
「いいえ。信じてお待ちしておりますわ♪」
『……うん。ありがとう』
あらあら。




