02-06.呪い
「なん……だと……」
ガルディオンの住処であった聖域には、王自らが調査隊と共に乗り込んでいた。
「……赤金が警告していた『汚染』か?」
「はっ! 間違いなく!」
「即刻焼き払え!!」
「御意!!」
彼女は竜神様が友とお認めになられたお方だ。その彼女の忠告が現実のものとなったのだ。
ならば姿を消した竜神様は……。
竜神様……どうかお許しください。
我らは今、あなた様の聖域を荒します。
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「ディアス様!! こちらへ!!!」
城の尖塔で兵士が叫んでいる。私が近づいてくる事には気付いていたようだ。城の各地に配置された兵士たちは、家ほどもある巨大な土壺を携えて飛ぶ私を中庭へと導いた。
久方ぶりに訪れたガルディアス竜王国には、重苦しい空気が漂っていた。
レオルド陛下は思慮深いお方だ。既にガルディオンの状況は察していたのかもしれない。
陛下は中庭で待ち構えていた。
「ご無沙汰しております。レオルド陛下」
「よくぞいらした。ディアス殿」
陛下の顔には、心労と疲労の跡が深く刻まれていた。以前お会いした時より、十は歳を重ねたように見える程だ。
それでも陛下は、王としての威厳を崩すことなく、私を迎え入れてくださった。
「こちらを」
「……感謝する」
その一言に、胸の奥が強く締めつけられた。
陛下の、集まった人々の瞳から雫が溢れ落ちていく。彼らは悼んでいる。ガルディオンの死を受け入れている。私が口に出すまでもなく。壺の中に収められた骨と魔石を目にすることもなく。それでも信じ難い現実を直視している。
……伝えねば。
口に出さねばならない。彼らが察してくれているからといって、甘えてよいことではない。
これは私が果たすべき責務だ。彼女を討ち取ったのはこの私だ。本来なら恨まれて然るべきなのだ。
ましてや。ガルディオンが巻き込まれたのは私のせいだ。
私が……。
「本当に。感謝する」
陛下はもう一度繰り返した。悲しみを雫とともに溢れさせながら、力強く言葉を絞り出した。
……まるで、私の言葉を遮るように。
「……私は」
「ディアス殿」
……やはりだ。陛下は私に喋らせるつもりがない。
「……また、いずれ」
私はガルディアスを後にした。
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「お疲れ様。ステラ」
「お姉様!」
私の顔を見たマリーが抱きついてきた。よっぽど酷い顔をしていたのだろう。失敗した。不安にさせてしまった。
「先に休んでおいで。ヴィオラ。姉さんを頼むよ」
「はい。領主様」
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「アミ様……お姉様は……」
「そうだね。マリーには伝えておこうか」
「お願いしますわ」
「うん。僕たちはね。とある組織を追っているんだ。これは既に話したよね」
先日城で、宰相補佐ユリウス同席の下、マリーにも概要は伝えてある。
「はい。城での騒動もその者どもの仕業であると」
「うん。その通り。奴らは呪いを振りまくんだ。魔物を凶暴化させる呪いだ。精神を汚染し、肉体を侵食する呪いだ。魔物たちは強靭な肉体と桁外れの膂力を得る。しかしその代償に、生きながらにして身体を腐らせていく。それもすぐには死なせない。簡単には終わらせてくれない。彼らは肉体が完全に崩れ去るまで苦しみ続けるんだ」
まるでゾンビだ。誰が考えたんだか。ふざけた話だ。
呪いには人を魔物に変えてしまう力もある……らしい。
残念ながら、僕らは拠点の一つも見つけ出せてはいない。だから細かい術式を知っているわけではない。ただ起きた出来事からそう判断しているだけだ。
そもそも組織なんてものが実在するのかもわからない。便宜上そう呼んでいるだけだ。捕まった者たちは何一つ喋らず死んでいくから。
王都であっさり引き渡したのにはそういう理由もある。僕には無理でも、その道のプロなら何か聞き出せるのではないかという期待も無くはないけれど。
「そして呪いは呪いを呼び寄せる。垂れ落ちた血の一滴が草木を腐らせる。腐った草木は魔物たちを呼び寄せる。甘く魅惑的な匂いを発し、力を求める魔物たちに自らを取り込ませて、呪いの範囲を広げていく」
「お姉様は……今回もまた……」
「うん。焼いてきたんだ。幸い火には弱いみたいでね。それでも丸ごと焼き尽くせる火力があるのはステラくらいのものだろうけれど。特に今回は竜が相手だったからね」
「竜、ですか」
「ステラの友達だ」
「……え?」
「ガルディアス竜王国については知っているかい?」
「……はい。まさか」
「そう。かの国の守護竜。ガルディオンだ」
「そんな……」
「竜王国はこれまで守護竜によって守られてきた。彼女が居たから魔物や周辺諸国に襲われずに済んでいたんだ。竜王国も、このフォルテイア辺境伯領と同様に、その国土の多くが未開拓領域と接している。未開拓領域の森には強大な魔物たちが潜んでいる。今までは竜を恐れて姿を現すことはなかった。けれど奴らは気付くだろう。今後は対策が必要だ。国自体は決して弱くはないけれど、それでも十分とは言い切れない。当然他国とのパワーバランスも崩れるだろう。竜王国は連日会議や対策に追われている筈だ。ステラはそんな彼らの下へ亡骸を届けてきたんだ。燃え残った骨と魔石をね」
「……なんてこと」
「彼らは冷静だった。悲しみ、酷く憔悴してはいたものの、ステラを責めることなく受け取ったんだ。どころか感謝していたくらいだ」
「……」
「そして。だからこそステラは傷ついているんだ。何せガルディオンが巻き込まれたのは僕らのせいなんだから」
ステラは彼らに責めてほしかったんだ。大切な友を討ってしまった自分を咎めてほしかった。彼らにだけはその資格があった。しかし彼らは恨み言の一つも漏らしはしなかった。
「僕らはかの組織が未開拓領域に手を出さぬよう、常に目を光らせ続けてきた。それ故、ガルディオンは未開拓領域に呪いをばら撒く為に利用されたんだ」
「……考えすぎでは」
「そうだね。僕もそう思う」
これはステラのせいではない。全ては僕の落ち度だ。
あれほどの巨体と抵抗力だ。もっと早く見つけ出していれば患部の切除だけで済んだかもしれない。僕がステラを引き止めていなければ間に合ったのかもしれない。
ギルドはガルディオンの正体に感づいていた。当然この国のギルド職員が以前のガルディオンを直接目にしていた筈もない。あくまで知っていたのは伝聞による情報だけだ。
それでもガルディオンの正体を見抜いたのは、彼女の鱗が金色の光を放っていたからだ。つまり、最初に目撃された時点では呪いに染まりきってはいなかった筈なのだ。
「未開拓領域はその性質上、厳しく出入りを管理されている土地でもある。少しでも刺激すれば『大暴走』の原因にすらなりかねない。だから組織の連中であっても普通は近づけない。内部に棲まう魔物たちは元より強大だ。少数で忍び込んでも妙な小細工を仕込む前に餌になるだろうさ」
しかしガルディオンは強靭な精神力で呪いを抑え、ステラの下へと辿り着いてくれた。結果、未開拓領域に呪いがばら撒かれることはなかった。最悪の事態は避けられた。それが成されていれば、いくつもの国々が滅び去るところだった。
いいや。まず間違いなく世界ごと滅んでいたことだろう。ステラがどれだけの力を持とうと、広大な未開拓領域の魔物たちが一斉に放たれれば、一人では対処しきれる筈もない。
未開拓領域を一息に焼き払う事は不可能だ。当然ステラが力を奮えば魔物たちは森から逃げ出すだろう。隣接する国々が一斉に大暴走に見舞われるのだ。
だから僕やお父様は少しずつ切り開いてきた。世界平和を掴み取る為には未開拓領域を潰すしか無い。混乱を撒き散らす為に手を出す愚か者どもには、鉄槌を下さねばならない。
「組織とやらの狙いは世界の滅亡ですの?」
「かもしれないね」
でないと説明がつかない。未開拓領域が丸ごと汚染されれば間違いなく人類は滅びるだろう。奴らは自滅覚悟で世界を滅ぼそうとしているとしか思えない。
ステラにだって限界はある。一度に守れる人の数には限りがある。ステラ一人に負担を強いる現状はあまりにも危険過ぎる。
だから急がねば。異世界の強者を呼び寄せねば。この世界にステラを超える者は存在しない。同等の力を持つ者すら皆無だ。たとえ呼び出せても、育成にどれだけの時間を要するかもわからない。
既に間に合わないのかもしれない。神出鬼没の組織を完全に捉えて根絶やしにする方が効率的なのかもしれない。
しかしそれはダメだ。僕はステラに手を汚してほしくはない。今更だなどとは思うまい。組織を一方的に殲滅するのは虐殺だ。どう言い繕うと、たとえ相手が悪人であろうと、事実は何一つとして変わらない。
異世界転移とは即ち誘拐だ。僕は僕自身のエゴによって手を汚そう。たとえまだ見ぬ誰かを不幸に陥れたとしても、ステラの心だけは守り抜こう。
覚悟はある。しかし手段が存在しない。こんなの口先だけだ。探さねば。世界を救う方法を。守らねば。愛する人を。




