02-04.野望の地
やばい。昨日の記憶がない。
というか気付いたら馬車の中だった。マリーに膝枕されている。ステラはマリーの正面に座って談笑中だ。どうせならステラがよかった。流石に失礼か。深酒して寝坊した挙げ句だもんな。お酒でやらかすなんて初めてだ。……なんか二人ともやけにツヤツヤしてない?
「あら♪ おはよ♪ アミ♪」
「おはよ……」
「ふふ♪ お声がガサガサですわ♪」
マリーが水を口に近づけてくれた。
「ありがと……」
飲みづらい。起きないと。
「あ」
そんな悲しげな声を出さないでおくれ。マリー。
「あ~あ~。ごほん。今何時だい?」
「お昼前ですわ♪」
寝すぎだろ。実は疲れでも溜まっていたのだろうか。そんな自覚は無かったのだけど。
「無理もありませんわ♪ 昨晩のアミ様はそれはもう♪ いえ♪ 昨晩どころか今朝まで♪ きゃっ♪」
「ちょっと待って!?」
何!? 何があったの!?
「うふふ♪ 責任♪ 取ってくださいましね♪」
なんでお腹撫でるの!? 僕生えてないよ!?
「冗談ですわ♪」
「なっ!?」
酷い! 弄んだのね!?
「アミ様。座ってくださいまし。危ないですわ」
マリーに手を引かれて隣に腰掛ける。
「うふふ♪」
マリーは僕の腕を抱いて嬉しそうに頬ずりしてきた。
……なんかいつにも増して距離感近くない? どこからが冗談だったの?
「……」
「あら? やりすぎていまいましたかしら?」
「……もう少しお淑やかにしてほしいかな」
「畏まりましたわ♪ アミ様♪」
とは言いつつ腕は放さないのね。
「マリー。少し離れて」
「ダメですわ♪ アミ様はまだ寝起きですもの♪」
だからなにさ。
「お姉様の目が気になりますの?」
そりゃ気になるよ。ずっとニヤニヤしてるもん。
「お邪魔だったかしら♪」
そろそろ僕は泣いても許されるんじゃないかしら。
「マリー。ステラ。君たちはいったい何がしたいんだい?」
「愚問ですわ♪」
「アミを可愛がっているのよ♪」
意気投合しおって。どうしてこうなった。
「言いたい事があるなら早めに口に出しておくことをお勧めしますわ♪ わたくしはどんなアミ様でも愛しますわ♪」
だから安心しろと? マリーだってわかってるんでしょ。僕が本当に好きなのはステラだ。だからって僕の立場で開き直るなんて出来る筈がないじゃないか。
「……」
「うふふ♪」
その全てわかっていますみたいな笑みはやめてほしい。どんな顔をしていいかわからなくなるよ。
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「もうすぐだね」
セントリアを出てから二週間程が経過した。愛しの我が領が目前だ。これでようやく落ち着ける。
こんなに心乱される旅路になるなら、いっそステラに飛行魔術で運んでもらえばよかった。あまり切りたくない札ではあるけど、やりようはいくらでもあったのだ。
「楽しみですわ♪ アミ様の治める領がどのような発展を遂げているのか見てみたいと思っておりましたの♪」
「中々のもんだよ♪」
「ふふ♪ アミ様が自信満々ですわ♪」
誰のせいで狼狽えていたと思ってるのさ。
「ステラ。ここまで来たらもういいよ」
「そう♪ なら行かせてもらうわね♪」
ステラは逡巡する様子もなく飛び出していった。
「まあ。お姉様ったらお忙しいのね」
「そうだよ。今日まで無理して付き合ってくれていたんだ。ギルドから苦情が来るかもしれないね」
「おかしな話ですわ。ステラ様はアミ様の姉君ですのに」
「それは知られていないことだから内密にね」
「心得ましたわ♪」
「今のうちに色々と伝えておこうか」
「お願いしますわ♪」
「うん。先ず僕の治める領、フォルテイア辺境伯領は未開拓領域と呼ばれる大森林に隣接している。先代ラクティ辺境伯はこの大森林の一端を切り開くことで、領の飛躍的な発展を成し遂げたんだ」
お父様の代以前、辺境伯領はただ魔物たちを押し留めるだけで精一杯の土地だった。
度々王家から援軍を差し向けてもらわねば、その最低限の防衛すら成り立たぬ有様だったそうな
「その成果は、このアルカディア王国全体にも計り知れない恩恵を齎しましたわ」
「そうだね。単純に援軍の必要がなくなった事も大きいけれど、それ以上に魔物素材の流通量が増えたことも、大きな要因と言えるよね」
更に精神的な側面にも大きな変革を齎した。未開拓領域とは、その名の通り開拓の難しい手つかずの土地だ。その地を切り開けるようになり、なおかつ魔物の侵攻に怯える必要がなくなったことの意味は大きい。
以前は「大暴走」と呼ばれる、未開拓領域から魔物たちが溢れ出す現象が度々発生していた。その被害はフォルテイアだけに留まらず、王国全土にまで及ぶことすらあったのだ。
「そしてこの未開拓領域は複数の国家に接する要衝の地だ。ここを押さえることで、第二のセントリア……それもアルカディア王国だけに留まらない、世界の中心たる心臓都市の建設すら現実味を帯びてくるんだ」
「大層な野望ですのね♪」
「僕は必ず成し遂げてみせるよ」
「流石はアミ様ですわ♪ このマリー、お側でその偉業を見届けさせていただきますわ♪」
「いいのかい? 事と次第によっては、自ら王にならんとしているとも取れる話だよ?」
「ふふ♪ 最高ではありませんの♪」
……そうだね。君ならそう言うよね。
だって君は王位を欲していたんだから。野望だとか、権力欲だとか……そんな大層な理由じゃない。
ただ皆に認めてほしかった。お母様を喜ばせたかった。そして……何より見返したかったんだ。
期待されない自分と、いつも称賛を受けていた第一王子。
その対比をずっと見せつけられてきた。
全部知っていたよ。君が羨ましがっていたことも。
だから僕は君に利用価値があると考えたんだ。
……賢い君のことだからとっくに気付いていた筈だよね。それでも喜んでくれるんだね。そんな風に笑うんだね。
「うふふ♪ いかがなさいましたの♪ そんなに見つめられては穴が空いてしまいそうですわ♪」
「少しだけ興味が湧いたよ」
「少しだけですの?」
「とっても」
「それは何よりですわ♪」
「……本当について来てくれるのかい?」
「二言はございませんわ♪」
「なら甘えさせてもらうよ」
「アミ様♪」
マリーはぱっと顔を輝かせた。




