02-02.噂と商人
「如何ですかな! お気に召されましたか!」
「うん。美味しいね。君が勧めるだけのことはあるよ」
「いやぁ! はっは! それは何よりでございます!」
本当に美味しい肉料理だ。うちに誘致したいくらいだ。この交易都市でこれだけ繁盛しているんじゃあ、興味を引くなんて無理な話だろうけど。
それはそれとして。この熊商人はいったい何を考えているんだか。こんな大衆料理屋に連れてきたって商談なんか出来ないだろうに。もちろん店を悪く言っているわけじゃない。この味を紹介してくれたことには素直に感謝もしよう。
しかし用途が違う。ここのテーブルには壁がない。大きなホールに沢山の人で溢れかえっている。プライバシーも何もあったものじゃない。当然商人の彼がそれをわかっていない筈もない。つまり彼はここで何かを話すつもりがない。
すこしばかり拍子抜けだ。がっかりしたと言ってもいい。僕はやはり舐められているのだろう。ベルナールは適当に僕の機嫌を取って放り出すつもりだ。その程度の相手としか見られていないのだろう。
「ごちそうさま」
「もうよろしいのですかな? ここはデザートも絶品ですぞ♪」
「悪いけど今日は遠慮しておくよ。今は旅の途中なんだ。明日にはこの地を立たなくちゃならなくてね。お詫びにここは僕が持つよ。君は好きなだけ楽しんでいって」
「陛下からはさぞかし大切な荷物を預かられたようですな」
「……まさか脅しでもかけているつもりなのかい?」
「いやいや! まさかそのようなことがあろう筈もありません! このベルナール、先代様にはそれはもう!」
「ストップ。君は一々声が大きすぎるんだ。もう少し商人らしくしてもらわないと困るよ」
「いやぁ、失敬。ですがどうぞお気になさらず。閣下も周囲の言葉に耳を傾けてみては頂けませぬか?」
誰も気にしてないって言いたいのかい?
「……?」
「気付かれたようですな♪ 流石は閣下♪」
……おかしい。第一王子殿下の件がすでに伝わってる? 喧騒に混じって僅かにそんな噂話が聞こえてくる? どういうこと? まだ僕らが旅立ってからそう何日も経ってないんだよ? 陛下たちは時間を稼ぐんじゃなかったの? ユリウスは何をしていたの? まさか奴らが? 意図的にばら撒いた? なんの為に?
「……これを聞かせる為に?」
「百聞は一見にしかずと申しますでしょう? 私からお伝えするより現状が伝わりやすいかと。そのように愚考いたしました次第です♪」
「ありがとう。気を抜きすぎていたよ」
「無理もありませぬ♪ あのステラ様がお側におられますからな♪ はっは♪」
「……ごめん。悪気があったわけじゃないんだよ」
「構いませぬ! 構いませぬ! かの御仁には影響力がありすぎますからな!」
「もしかして」
「はい。今朝方冒険者ギルドに乗り込まれたご様子もバッチリと目撃されております」
最初から知ってて惚けてたんだね。僕の方こそベルナールを舐めていたようだ。本当に申し訳ない。
だいたい気付かれない筈がないんだ。ステラはどこに行ったって目立つもの。あの派手な服にトレードマークのぬいぐるみ。情報に聡い商人が赤金等級のセントリア入りを把握していない筈がなかったのだ。
「まさか荷物の件も?」
「気づかれておりますでしょうなぁ。ギルドでは本名を名乗られたそうで」
まじかぁ……。
「わかった。二人には僕から言っておく」
「用心めされよ。要人だけに」
「……」
「……あ~。ついでではないのですが」
「うん。聞こう」
「例の品の加工についてなのですが」
「いいよ。先に預けとく。後は全部君に任せるよ」
「まいど♪」
やっぱりベルナールは商人らしい商人だ。あのお父様が目をかけていたのだから当然だ。
「ついでのついでで申し訳ないのですが」
「わかったよ。送ってく。君の護衛はどこだい? 彼女を一人で出歩かせるだなんて、君も人のことは言えないじゃないか」
「はっは~♪ これは一本取られましたな~♪」
まったく。貴族に護衛役をさせるだなんて。本当にいい度胸をした商人だ。いくら犯罪率の低いセントリアだって明らかに大金を持った商人が丸腰で出歩いていれば搾り取られるのがオチなのだ。
何も武力に頼る必要はない。監禁して商売に同意させればいいだけだもの。流石の都市衛兵だって商売の中身にまではケチを付けられないからね。どれだけボラれたって自己責任だ。貴族様から預かった大切な軍資金だろうと関係ない。油断していた本人が悪い。なんの保証もありはしない。
ベルナールはこう見えて戦いに関してはからっきしだ。だから普段は護衛を一人連れ歩いている。
ベルナールの護衛を務める女性は少々素行に問題のある人物だ。腕っぷしに間違いはないのだけど、平気で雇い主を置き去りにしてしまうのだ。正直なんでそんな人をと思わなくもないけれど、なんだかんだ仲良くやってはいるらしい。
彼女は元々冒険者だった。ベルナールが惚れ込んで雇うことになったそうだ。どうも彼女の方も満更ではないようだ。だからって自由にさせすぎだとは思うけど。いやまあ、僕も人のことは言えないんだけども。仕方ないよね。惚れた弱みだもの。うんうん。
そして彼女はステラの事も心底気に入っている。以前は一緒に冒険者として活動していたことすらあった程だ。というか元はそちらの繋がりでもある。だから僕としては尚の事どうこう言えた立場じゃないわけだ。精々何事もないよう祈っておくとしよう。御用商人が失踪したら困るもの。




