02-01.交易都市
「アミ様♪ ご覧になってくださいまし♪」
王都で開かれたマリアルバ第七王女の誕生会が終わり、領へ帰る旅の途中。とある都市に寄った際、朝から姿を見かけなかったお姫様が、唐突に金色のプレートを見せびらかしてきた。
「……なんでマリーが冒険者に?」
「お姉様にお願いしましたの♪」
しかも金等級。普通最初は、木か鉄、いっても銅までなのに。銀すらすっとばして金等級。ステラが無茶を言ったのは想像に難くない。世界で唯一の赤金等級が口添えしたなら道理も引っ込むというものだろう。
「程々にね。赤金の愛弟子だなんて知れ渡ったら面倒に巻き込まれるよ」
僕の所に嫁いできた時点で今更だけど。それに事件に巻き込まれて命を落とした第一王子の件が知れ渡れば、結局立場は悪くなるだろう。
僕にはこの子を守る理由がある。陛下から託されたからってだけじゃない。事件に巻き込んでしまった負い目なんて理由でもない。もちろんこの子を愛しているわけでもない。
この子には利用価値がある。だから側に置く。僕が真に愛するのはこの世でステラただ一人だ。この子には精々僕とステラの役に立ってもらわないとね。
その代わりにこの子の安全は僕が保証しよう。どんな悪意からも守り抜いてみせよう。これはギブアンドテイクってやつだよ。どうか悪く思わないでね。僕のお嫁さん。
「喜んではくださいませんか?」
「マリーは僕の大切な伴侶だよ。冒険者のような危険な仕事をさせたい筈がないでしょ」
「まあ♪」
感激して抱きついてきた。チョロいな。このお姫様。
「次は黙って僕の側を離れたりしないでね。君が見えなくなると心細いんだ」
「アミ様!」
更に近づいてきたマリーの額に手の平を当てて遠ざける。
「ダメ。キスは無し」
「今のは絶対そういう流れでしたわ!」
「領内での発表がまだでしょ。しっかり準備してから君を迎えたいんだ。もう少しだけ待っていて」
「まあまあまあ♪」
ふっ。所詮は世間知らずのお姫様か。こんな言葉で簡単に騙されてくれるんだから。可愛いものだね。
「マリー。どうか健やかでいておくれ。僕は君を大切にするよ。僕を信じて付いてきておくれ」
「はい♪ アミ様♪」
ふふふ♪
「アミったらご機嫌ね♪」
「ステラも帰ってたんだ」
「あらごめんなさい♪ いいところだったみたいね♪ お邪魔しちゃったわね♪」
「いいのですわ♪ お姉様♪」
マリーはステラの手をとって引き寄せた。
「どうせなら三人で愛し合いましょう♪」
流石にそれは調子に乗りすぎだ。いくら美少女だからって百合の間に挟まるのは感心しないよ。
まあ、ステラはあくまで姉だって言い張ってるし、僕は僕でマリーを利用するつもりだから口には出来ないけれど。とは言え、マリーだってこちらの意思を無視して、王家の力で無理やり嫁いできたんだから、気を遣いすぎるつもりもないんだけどね。なんだか奇妙な三角関係だね。僕たちって。
「ふふ♪ マリーは良い子ね♪ ちゅっ♪」
「ステラ!?」
「っ!?」
あ、ごめん。急に大きな声出して。マリーを驚かせてしまった。
「ふふ♪ アミ様はお姉様のことが大好きですわね♪」
悪かったよ。頬にキスした程度で大騒ぎして。
「アミ♪」
ステラは僕の頬にも口付けてきた。今回は唇じゃないんだね。それはそれでショックだよ。やっぱり先日のあれは何かの間違いだったのかもしれない。
「アミ様♪」
「マリーはダメ」
「何故ですの!? ただのほっぺチューですのよ!?」
「手順を踏まないと陛下に申し訳が立たないよ」
「大げさすぎますわ!?」
「よくないよ。姫様はもっと貞操観念を強く持たなくちゃ」
「もう姫ではありませんわ!」
「僕にとっては永遠のお姫様さ♪」
「誤魔化されませんわよ!?」
ちっ。面倒な。ステラが来た途端急に勢いづきおって。それとも知能指数が上がったかしら? お師匠様の前で気は抜けない的な?
「マリー。どうか僕を困らせないでおくれ。君はとっても魅力的だ。僕だって我慢が利かなくなってしまうのさ」
「アミ様ぁ♪」
ふっ。やっぱりチョロいね。
「まあ♪ アミったら♪ 悪い顔しちゃって♪」
「ステラは少し黙ってて」
余計なこと言わないでよ。もう。
「明日には出発するよ。今日はもう大人しく宿で休んでいておくれ」
「アミ様は? お出かけですの? お供させて頂いても?」
「ううん。僕一人で出かけてくるよ。マリーはステラのことをお願いね。"僕たち"の大切な姉さんだ」
「はい♪ アミ様♪」
よしよし。良い子だ。
ステラももう少しマリーでも見習って。ニヤニヤしてないでさ。
二人を置いて一人で宿を後にした。
ヴィオラはまだ買い物中のようだ。彼女は心配要らないだろう。伊達にステラの付き人を務めてはいない。腕っぷしだってそこらのチンピラに負ける筈もない。
さて僕は何処へ行こう。本当は用事なんて無いんだよね。普通に逃げてきただけだ。少し気分転換をしたかったのもある。本当ならステラと二人で出かけたいところだけど、マリーを一人で放っておくわけにもいかないからね。あの子もそこらのゴロツキに遅れを取るとは思わないけれど。
そもそもこの都市の表通りにチンピラやゴロツキなんてものがうろついている筈もないか。
ここはセントリア。
このアルカディア王国において、最も治安に優れた大都市だ。
王都からそう遠くない場所にありながら、商人や職人、旅人たちが絶えず行き交う、王国随一の交易都市でもある。石畳の大通りには昼夜を問わず人々が行き交い、荷物の軋む音や商人の叫び声が、まるでこの街の鼓動のように響き続けている。
賑やかな街というのは往々にしてゴロツキやならず者たちの巣窟にもなりがちなものだ。しかしこの街は違う。セントリアの表通りを彼らがうろつくことは決してない。
理由は単純だ。この街では治安そのものが商売の土台であるからだ。交易都市において最も重要なのは信頼だ。安心して金を落とせるからこそ、多くの人々がこの地に集うのだ。
そして彼ら商人こそがこの理想郷を実現する要でもある。ペンは、いいや。金は剣より強しだ。天下の赤金等級冒険者様がギルドのお得意様の依頼は断れないように、金さえ積めば最強の戦力だって思うがままなのだ。
この地には都市の衛兵だけでなく、商人ギルドの私兵や用心棒、護衛の冒険者で溢れている。彼らが頻繁に巡回してくれているお陰で後ろ暗い者が出歩く隙は存在しない。
この街でわざわざ悪事を働く者なんている筈もない。他にもっと治安の悪いところなんていくらでもある。なんなら王都にだってスラムや闇市は存在しているのだ。それが普通のことなのだ。この世界においては。
セントリアの治安の良さは、ある種異常とすら言えるものだ。もしかしたら僕が知らないだけで悪の帝王くらい潜んでいるのかもしれない。表向き真っ当な仕事をしてるとか、商業ギルドと裏で繋がって小さな悪を飼いならしているとか。何かそういった裏話はあるのかもだけど、少なくともそれが表に出てくることだけはあり得ないことだろう。
僕の統治する領、中でも一番の大都市である、領都フォルテイアだって治安の良さなら中々のものだ。しかしここまでとなると難しい。野蛮と揶揄されるだけあって、元々粗暴な者が多い土地柄でもある。魔物被害に対して冒険者の数も不足している。
その分領軍が圧倒的な強さを誇るものの、その戦力は主に未開拓地の開発に割かれている。やはり人手が足りない。領の発展速度に人の流入量が追いついていない。ここらで宣伝でも打てないものだろうか。魔道具を持って商業ギルドに顔でも出してみようか。
いや。こういう事は思いつきでやるものじゃないよね。事業計画通りに進めよう。陛下との約束もある。魔道具の扱いは慎重に進めねばならない。当面は今まで通りだね。歯がゆい気持ちも無いではないけど。
「閣下! ラクティ辺境伯閣下ではありませんか!」
うげっ。
「やあ。ベルナール。今日も声が大きいね」
「いやぁ! はっは! 辺境伯閣下もお元気そうで何よりです!」
ダメだ。要求が通じてない。仮にも商人のくせに。こんな大通りで堂々と呼び止めないでほしい。
「何か話があるならギルドで聞くけど?」
「いえね! たまたま見かけたものですから!」
こいつ本当に商人か? いや、間違いないんだけども。けどほら。折角の交易都市なんだからさ。何か新しい商売の種でも相談してくるもんじゃない? 普通さ。
ベルナールは辺境伯家に以前から出入りしている商人だ。熊のように大きな体格を持ち、その圧倒的迫力と対照的な、愛嬌あるニッコニコ笑顔がトレードマークだ。だからか、妙にステラとも気が合うらしい。
「悪いけどステラは今一緒じゃないんだ」
「そうですか! それは残念ですなぁ!」
仮にもお得意様の領主本人にこの態度だ。僕は舐められているのかもしれない。
「用が無いならもう行くよ。僕は忙しいんだ」
どうせならここを見て勉強しておかないとね。うちの領の運営の参考になるかもしれないし。たった今そう決めたよ。うん。
「お待ちくだされ! 辺境伯閣下!」
流石に直接身体に触れてくる無礼はしないけど、先程と変わらぬ大音量で呼び止められてしまった。
「なんだい? 話があるなら聞いてあげるよ。他ならぬ君の頼みだ。色々と世話になっているからね」
「お互い様でございますぞ! 辺境伯閣下!」
「ねえ、悪いけどその呼び方やめてくれるかな? わかるだろ? 僕はあまり目立ちたくないんだ。共も付けずに出歩いているのだから察しておくれ」
「あいや! 申し訳ございません!!」
「いや、いいんだよ。わかってくれたのなら」
「どうぞこちらへ! 行きつけの店がございますので!」
「うん。なら少しだけね。君なら何か面白い話を聞かせてくれると期待しているよ」
「必ずや!」
退屈凌ぎくらいにはなりそうだ。




