01-08.賑やか逃避行
「本当に帰ってしまっていいのかしら?」
「仕方がないんだよ。この場にマリーが残っていれば疑いを避けられないからね」
「逃げてしまった方が疑われるのではなくて?」
「そうだね。それも間違いじゃない」
第一王子が第七王女に張り倒された現場は大勢が目撃している。その後に第一王子は行方をくらませてしまった。
加えてマリーが化け物相手に善戦する所も見られている。あの平手打ちが致命傷だったと判断されるだけの材料は揃っていると言えるだろう。
あの場に居合わせた貴族たちが第一王子失踪の話を耳にすれば、まず間違いなくマリーが疑われる。
今はまだ公表されてはいないけれど、第一王子の失踪はいつまでも隠しておけるものではない。遠からず人々の耳にも入るだろう。
その時、あの誕生会での一件を知る者たちはマリーが第一王子の命を奪ったのだと考えるだろう。失踪とは真っ赤な嘘で、王が第七王女を庇っているのだと判断するだろう。
「けれどそれはマリーが城に残っていた場合の話だ。降嫁によりマリーは継承権を失う。元々あってないようなものだったけれど、それでも完全に脱落するなら意味もある」
王都はさぞかし混乱することだろう。第一王子は確実に次期王になる筈だったのだ。あの方の評判はそう悪いものでもなかったからね。むしろ多くの者たちから慕われていたくらいだ。第七王女との不仲だって、一方的に突っかかってくる妹姫を軽くいなす人格者の兄とすら思われていたくらいだ。
「特に僕に嫁ぐなら尚更だ。何せ蛮族と揶揄される程だからね。我らが領は他の多くの貴族たちにとって過酷な土地だ。姫がそんな土地に送り込まれるだなんて、ある種の罰ゲームだ。いや。実際罰だと思う者もいるだろう。所謂左遷や島流しだ。加えて僕と姫は同性だ。これでは子を成す事すら出来はしない。姫はその血を継ぐという王族としての務めすら果たせない。見ようによってはこれ以上ない屈辱だ。ここまでするのだから陛下の怒りも推し量れるものだよね」
王は決して姫を許してなどいなかった。あの誕生会での穏やかなやりとりは、全て騒ぎを起こさせぬ為の芝居だった。そんな風に都合良く解釈してくれるだろう。陛下自身、そのように噂をばら撒くのかもしれない。
「だいぶ後付感は強いけどね。きっと陛下なら上手く誘導してみせると思うよ」
少なくとも全くの無理筋というわけでもないんだし。
「もう一捻りありそうな気はするわ」
「僕のオツムじゃ考えられるのはこの程度さ」
僕が得意なのは金稼ぎとインフラ整備くらいだ。この一年で領は随分と発展させられたけど、陛下のように権謀術数渦巻く魔窟を纏め上げる才覚があるわけでもないし、お父様のように人を引き付ける才能があるわけでもない。当然、ステラのように世界最高峰の武力があるわけでもない。
「そんな言い方は嫌よ。私のアミは凄い子なんだから」
「ごめんごめん♪」
そんな悲しげな顔をしないで。大丈夫。ただの軽口だよ。僕にだって得意なことはあるからね。僕は僕の出来ることをするよ。ステラと同じさ。
「組織はどうするの?」
「待ちさ。いつも通りにね」
今回は王家の管轄だからね。共同捜査をしていると言ったって、なんでもかんでも首を突っ込めるわけではない。今は陛下の代わりに第七王女を守るとしよう。
「もっと我儘を言ってもいいのよ?」
「させられないよ」
「私はアミのお姉ちゃんよ」
「一番大切な人だ」
「これからはマリーに言ってあげなさい」
「……」
本当にどういうつもりなんだか。
「そろそろ行こうか。お姫様を攫って王都から逃げ出そう」
「お姉ちゃんに任せなさい♪」
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僕らはマリーを連れて王都を抜け出した。静かに、けれど敢えて隠しはせずに堂々と。僕、ステラ、マリーを乗せ、ヴィオラが駆る馬車は早朝の王都を後にした。
「マリー。気にせず眠っていてね。旅は長いから」
「はい♪ アミ様♪」
「私は先に帰っているわ。何かあったら連絡してね♪」
ステラはもういつもの姿だ。魔法少女のような出で立ちでクマのぬいぐるみを抱いている。
「待って! お姉様!」
「うん♪」
「本当に行ってしまうんですの!?」
「マリーは不安?」
「わたくし一人では守りきれませんわ!」
意外だ。そういうのも客観的に見れるんだ。確かに今のマリーの実力では、盗賊団相手に他の二人を無傷で守り抜くのは難しいかもしれない。
「安心して♪ アミだってとっても強いのよ♪」
「アミ様に戦わせられませんわ!」
「なんでさ。普通逆でしょ。僕が守る方でしょ」
「そもそも何故兵の一人も連れておりませんの!? 夜の番は如何するおつもりですの!? まさかメイド一人に全て任せるわけではございませんわよね!?」
「んなわけないでしょ。流石のヴィオラだって倒れちゃう」
「でしたら!」
「僕はそういう魔術が得意なんだ」
「魔術ですの?」
「うん。結界とか気配察知とか一通りね。寝てても気付けるから大丈夫だよ」
常時阻害されている城の中ならともかく、ここでなら見逃すこともないだろう。
「流石はアミ様ですわ!!」
「ありがとう。だからマリーは安心して休んでおいて。昨晩は一睡もしていないでしょう?」
「元気いっぱいですわ!」
「ダメ。ほら。膝貸してあげるから」
「寝ますわ!!」
即決だね。躊躇なく倒れ込んできたね。
「そういうわけだから」
「ふふ♪ 仲良しね♪」
ステラは今度こそ飛び出していった。何か仕事でもあるのだろう。ステラは勤勉だ。数週間も馬車の中でじっとしているのなんて耐えられまい。それでも極力僕の側にも居てくれる。また数日したらしれっと戻って来るかもしれない。
「ねえ、アミ様」
「なんだい?」
「アミ様はお姉様に恋をされているの?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「わたくし負けませんわ♪」
答えになってないよ。
けどまあうん。見抜かれちゃったみたいだね。早々に。
「僕は不実だと思うかい?」
「何故ですの?」
キョトンとしてらっしゃる。
「お姉様は素敵な人ですわ♪」
「気に入らないって言ってたじゃん」
「昔の話ですわ♪」
つい数時間前の話だよ。
「ほら。もう寝なよ。昼食の時間になったら起こすからさ」
「まだ話は終わっていませんわ♪」
「追求したいわけではないんでしょ?」
「そんな必要はありませんわ♪」
「なら後で構わないでしょ。これからの僕らにはいくらだって時間があるんだから」
「それもそうですわね♪」
「おやすみ。マリー」
「はい♪ アミ様♪」
マリーはそれから程なくして寝息を立て始めた。肝の座ったお姫様だ。自分で促しておいてなんだけど、よくこの状況で眠れるよね。マリーだって色々気付いているだろうに。そんなのおくびにも出さないんだもの。僕よりよっぽど強い子みたいだ。なんだか振り回されてしまいそうだ。少しステラにも似てるかも。流石師弟。苦労しそうだ。
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「へいらっしゃい♪」
「まあ♪ お姉様ですわ♪」
「……なにやってるの? ステラ?」
お早い再会だね。
「お仕事よ♪ 屋台のアルバイトを頼まれたの♪」
「お一つくださいな♪」
「は~い♪ 可愛いお嬢ちゃんね♪ サービスしとくわ♪」
「ありがとうですわ♪」
いやいやいや。いやいやいやいやいや。
「誰がこんな所で屋台のバイトなんて頼むのさ! こんなただの街道で! 僕ら以外に客なんていないでしょ!?」
「そんな事ないわ♪ 何組か買っていってくれたのよ♪」
「そりゃ姉さん程の人が客引きしてたらね! 通りがかりさえすれば興味は引かれるよね! 美人さんだもんね! というかその屋台はどうしたのさ!?」
「言ったでしょ♪ 頼まれたの♪ はい♪ 坊っちゃんもお一つどうぞ♪」
誰が坊っちゃんだ!
「ヴィオラ!」
「はい。領主様」
「説明!」
「野暮です。領主様」
「そうよ、アミ。ヴィオラを責めるのはお門違いよ」
「どういうこと? 彼女の仕込みじゃないの?」
「だからそれを聞くのが野暮だと言っているんじゃない♪」
間違いない。犯人はヴィオラだ。けれどそれを確かめるなと言っている。普段はあっさり口を割るステラまでもがだ。ならばこの状況で問い詰めても意味はない。
「とにかく変な気は遣わないで。状況わかってるの? これ以上妙な疑いでもかけられたらどうするの?」
「心配要らないわ♪ 正式にギルドを通した依頼だもの♪」
「はぁ!? 何バカな事言ってるの!? 手数料いくら取られると思ってんのぉ!?」
「経費で処理してあげて♪」
「出来るわけないでしょ! 天引きだよ天引き! ヴィオラの給料一年分は消し飛ぶよ!?」
「問題はありません。最初から自腹です」
「大有りだよ!? 天引きなんて嘘に決まってるでしょ! そんな大金従業員に使わせられないよ!?」
しまった! ツッコむのはそこじゃない! 今しれっと自白した!
「まあ♪ メイド一人にそこまでのお給料を♪ 流石はアミ様ですわ♪」
そりゃあ、メイド一人の賃金一年分でドラゴン退治を依頼出来る程の給料支払ってるのはうちだけだろうけどさ。流石にそこまでの高給取りはヴィオラだけだけど。
「とにかく! もうバカな事はやめて普通に帰るよ! ステラも急ぎの仕事が無いなら同行して! 絶対に側を離れないで! わかった!?」
「ふふ♪ もう仕方のない子ね♪」
どっちが!




