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そのふたつ壱/03 「 もく と ぼく 」

 身体に絡みつく布団の中、 その 見慣れた夢の空間から抜け出したミシルは、 見慣れない現実の部屋に帰って来た。

 八首観知 (やがしら みしる)

 13歳 小柄なモシャ髮の少女。

 瀬戸内州の内海に浮かぶ第二島、 小豆島の 旧びた家に住む女の子だった。

 祖父の 「 佐伯 崇師(さえき たかし) 」 が一人で暮らしていたこの家に、 一年ほど前 一人だけで ミシルは越してきた。

 父の仕事の都合による突然の引越しであったが、 ここでの生活は比較的気に入っていた。

 幼い頃から 父と一緒に度々訪れていた この家の旧びた空気の匂いは、 昔から なぜか懐かしく感じられ とても好きだった。

 ただ しかし、 いざ生活してみると、 長い間この家で暮らしていると、 何故か 何か 奇妙な違和感を感じるようになっていった。

 毎日過ごしている筈の この家が この部屋が、 見る度に何処か違ったものに見える。

 実際には、 何処も 何も、 ひとつとして変わっては無い筈なのに。

 一年経った今でも、 ミシルは ここを、 この家を、 この部屋を、 見慣れることが出来なかった。

 多分、 これからも。

 毎晩、 この部屋で眠る時に見上げる天井。

 薄明かりの中、 その天井の板目が創り出す 奇妙な歪んだ顔は、 毎日別人に見えた。


 しかし、 そこに漂う 旧びた 懐かしい それでいて澄んだ空気の匂いだけは、 それだけは いつも同じものであった。


 数百年も昔に建てられたかのような この古風な家と、 その家に相応しい 旧びた造りのこの部屋。

 それは、 実際には それ程昔に造られた物ではなかった。

 父の産まれる少し前 − 四十数年前 − に造られた近代的な建造躯体であった。

 しかし、 この場所に以前建てられていた、 それこそ 「前世紀からの歴史が染み付いた」 旧家をモデルとして建て替えられた事と、 今は亡き曽祖父の拘りと趣味によって、 このような見栄えの造りとなっていた。

 建て替えの時、 再使用を考えていた旧家の建材は そのほとんどが老朽化のために流用が不可能な状態であった。

 そのため、 家の中心 屋根の直下を横断する 直径1mはある大梁の捻れたような姿の古木以外は、 当時出回り出した最新建材であった 「培養木」 を利用したものであったし、 大半の部屋に敷き詰めてある 「畳」 と呼ばれる床材も、 本来の材質であるイグサではなく 「合成セルロース複合材」 で作られた偽物であった。

 

 つまり、 内質的にはかなり近代風の建物である筈なのだが、 その外観様式や建築思想が 設計者の思惑以上に この家の古風な情調や香りを醸していた。

 いや、 それだけでは説明できない。

 この土地自体に宿る根源的な何かが、 この家独自の雰囲気を作り出していた。


・・・・・・・・・・・・


 現実の部屋に 意識を戻したミシルを見下ろす様に、 「モク」 が 畳の上に立っていた。

 これは、 いわゆる 見慣れた光景というものだった。

 いや、 ミシルにとっては あまり見慣れたくはない 嫌な光景だった。


 「 モク 」。 正確な名前は 「 八首木惺( やがしら もくせい ) 」

 モク は、 いわゆる 「 イマジナリー(パートナー) 」 と呼ばれている もの(・・) だ。

 ミシル の脳内(視床後部) に形成されている [感覚拡張システム] が、 現実の視聴覚情報に合成して表示・認識させている ARオブジェクト(拡張多感覚情報) であり、 現実には存在しない 純粋な情報存在だった。

 しかし、 拡張空間上の 「公共層」 に表示設定されているため、 本人だけではなく 感覚拡張システムを持っている全ての人が共有認識出来る もの(・・) であった。

 この時代において、 特別な信条を持つヒト以外では 一般的に普及している存在だ。

 十二歳位のヒトの男の子という外見の設定を持つ モク であったが、 その見た目は墨と和筆で描かれたような水墨画風のデフォルメされたキャラクターである。

 一見 素朴な眼鏡男子風の顔をしているが、 その見た目と違い かなり口は悪かった。


 モクは、 呆れた様な表情を顔に浮かべ、 壁際の空中に浮かんだ 「7時55分」 の時刻表示を その表情で指し示していた。

 「 あれっ クマさんじゃない 」

  「 何の話しだよ! もう遅刻決定だ!  」

 本来 起きるはずの時間から 30分近く過ぎた時刻表示を見たミシルだったが

 「 多分・・・大丈夫。 ボクは走るの早いから 」

 と言いながら、 慌てる様子も無く 未だぼーっとしている。

 「 あと、 5分は大丈夫・・・ だと ・・・思 ・・う・・・ 」

  「 いいから起きろ! いや・・・もう絶対間に合わないよ・・・ もう 俺が遅刻の連絡出しとくよっ 」

 今日で9日目となる秋季の集学(集団学修) だったが、 ミシルの遅刻はこれで3回目となる。

 「 ありがとう・・・ 。 じゃあ・・・ おやすみ・・・ 」

  「 じゃあ・・・ じゃ無い! 起きろっっ!!!  」


 20分後。

 モクが遅刻連絡を出した 9時半の登学予定の変更時間に向けて、 朝食を頬張るミシル。

 毎朝 祖父が作ってくれている 具無しおにぎりに味噌とマヨネーズを付けて焼いたもの。

 5日前に [ 美味しい ] と祖父に伝えてから、 朝はずっとこれだった。

  『 明日は変えてもらおう 』

 しかし、 いつもなら ミシルが食べ始めると 必ず姿を表す祖父が一向に現れなかった。

 「 そういえば、 爺ちゃんは何してるの? 今日はどっかに出かけた?  」

  「 朝から 誰か客が来てたぞ。 何か部屋の方で 楽しく無さそうな話 してたな 」

 「 へー こんな早くに。 訪ねて来てるって、 [直体] でって事だよね。 珍しいね。 何だろ?  」

 「 そういえば。 昨日、 肥土山(ひとやま)から帰ってくる途中でね・・・ 」

  「 いいから、 サッサと食え! 」


 さらに30分後。 ようやく支度が出来たミシルは、 玄関で靴を履きながら 暗い廊下の奥にある祖父の部屋の入り口辺りを見つめた。

 「 何か・・・静か過ぎない?  」

 モク は何も答えない。

 「 そういえば、 お客さんって モク 言ってたけど、 靴がないよね。 」

  「 じゃあ もう 帰ったんだろぅ 」

 そっけなく答える モクを無視して、 再び祖父の部屋の方を見る。

 部屋の前、 暗い廊下の隅に ぼんやりとした二人の子供のような影が見えた。

 「 あっ 今日は 『おどまりさん達』 がお見えなんだ。 久しぶりだね 」

 祖父の話では、 あれ(・・) は、 昔から この家(土地)に憑いている 「 座敷わらし 」 のようなものらしい。

 ミシルが 見た という話をした時、 祖父は結構驚いていた。

 家を建て直してからは、 祖父も見たことが無かったらしい。

  「 もう、 そういうのはいいからっ!  サッサと行くぞっ! 」

   『 ボク と モクは 視覚とか共有されているはずなんだけど。 なんでモクは あれが見ないんだろう? 』

 ミシル は、 玄関の扉を引き開けながら 再びふり返った。

 「 いってくるよー 爺ちゃーん 」

 何も返事はなかった。

 家の中には 奇妙な静寂が満ちていた。

小説投稿サイト 「カクヨム」にて、

並列ストーリー


「 つくもぶね [ 境外宇宙より来襲する超常天体に抗する3人の厄災級異才者と人造意識体たち ] 」


を 投稿中。

https://kakuyomu.jp/works/16818093073160539410

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