目の細い部下
会社に着くと、部下の長峰が待っていましたと言わんばかりに廣瀬に近づいてきた。目が細いため、いつも寝ているように見えるが、今日は目が少し大きく見える。
「課長、少々お話があるのですが、よろしいですか」早口で長峰が言った。
「ん、何だい」
「課長にぜひお会いになってほしい方々がいらっしゃっています」
「誰かに会う予定は今日無いけどなあ」廣瀬は首を捻りながら、長峰についていった。
応接室ではなく、大会議場に連れてかれた。ドアを開けると、廣瀬はあまりの衝撃にしばらく言葉が出なかった。
なんと、目の前には二十人程が立っていたのだ。一番最初に目に入ったのは、今日の朝の電車で女性に席を譲った男の子と席を譲られた女性だ。二人とも、微笑みながら会釈をした。廣瀬は自然と会釈を返したが、脳が状況を把握できていない。ゆっくりと視線を移動させていくと、後ろには、社内で化粧をしていたOL、菓子パンを食べていた野球部の男の子、音漏れしていたサラリーマン、話し声がうるさかった女子大生二人組がいた。その他の人は、なんとなく同じ車両にいた気がする。廣瀬は、狐につままれた気分になった。
「ここにいる皆さんは、私の実験に協力してくださりました」長峰が口を開いた。
「実験?」廣瀬は思わず聞き返していた。
「実験の話の前に、私が開発した新しい発電方法についてお話します。私には、医師の友人がいます。そいつが言うには、人間の身体にごくわずかな電気を作る力があるそうです」
「それは知らなかった」廣瀬は目を丸くした。
「ただし、それには、本人が不快なことを感じたときのみという条件がありました」長峰はただしという部分を強調した。
「これを聞いて、私は実際にどれだけ電気が作られるのかを実験してみました。驚いたことに、日本の全ての人が発電をしたら、原子力発電を補えるとまではいきませんが、太陽光発電や風力発電を上回る発電量になるということがわかりました」
「そんなに多くなるのか」
「あくまで計算上の話です。しかし、そこで私は悩みました。不快なことを感じて発電をするとなれば、世の中は犯罪が増えてしまうのではないか。人は思いやりの心をわすれてしまうのではないだろうかと」哲学者のように長峰は話した。廣瀬もこれには同意したため、頷いていた。
「私は脳科学の研究所へ行って、不快なことを感じて発電という構造を改善できるかどうか聞いてみました。研究員の方は、脳から発する信号を変換できれば、不快なことではなく、違う方法で発電ができるのではないかと言いました。というわけで、研究員の方に脳の信号の変換について協力を依頼しました。」
長峰は一呼吸置いた後に、「試行錯誤した結果、不快な時に感じる信号と正反対の信号に変換する機器を発明しました。この機器で変換されることで、心が温かくなるようなことに対して人体に電気が流れることに成功したのです。景色を見て感動した時や、久しぶりに友人と再会した時なども電気が流れます。実はこの機器が課長の背中に取り付けられていたのです」と続けて話した。
これを聞いて、廣瀬は背中に手を入れた。そして手でつまみ、機器を引っ張った。すると、シールのようなものが取れた。
「これが機器なのか」廣瀬は機器と聞いて、リモコンのようなものを想像していたからだ。
「改良を重ねて、シール型にすることに成功しました」長峰が答える。
こんなのいつ貼られたのだろうと廣瀬が考えていると、一つの考えが頭を巡った。明子が廣瀬にピップエレキバンを貼っている時だ。それしかない。
「というわけで」長峰が再び口を開いた。「今日の京浜東北線内で行われた実験は、この機器が正常に作動するかどうかの最終チェックだったわけです。電車内での化粧、飲食、音漏れ、大声でのおしゃべりなど不快に感じることに対して発電しないかどうか、そして心が温まるような出来事に対して発電できるかどうか、私は課長の隣の車両でチェックしていました」
振り返ってみると、電車の時間を調べていたのも明子だった。車のカギは無くなったのではなく、明子が隠したのだろう。これですべての辻褄が合った。
廣瀬は改めて、迷惑だった客を眺めた。彼らが実験の協力者だとは知らずに、迷惑な客という偏見を持ってしまった。彼らは皆、廣瀬を上手く騙せたからだろうか、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「実験は無事に成功しました。課長以外にも取り付けをお願いした被験者がいまして、全員の機器が正常に作動しました」長峰は笑顔を見せた。細い目が今にも無くなりそうだ。
「これを今日の会議でプレゼンしようと思うのですが、課長、いかが――」
長峰が言い終える前に、廣瀬は即答した。
「即採用だ」




