番外編④ ~ 分析好きなSE その3~
私は都内に住む中堅IT企業で働くしがないサラリーウーマンだ。仕事はSE。
雪ちゃんの採精日分析サイト立ち上げから数週間後の朝、オフィスの自席に1通のA4封筒が置かれていた。
社内便には発信者とあて先を記入する表が表面に添付されており明らかに違う。社外便なら宛名がなければ私の机に置かれることはないはず。なんだろうと思い中を検めるとA4の紙が1枚入っている。
その紙には、私の名前と1週間の日付、それに各日付の横に1~3の数字が書いてある。ある日は”1”、ある日は”2”といった具合だ。不気味なのは一番下の右端に”アサシン”と書いてあることだ。今時こんな恥ずかしい差出名を名乗るなんて、まともな社会人のやりようとは思えない。なんとなく、厄介ごとに巻き込まれた気がした私は、即座にその紙を折り畳み、自分のカバンにしまい込んだ。
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開発室に来るなり、顔面蒼白なデカちゃんが1枚の紙を見せながら私に問いかける。その紙には見覚えがあった。
「ガミやん、こういう変な手紙みたいなの、来なかった?数字が書いてあるやつ」
「来た来た。差出人が”アサシン”ってやつでしょ?誰のいたずらかな?社内の人でしょ?」
「・・・ガミやん、あの数字の意味、分からなかった?」
「うん。全然。なんだろうね?デカちゃん分かった?」
「ちょっと、耳貸して」「え?いいけど」
デカちゃんが私の耳元で小声で数字の意味を囁く。
・・・!!!え?・・・嘘?
もし本当なら、二人とも社内の誰かにプライベートを見られていることになる。私たちは言いようのない恐怖に震え、とりあえず今日の業務後に私の家で相談することを決めた。その日はトイレに行く以外、一日を開発室から出ずに過ごした。仕事に手は付けたが、二人ともほとんど進まない。ひたすら時が過ぎるのを待ち、終業後は周囲の視線を気にしながら二人して会社を後にした。
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会社を出た私とデカちゃんは、足早に私の家に移動した。玄関の鍵を開け中に入り、すぐに鍵を閉めロックをかける。ようやく安心して部屋に移動し明かりを点ける。
机の上、会社で私たちに贈られたA4の紙と同じ紙が2部、置いてあるのを見つける。会社で送りつけられたものはA4用紙が1枚で、日付ごとの”回数”の情報だけだった。だが、ここに置いてあるのは表紙こそ同じ紙だが、冊子状になっている。私とデカちゃんはそれぞれ自分の名前が書かれた冊子を手に取り、2枚目以降を確認し驚愕する。そこには私たちが雪ちゃんの動画を見ながら自ら慰めている写真が1回ごとにすべて収められている。表紙の情報が真実であることを示す画像だ。
私たちはそれぞれ冊子に映る大量の自分の恥ずかしい写真を確認しすると、互いに相手の顔を見た。デカちゃんの顔は蒼白だ。私も同じだろう。二人とも言葉が出ない。いったい誰がこんなことを・・・
立ち尽くす私達の背後から、突然、声をかけられる。
「自分のプライベートを勝手に晒される、それがどういうことか分かった?」
それはサングラスをかけたどこにでもいそうな若い女性。特徴がつかみづらい。私たちは突然部屋に知らない訪問者が現れたことに驚愕し、まともに話すこともできない。いつまでも言葉が出ない私に代わり、デカちゃんが何とか応じた。
「あなた・・・だれ?」
「危害を加えるつもりはない。私は篠塚雪緒のプライベートを守りたいと思っている者よ。とりあえず、アサシンとしておく」
アサシン・・・ということは、このとんでもない冊子の作成者が彼女らしい。危害を加えるつもりはないって、どういうこと?あまりに不条理な仕打ちに、私たちは恐怖を感じつつも、少しづつ納得がいかない不愉快さも感じ始める。その人物は、落ち着いた口調で、淡々と語り始める。
「あなた達は自分がやっていることが分かっていない。あなた達のホームページにプライベートな個人情報がさらされた彼と、今のあなた達。本人の希望に関係なく強制されていることについて、違いを言ってみて欲しい」
彼女のこの言葉を皮切りに、私たちは1時間近く会話を続けた。会話の中、<私たちがアサシンにされたこと> と <雪ちゃんが私たちにされたこと> を比較することで、私達はようやく自分たちの行いの意味を理解し始める。
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確かに、私たちは勝手に彼のプライベートを晒した。それは単なる予想の類かもしれない。でも、”画像診断”という技術に裏打ちされたそれは、一般人には限りない信ぴょう性を持たせる。私たちの冊子の写真と同じようなものだろう。私たちは、自分たちを含む雪ちゃんのファン目線でしか考えていなかった。もし、彼がそのページを見たら嫌がるはずだ。今の私たちと同じように、恥ずかしいと思うだろう。何万人という人々に向かって発信されていることを考えると、彼のほうがずっとつらいかもしれない。
私もデカちゃんも肩を落とす。こんなに罪悪感を味わうことになるとは思ってもみなかった。単なるお遊びのつもりだったのだ。でも、それは彼にとっては”いじめ”に近いものだったかもしれない。自分のプライベートがこんな形で世の中にさらされたのだ。激しい後悔の念に駆られる。
「理解してもらえて助かる。強制したのでは意味がないから。私の望みは一つ。出来るだけこの手のホームページが世にはびこらないようにしたい。ただそれだけ。そのために協力して」
私もデカちゃんも了承する。私たちは間違っていた。できるだけのことをして償いたいと思う。協力って?何をすればいいの?
「あなた達はホームページの情報を削除し、今のあなた達の気持ちをそこに記載して」
この人の言うとおりだ。謝罪の文章ならいくらでも書こうと思う。雪ちゃんファンのみんなにもよく考えてもらいたい。
「もう一つ、あなた達に新たな役職を任命する」
え?役職?私とデカちゃんは顔を見合わせる。
ここでアサシンの表情が変わる。急に”にやり”と笑ったのだ。片方の口端だけを上げるような薄気味悪い笑い。
「<ガミやん>こと湯上谷ひろこ、貴女には”雪ちゃん騎士団”のナイト2号を、<デカちゃん>、こと香川伸子、貴女には同じく”雪ちゃん騎士団”のナイト3号を名乗ってもらう。ホームページの謝罪文の最後にその名を記載するの」
・・・・は?
話は突然おかしな方向に進み始める。
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「い、嫌よ!何その幼稚で恥ずかしい二つ名!絶対いや!大体どうして私が2号なの?1号さんがいるの?」
私は激しく首を振った。そんな恥ずかしい通り名を名乗ったらリアルな中二病オバサンになってしまう!絶対いやだ!デカちゃんは涙目になって震えている。口も訊けないほどのショックを受けているようだ。彼女は若い時に中二病を患った黒歴史を重い十字架として既に引きずっていた。人生で2回も黒い個所があると、本当にそこだけが黒いのか怪しくなってしまう。・・・ショックだろう。
「ナイト1号は別にいる。あなた達は立場上はその人の部下になる。ただし、今回のみ私の指示に従ってもらう。念のために言うけど1号は私ではない。私はアサシンで、ビショップの指示で動いており、アサシンを名乗るのは私一人で十分よ」
この人の言っていることが良く分からない。私たちは激しく抵抗の意を示した。でもアサシンは許してはくれなかった。
彼女が言うには、彼女のアジトは複数個所あり、定期的にそこに出向いて ”とある操作” をしないと、事前に仕込まれた情報、つまり私たちの”回数”の情報が、動画配信サイトや関係先に自動で配信されてしまうらしい。私たちに選択肢はなかった。これが私達に下された罰なのだろう。
この日から約2か月、私とデカちゃんは、泣く泣くアサシンの指示に従い、雪ちゃん騎士団のナイト2号と3号を名乗って働くことになった。
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私たちの罪は大きかった。同じような分析サイトが私たちのサイトのほかにも数か所ち上がっていたのだ。アサシンはそれらについても私たちと同様の”措置”を施したらしい。しばらくすると、一つ、また一つとそれらのサイトが閉鎖され、謝罪文と雪ちゃんファンの意識を向上させるような文章が記載される。それぞれの記載者名は、ナイト4号に始まり、とあるサイトにはナイト7号からナイト13号までが連名で記載されていた。
最終的に私たちを含めたナイト16号までのかつて雪ちゃんを辱めた加害者が、心を入れ替えた雪ちゃん騎士団の団員としてネット上での活動を始めた。雪ちゃんを辱めるようなサイトの監視を行いつつ、時には該当サイトの管理者に対する説得や、非常に悪質なサイトに対する強制的な炎上行為まで行うようになった。
やがて、私たちの行動に賛同する一般ナイトが現れ始める。彼女達は、それぞれ20号以降の大きな数字のナイト番号を勝手に名乗り、自主的に私たちの活動を支援し始める。結果、雪ちゃん騎士団の構成員の数は一気に膨れ上がる。余談だが、”2000”という番号(”号”はつけない)が大人気で、10名以上が同じ番号を名乗っていたそうだ。
2か月後、私とデカちゃんが火をつけてしまった雪ちゃんの採精日分析サイトは、ほぼすべてが駆逐される。自分の恥ずかしい情報の拡散を防ぐため、獅子奮迅の活躍を見せたナイト16号までの最初のナイト達。事情を知らないネット民には、この活躍に加え、当初は加害者だった経歴がダークなキャラクターを思わせるらしく、雪ちゃん騎士団の ”オリジナル16” という、これまた余計な別名まで勝手につけられ英雄視される始末だ。
こうして私とデカちゃんの開発室でのお遊びから始まった怒涛の日々は3か月程で収束した。間違いなく、私の人生における黒い歴史だ。早く忘れてしまいたい。
事件収束後、アサシンから連絡があった。
私たちの家に来た時に彼女が語った〈アジトにおける私たちの恥ずかしい情報の自動配信の仕組み〉は、私たちを説得するための作り話だったそうだ。その連絡を最後に、アサシンからの接触は途切れた。もう彼女と会うことは無いかも知れない。
それにしても、雪ちゃん騎士団ナイト1号って、誰なんだろう。一体どんな罪を犯し、こんな恥ずかしい名前を名乗らされているのだろうか?同情を禁じ得ない。
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「この人たち、ずいぶん恥ずかしい名前を名乗る集団ね。罰ゲーム?」
雪緒の自宅から歩いてすぐの家。背の高い女性がベッドに横になりスマートフォンでネットを眺めている。恋人に関連する情報をチェックするのは彼女の日課だ。このところ、雪緒関連の悪質情報に対し、ネット上で正義の活動をする集団が話題になっている。”雪ちゃん騎士団”と名乗るその集団は、それぞれナイト~号と名乗る個人からなる集団で、特に1号から16号までは、以前の悪役から心を入れ替えた「オリジナル16」と呼ばれ、雪ちゃんファンの間ではネット上のちょっとした英雄らしい。
「本人達は楽しいのかな?・・・ま、いいか。さてと、そろそろ寝よ」
・・・瞳さん?その大量のITオタクさんたち、皆さんあなたの部下らしいですよ。
愛さん、何かにつけ”幼馴染”という設定をひけらかす瞳さんに対して、若干イラっと来てたみたいです。
次はJWN社の同僚です。




