番外編④ ~ 分析好きなSE その2~
私は都内に住む中堅IT企業で働くしがないサラリーウーマンだ。仕事はSE。
名前は 湯上谷ひろ子 という。友人の香川さんからはガミやんと呼ばれている。デカちゃんと私は、とあるシステムベンダーの開発室で、日本中の雪ちゃんファンが待ち望んだ世紀の大発見を、今まさに成し遂げようとしているところだ。
今日からは、腰を据えてこの神聖な行為に没頭するため、夕方の業務時間外に作業を行うことにした。この作業を始めたくて仕方がなかった私たちは、本業の会社業務で恐るべき効率を発揮し、ここ数日悩まされてきた数ある懸案事項を今日一日の業務時間内に一気に解決してしまっている。残すところは初めから通しでテストをやり直すのみだ。私たちは心置きなく業務を終えて、大切な作業に着手した。
昨日の至近2か月データに加えて、その前2か月分データも追加した合計4か月分データの解析が、たった今終わった。システムには、TKD指標(顔色における白色度の輝度の強さ示す指標)について、横軸の日付に対する推移をgnuuplot(フリー描画ソフト)で描画する機能を急遽追加してある。
その結果を二人で見つめながら、私よりも理系色の強いデカちゃんが解説してくれる。
「まず、月曜日については平日よりもTKDが高い傾向が認められるよね。平均で1.2ぐらいかな。休み明けだから体調がより優れている可能性もあると思う。でも、明らかに平均値を上回りTKDが2.0ぐらいに突然上がる月曜日が、月に1~2回ある。これは十分に意味があると思うわ」
「つまりどういうこと?」
私は早まる鼓動を抑えつつ、彼女の見解を待つ。
「このTKDが2.0ぐらいに上がる月曜日の直前の週末、雪ちゃんは誰かと肉体関係を持ったか、もしくは何らかの理由で採精を行ったことを示していると思う」
肉体関係・・・ネットでは雪ちゃんには幼馴染の恋人と呼べる存在がいるという噂があったけど、これがそうなんだろうか?私は個人的には採精日であってほしいんだけど・・・
「もしかしたら平均1.2ぐらいの月曜日も、実は土曜日に同じ状況にあって、1日置いたことで低い値になっている可能性もあるんじゃないかな」
「あ!そうか。土曜日もあるよね?」
さすがデカちゃん、的確な分析だ。これは論文が書けるんじゃないの?
デカちゃんは続ける。
「でもね、ガミやん。問題はこのド平日で、月に数日観測されるTKDが2.0を超える日よ。私の予想では、これは前日の就寝前か起床直後に何らかの行為があったとみるのが妥当だと思うわ。平日、ということを考えるとこれは単独の行為である可能性が高いわね」
・・・平日の就寝前か、起床後にひとりで?・・・それ、エロすぎるよ!!雪ちゃん!!
私は自分の頬が赤みを帯び、心臓の鼓動が早まるのを感じる。うう、早く家に帰って、その平日のTKDが高い日の雪ちゃん映像を確認したい!!!早速プロットを2枚印刷し、問題の平日の日付に印をつける。
画面を見ながらしばらく無言で考えていたデカちゃんが、意外なことを提案してくる。
「ねえガミやん、一緒にブログかホームページを立ち上げない?今度の週末、ガミやんの家に行ってもいい?」
へ?週末?いいけど・・・ブログ?
この時の私は、週末以降、これまでの人生で経験したことのない日々を送ることになるとは想像もしていなかったのだ。
*****
私たち二人は、この大発見を多くの雪ちゃんファンに知ってもらうため、ホームページを立ち上げることを決めた。
金曜日の業務後。私たちはスーパー銭湯に寄って作戦会議を兼ねた夕食も取り、コンビニで食料を買い込んだうえで、私の1DKマンションに着いたところだ。デカちゃんは愛用の自前ノートPCも持ち込んでいる。
二人で作業の態勢を整え、お菓子、ジュース類の準備も万端だ。やる気満々にデカちゃんが作業の開始を告げる。
「じゃあ、私はフリーの画像処理ソフトを駆使して、TKDを分析するシステムを構築するね?会社のシステムで一度やってるから、多分、数時間でできると思う。さすがに会社システムの結果を載せられないもんね」
「了解!じゃあ私はホームページの作成に入るね。作戦通り、このページは雪ちゃんが国の政策に貢献できることを応援するページということにして、毎日、TKDを更新しつつ、グラフで分かりやすくそれを示す事よね?任せて!2時間もあればできるよ?」
二人はさっそく作業に没頭する。いずれ劣らぬITオタクだ。雪ちゃんの為に、彼を愛するファンの為に、本気を出した私たちの能力はすごいのだ!
*****
ホームページの大枠ができ始めたところで、私は重要な未決定事項についてデカちゃんに尋ねる。
「ねえ、デカちゃん。ホームページの名前どうする?検索にかかりやすく、内容が分かりりやすい名前がいいよね?」
デカちゃんはしばらく考えた後、彼女のセンスを効かせた名前を提案してくれる。
「<雪ちゃん、頑張る!頑張る!>ってのはどう?」
「<頑張る!頑張る!>・・・うーん。2回続けることで、私たち雪ちゃんマニアには、的確に意味が通るね。でも、ちょっと生々しすぎない?」
「大丈夫よ。頑張るって言葉は悪い言葉じゃないし。それに、そのぐらいキャッチーな名前じゃないと検索に引っかからないでしょ?」
そうだね。私はすぐにホームページ構築作業に戻る。
それ以降、二人は無言で作業を続ける。部屋は二人のマウスクリック音とキーボードタッチ音だけがする。今この瞬間、この街がゴジラに襲われても気づかずに作業を続けてしまうほど、私たち二人は集中力を発揮している。これは重要な発見を世の中の雪ちゃんファンに知ってもらうための大切な作業なのだ。
使命感を持った私たちは、疲れを感じることもなく夜中まで作業を続け、その日のうちに一気にホームページを立ち上げることに成功した。
立ち上がったホームページを互いのスマホで確認し、記念すべきPVカウンターの1、2を記録した私たちは、そのまま泥のように眠りについた。
*****
翌土曜日、午前10時。
目を覚ました私は、寝ぼけた頭で立ち上げたページのPVカウンターを確認し、一気に目が覚める。
!!何これ?・・・いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、・・・8万?・・・どういうこと?その数字に怖くなった私は横で眠っているデカちゃんを起こす。
「ねえ!ちょっと!デカちゃん、大変!!起きて!!」
デカちゃんは寝ぼけ眼をこすりながら体を起こし、私が示す画面を確認すると、途端に驚愕の表情に変わる。あまりの数字に愕然としている様子だ。
「え?・・・これ・・・一晩で8万?・・・すごい・・・」
「デカちゃん!私ちょっと怖くなってきたよ。大丈夫かな?」
デカちゃんは最初こそ驚いた様子だけど、そのうち冷静になり、焦る私をなだめてくれる。
「大丈夫だよ、ガミやん。ほら、掲示板も前向きなコメントだらけでしょ?みんな、今まではうわさで流されていたけど、こうやってシステマティックで定量的分析に基づく確固たる情報に飢えてたんだよ。ほら」
確かにコメント欄は前向きなコメントばかりだ。ホームページには詳しい分析ソフトの設定や、画像取り込み方法も載せており、再現性も確保されているから、画期的な情報提供だと絶賛するコメントが多い。続いて、管理者への連絡を確認すると、私たちを元気づけるメッセージのほかに変わったメールが入っていることに気づく。これ、・・・月極広告の掲載依頼だ!
「デカちゃん!大変!月極広告の掲載依頼が来てるよ!」
デカちゃんはこの手の情報に詳しくないようで、私の情報に全く驚かない。
「ガミやん、月極広告って何?」
私は焦る心を落ち着けてデカちゃんに分かる説明を始める。
「ホームページやブログの広告っておおむね2種類あって、一つが”アフィリエイト”っていう方法よ。最もよくあるタイプで、成功報酬に近いんだけど、そのページに飛んだり、実際に商品を購入した場合に、1件当たり100円とかを広告主から報酬として受け取るパターンだよ。なかなか売上げを上げるのが難しくて、ほとんどの個人のアフィリエイトでの収入は月に1000円にも満たないのが大半よ」
「ふんふん、よくあるやつよね?」
「そうそう。でね、月極広告ってのは、かなりアクセス数が多いブログやホームページに対して、広告主が広告を載せることを依頼するわけだけど、月ごとに1PV当たりの料金を決めて、そのページにアクセスした量で報酬を決めるタイプよ。1PVあたり0.1~0.5円とか、そのぐらい」
「へー。じゃあ、例えば1PVあたり0.1円だとして、1日10万PVだと仮定すると、10万×30日×0.1円が月の報酬になるわけか・・・・え?・・・30万円?・・・」
私たちはその額に驚愕する。多分、この手の広告主は、まだ広告がついてないホームページでアクセス数の伸びが多いページを自動で検出して、広告依頼を出していると思われる。そこに私たちのページが引っ掛かったのだ。私たちはそのあまりの額に茫然とする。
このホームページの特徴は、毎日の雪ちゃんの顔色を診断しホームページを更新するところだ。一定の数の雪ちゃんファンがほぼ毎日、アクセスすることが期待できる。昨日の夜は金曜日だったから、もしかしたら8万というのは多めの数かもしれない。いずれにせよ月に相当数のPVが期待できるのだ。税金とかいろいろ心配な面もあるが、私たちは貴重な情報を雪ちゃんファンに提供するための正当な報酬であると判断して、月極広告をホームページに載せることを決意した。
それから数日、ホームページを若干手直しするなどの調整を行い、無事、月極広告も掲載された。
私たちは自分たちの手取りを超える広告収入が期待できる状況に、期待と恐怖心に胸を膨らませて、最初の数週間を過ごしたのだ。
*****
<雪ちゃん、頑張る!頑張る!>ページ立ち上げから2週間。
篠塚家にほど近い喫茶店に二人の女性がいる。
落ち着いた雰囲気のスキのない美貌の女性は、もう一人の存在感の薄い不思議な雰囲気の女性から報告を受けていた。
「このページの問題点は、その分析が高度な画像診断技術に基づいた結果であり、信ぴょう性が高いと閲覧者に思わせるところ。そもそも、TKDと採精の間に、何の医学的関連性も認められていないのに、誰もその点を疑いもせず、彼の採精活動と決めつけ、自分たちの欲望の対象にしている。ホームページには大手製薬メーカーの精力剤の広告までついている。道徳的に許されない行為。このページを見た何十万という女が彼を犯しているようなもの。彼が放送で見せる優しい笑顔と健康を侮辱する最悪の行為よ」
冷静さを装ってはいるが、その女性は怒り心頭のようだ。よほどこの手の行為が許せないらしい。落ち着いた雰囲気の女性は、<監視カメラまでつけて悪用していたお前が言うか?>と思いつつ、ため息をついて彼女に尋ねる。
「それで、貴女はどうしたいと?」
「ホームページ作成者に鉄槌を下した後、ページを閉鎖させる。すでに作成者2名を特定している。お姉さんの得意な法的な対処では時間がかかる。それまでずっと彼が犯され続けるのは許せない。私なら、すぐに結果を出せる」
彼女はすぐに行動に移りたいようだ。止めるのは難しいだろう。落ち着いた雰囲気の女性は、大切な彼に問題が降りかからないことを条件に、彼女にGOサインを出す。
「仮に問題が起きてあなたの行動が明るみに出ても、それはあなたの責任。私たち家族に、絶対に害が及ばないようにすること。それが条件。あと、その者たちを決して傷つけないこと。傷害事件は認めない」
「分かった。安心してお姉さん。私はプロ。性欲に目がくらんだ女どもから、雪緒を必ず守る」
その女は異様なほどの闘志を燃やして、静かに店を後にした。
彼女を見送った落ち着いた雰囲気の女性は、ちょうど彼の採精タイミングを出来るだけ正確に把握したいと思っていたことを思い出す。そのページの技術を利用すれば、自分と母の懸案事項に役立つかもしれない。あとで少しだけそのページを確認しよう、などと思いながら清算し店を後にした。
続きますね。




