どっちなの?
7時49分、僕は今、カメラの前で本日最後の天気予報を終えようとしている。
「・・・ということで、本日は曇り模様の天気となり、暑さはひと段落しそうです。夕方には小雨がぱらつくところもあるかもしれませんので、折り畳み傘をお持ちいただくのが良いかもしれません」
いよいよその時が近づく。先週まではスタジオ真ん中の席で天気予報を聞いていた北別府さんと衣笠さんが僕のところに歩いてくる。さあ、何を聞かれる?今日の日本周辺の気圧配置については、番組前に立浪さんと予習した。僕だって気象予報士だ。何とかなる。
「視聴者の皆さん、今週からこの時間は雪緒君に天気予報に関していろいろ教えてもらうことにしました。皆さんにご好評いただいている雪緒君の素の表情が見えると思いますので、ご注目ください!さて雪緒くん、君の会社って予報士の派遣以外にも様々な分野の企業にお天気情報を提供されているんですね。最も大きな売り上げは、先物取引の商品を扱う商社との事業だと伺いましたが?」
え?意外な質問だ。今日のお天気の話じゃないのか?でも、この手の話なら入社したときに木俣さんからいろいろ教わったから大丈夫だ。
「そうです。僕の会社で予報士の派遣を扱う事業部の売り上げの割合はそれほど多くありません。ただ、一般の方々の生活に直結する重要な事業であることに変わりないですよ」
「確かに。雪緒君なんて会社の広告塔そのものですよね。それで、その一番儲かっている事業では世界規模の気候変動を予測することで随分と大きな利益を上げているとか」
「はい。この国の航空宇宙局は、静止衛星として上空にとどまる気象衛星以外に多くの観測衛星を打ち上げており、それらは世界中を観測しています。僕の会社は航空宇宙局と契約し、これらの観測情報を利用することで世界的な気候状況を予測しています。おっしゃるように大きな利益を上げていますが、予想が外れるときには利益は少なくなるので、とても困難な事業だと聞いています」
アドリブでのやり取りは3分って言ったけど、ずいぶん、時間たってない?いつまでやるんだ?これ。
「らしいですね。なんでも、外れた時にはペナルティがある契約とか。ところで、雪緒君、今日の天気ですけど、例えば都心にお勤めの視聴者の方は、結局傘はいるんですか?」
「都心では、夕方から降水確率50%なので、少しぱらつく程度には降るかもしれませんね」
「いやいやいや、君の会社の別の事業ではちゃんとペナルティをかけて予報してるんですから、雪緒君もそれなりの覚悟でぜひ言い切ってください。今日、都心で、傘は必要ですか?」
なんだ?ずいぶん突っかかって来るな。だから降水確率50%って言ってるでしょう?それに、もうすぐ番組が終わっちゃいますよ。出演者の方がみんな集まってきたし、ADの人も時間が無くなってきてるって、ほら。
「えっと、その・・・折り畳み傘を」
「ダメよ、雪緒君。そんなの予報とは言えないでしょう?統計的に降水確率50%だとして、結局、傘はいるのかどうか。それをプロの予報士として教えてくれないと。大丈夫、別に大したことにはならないから、雪緒君のプロの予報士としての意見を聞かせて?」
スタジオの端では立浪さんと木俣さんが必死に顔を横に振っている。応えちゃダメなんだ。でも、もう時間が来ちゃう。こんな中途半端な状態では番組が綺麗に終わらないよ。どうしたらいいんだよ!これじゃあ、放送が台無しだよ!
泣きそうになっていたら、衣笠さんが助け舟を出そうとしてくれる。
「北別府さん、折り畳み傘でいいじゃないですか。かさばる物じゃないし」
「衣ちゃんは黙ってて!今、雪緒君はプロの予報士として成長しているところなのよ!さあ、視聴者の皆さん!雪ちゃんの今日の予報!ばっちり聞きましょう!傘はいりますか?いりませんか?雪ちゃん!答えて!」
駄目だ。折り畳み傘で許してくれるつもりはないらしい。時間は刻々と過ぎ番組終了へのカウントダウンが始まっている。まずい、何とかまとめないと!
「えっと・・・きょ、今日は降っても小雨がぱらつく程度なので・・・無くても」
「はい!皆さん!今日は傘はいりません!雪緒君、渾身の予報でした。雪緒君、ありがとう!よく頑張ったね!さて、都心にお勤めの皆さん、今日は何も持たずにお出かけください。結果は夕方でますので、明日の放送をお楽しみに!」
何とか、作り笑顔で手を振る・・・終わってしまった。
結局、5分以上もアドリブをやっていたのか?それにしても、これはいったい何なんだ?どうして北別府さんはこんなに突っ込んできたんだ?結果が出るから明日を楽しみにって、いったい何があるんだ?
疲れて顔を上げると、制作の達川プロデューサーはにんまりしており、うちの会社の立浪さんと木俣さんは怒りで体が震えているようだ。これは、今日のデイリーミーティングは荒れるぞ。
はあ・・・アドリブって・・・怖い。




