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第三話 傭兵試験

ガレスの声が響く。


受付にいた職員だけでなく、酒を飲んでいた傭兵たちまで一斉にこちらを見た。


奥の部屋から、大柄な男が姿を現す。


四十代半ばほど。


右頬には大きな傷跡。


鋭い目つきだが、どこか落ち着いた雰囲気がある。


「騒がしいと思ったらガレスか。」


「久しぶりだな、ギルド長。」


「その少年は?」


ガレスは笑う。


「俺の命の恩人だ。」


ギルド長の眉が少し動く。


「ほう?」


「盗賊三人を一人で追い払った。」


周囲がざわつく。


「嘘だろ。」


「子供だぞ?」


「そんな馬鹿な。」


ギルド長はリオンをじっと見つめた。


「名前は?」


「リオンです。」


「傭兵登録希望か?」


「はい。」


ギルド長は腕を組む。


「悪いが、口だけでは登録できない。」


「実力を見る。」


リオンは頷いた。


「わかりました。」


ギルド長は受付へ声をかける。


「試験依頼を一枚。」


受付嬢は少し迷った表情を浮かべる。


「あの……今ある試験依頼は……。」


ギルド長は依頼書を見る。


「これしか残ってないか。」


ガレスが横から覗き込む。


「おいおい……新人にそれか?」


受付嬢も困った顔になる。


「本来は二、三人で受ける内容です。」


周囲の傭兵たちが笑う。


「終わったな。」


「門前払い決定。」


「怪我しなきゃいいけどな。」


リオンは依頼書を見る。


【試験依頼】


王都近郊の街道に現れた大型の灰色狼グレイウルフ三頭の討伐。


危険度は低くない。


普通の新人なら先輩と組んで挑む依頼だった。


ガレスが申し訳なさそうに言う。


「今日は運が悪かったな。」


「別の日ならもっと簡単な試験だった。」


リオンは依頼書を見つめる。


「これを倒せばいいんですね?」


ギルド長は静かに頷く。


「一頭でも倒せば合格だ。」


「三頭相手に無茶をする必要はない。」


「危険だと思ったら逃げろ。」


「特別にクレイモアとフルプレートは貸してやる。」


借りた剣を俺は握る。


「行ってきます。」


ギルドを出る背中を見送りながら、一人の傭兵が笑った。


「十分で泣いて帰ってくるぞ。」


別の男も肩をすくめる。


「新人なんてそんなもんだ。」


ガレスだけは笑わなかった。


「……あいつなら大丈夫だ。」


王都を出て三十分ほど。


街道を外れた森の中。


リオンはゆっくりと周囲を見渡した。


(この辺りか……。)


風で木々が揺れる。


鳥の鳴き声が止んだ。


静かすぎる。


その瞬間だった。


ガサッ!


茂みから灰色の影が飛び出す。


体長は二メートル近い。


鋭い牙。


黄色い瞳。


グレイウルフだ。


一頭。


そして、その奥からさらに二頭。


「三頭か……。」


リオンは剣を静かに抜いた。


(三方向から来る気だ。)


グレイウルフは低く唸りながら距離を詰めてくる。


普通の狼とは違う。


明らかに連携を取っていた。


(賢いな。)


一頭が真正面。


左右の二頭がゆっくり回り込む。


(挟み撃ち……。)


その瞬間。


正面の一頭が飛び掛かった。


速い。


だが、


リオンの体は自然に動いていた。


半歩だけ体をずらす。


牙が頬をかすめる。


同時に剣を振る。


ザシュッ!


浅い。


首までは届かなかった。


「思ったより硬い!」


グレイウルフは悲鳴を上げながら後ろへ飛び退く。


その隙に右からもう一頭。


リオンは反射的に体をひねった。


(この感覚……。)


前世。


父親に無理やり通わされた極真空手。


毎日のように言われた。


『足を止めるな。』


『腰を使え。』


『相手をよく見ろ。』


嫌だった。


友達と遊びたかった。


何度も辞めたいと言った。


それでも父は首を縦に振らなかった。


(あの頃は本当に嫌だったな……。)


そんな事を考えているのも束の間。


鋭い爪が迫る。


リオンは腰を落とし、その攻撃を紙一重でかわした。


自然と体が動く。


(でも……。)


剣を握り直す。


(どうせなら空手じゃなくて剣道を習わせてくれればよかったのに。)


思わず苦笑する。


その一瞬の油断。


左から三頭目が飛び掛かった。


「しまっ」


避けきれない。


とっさに左腕で衝撃を受け流す。


ドンッ!!


体が数メートル吹き飛ぶ。


地面を転がりながらすぐ立ち上がる。


腕が少し痺れた。


「いてて……。」


プレートが少し傷ついた。


だが怪我はほとんどない。


(思ったより力があるな。)


三頭は距離を取り、再び円を描くように囲んできた。


(一頭ずつじゃ勝てないって分かってる。)


(なら俺も付き合う必要はない。)


リオンは深く息を吸った。


視線を一頭へ集中させる。


一番最初に飛び込んできた個体。


(まずは一頭。)


次の瞬間。


強く踏み込んだ。


今度は自分から。


一気に間合いを詰める。


グレイウルフも迎え撃つ。


牙を開く。


その瞬間。


リオンは体を沈めた。


空手で何千回も繰り返した踏み込み。


腰の回転。


全身の力を剣へ乗せる。


「はぁっ!」


ズバァン!!


今度は深い。


剣が首を断ち切る。


一頭目がその場へ崩れ落ちた。


残る二頭。


怒ったように同時に飛び掛かる。


(今だ。)


リオンは木へ向かって走る。


二頭も追う。


木の直前。


リオンは幹を蹴った。


体が横へ跳ぶ。


勢いのまま飛び込んだ二頭は互いにぶつかり、一瞬だけ動きを止めた。


「もらった!」


一閃。


一頭。


返す刃。


もう一頭。


鮮血が舞う。


二頭は力なく倒れた。


森に静寂が戻る。


俺はゆっくり剣を振って血を払う。


「……終わったか。」


少し息は上がっている。


汗も流れていた。


決して楽な相手ではなかった。


それでも、不思議と負ける気はしなかった。


何故なら家族の顔が常に頭にあったからだ。


倒れたグレイウルフを見つめながら、小さく呟く。


「俺のこの体……やっぱり普通じゃないな。」


甲冑を軽々と着られた時から感じていた違和感。


剣を振るたび、その確信は強くなっていく。


リオンは三頭の討伐証明となる頭部を切り分けて、縄で結んだ。


「ガレスさん達、驚くだろうな。」


そう呟くと、王都へ向かってゆっくり歩き始めた。


リオンがギルドを出てから約一時間後。


ギルドの扉が開く。


全員が振り向く。


そこにはリオンが立っていた。


プレートが少し傷ついて汚れているだけ。


肩には巨大な灰色狼の頭部を三つ縄でまとめて担いでいた。


ギルド内が静まり返る。


「……は?」


誰かが声を漏らす。


リオンは受付の前へ歩く。


「討伐してきました。」


ドサッ。


三つの頭部が床へ転がる。


受付嬢は目を見開く。


「さ……三頭全部……?」


ギルド長も無言で近づく。


「……見事だ。」


周囲の傭兵たちもざわつき始める。


「嘘だろ……。」


「一人で?」


「新人だよな?」


「俺でも三頭同時は面倒だぞ。」


ガレスは思わず笑った。


「だから言っただろ。」


「面白い新人だって。」


ギルド長は大きく頷く。


「リオン。」


「試験合格だ。」


「本日より、お前をFランク傭兵として正式に登録する。」


「三匹同時討伐の報酬としてそのクレイモアとフルプレートはくれてやる。」


受付嬢がプレートで出来た銀色の小さな銀のネックレスを差し出す。


「おめでとうございます。」


リオンはそれを受け取った。


その瞬間。


「新人。」


後ろから低い声が聞こえた。


振り返ると、大剣を背負った屈強な男が腕を組んで立っていた。


「少し腕が立つくらいで調子に乗るな。」


「本当の傭兵の世界は、ここからだ。」


ギルド内の空気が少し張り詰める。


リオンは静かに頷いた。


「はい。」


だが、その男はまだ知らない。


目の前にいる少年が、一振りで全てを薙ぎ払う伝説の歴代最強一騎当千を超えた剣聖リオンと呼ばれる傭兵になることを。

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