25.戻った影
「お兄さんこれ買いなよ。そっちのお嬢さんによく似合う」
露天で小物を売っている店主が、セストに白い花を象った腕飾りを売り込んできた。どこの露天でもよく見かける量産品だ。
「え? 私?」
特に珍しくもない腕飾りを持った店主は、ふたりの視線が自分に集中しているのは腕飾りに興味を持ったからだと勘違いし、更に蕩々と語り始めた。
「これは、女神の白百合を象って作られた、願いが叶うといわれている腕飾りだよ。王都ならどこでも売ってる品だが、うちのは他の店の物とはひと味違う。特別に清めていただいているんだ。きっとお嬢さんの切なる願いも叶うよ。どうだい?」
存在の輪郭すらぼやけ、気づいてもらえないはずのラウラがどうして見えるのか。ラウラとセストは顔を見合わせると、セストは店主の言い値で腕飾りを購入した。
他の店とは違うというのは明らかに眉唾だろうが、店主にラウラが見えていたということが無視できなかった。
「どうだ? 似合うか?」
驚きで立ちすくむラウラをよそに、セストは店主から受け取った腕飾りをラウラの腕に通すと、わざと店主に話しかけその反応を窺う。
「よく似合ってる。お兄さん、お買い上げありがとうね」
店主は陽気にそう答えると、立ち去るふたりに大きく手を振った。
露天から離れたところを見計らって、眉根を寄せたラウラは、セストに説明を求めるかのように声をかけた。
「どういうこと? 私のことちゃんと見えてたよね? どうして見えていたの?」
「分からないが、店主には間違いなくラウラが見えていたな」
思案するように石が敷き詰められた舗装に視線を落としていたセストは、はっとラウラの足下を見て地面を指さした。
「ラウラに影ある!」
すぐに下を向いて自分の足下を確認すると、そこにあったのはとっくに失ったと思っていたラウラの影だった。
「なんで!?」
「あの占術師のばあさんに会わないと」
今のラウラの状態を説明できるのは、あの老婆しかいない。
ふたりはすぐに老婆と出会った路地裏に足を運んだが、どこにもその姿はなかった。
路地近くにある店にも占術師の老婆のことを聞いてみるが、知らないと首を横に振るばかりだった。
セストは肩を落とすラウラを胸元へと寄せると、ラウラの鼓動とセストの鼓動が重なり合って聞こえてきた。
「ラウラが消えないで済むかもしれない」
何もできず、ただ焦燥に駆られるばかりだったが、ようやくわずかな光明が見えてきた。
「セスト、これありがとう」
贈ってもらった白百合の腕飾りを撫でながら、ラウラはセストに礼を言う。
もしかしたら、これがセストからの最後の贈り物になるのかもしれないと、そんな考えが脳裏を過っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
ラウラは腕飾りをぎゅっと握りしめると、もう一度セストに礼を言った。
「おや、お兄さん。今日は可愛い子を連れてるね」
店の扉を開けると、すっかり常連となった食堂の店員がそう声をかけてきた。
またも顔を見合わせたふたりだったが、訳の分からないラウラは不安そうにセストを見上げている。
「とにかく座ろう」
ラウラの背中に手を回して、セストは店内に足を踏み入れた。
「二名様、ご来店です」
店員の元気のいい声が辺りに響き渡る。
客でごった返す店内で二人掛けのテーブルに案内された。どうやら気を遣って酔っ払いたちからは離れた席にしてくれたようだ。
頼んだ料理が運ばれて来た後、最後に今後もご贔屓にと店員がラウラに一品を提供してくれた。
何度もセストとやって来て、いつもどおりに注文をして、いつもどおりにセストがラウラに取り分けてくれる。数日前と何も変わらない光景だが、今日は話の輪にラウラも入っている。
ラウラの眦に浮かんだ涙をセストが拭った。
「……美味しいね」
泣いていることを気づかれていないはずもないのに、強がりをみせるラウラは目にいっぱいの涙を浮かべてそう小さく呟いた。
「それはちゃんと食べてから言えよ」
提供されたままのパイ包みを持ったまま、声を殺して嗚咽を我慢するラウラの顔をセストの袖が何度も行き来する。
堪えきれずにセストの胸に顔を伏せたラウラを、離れた席から酔っ払いが囃し立てていた。
それからいつもの宿屋に戻ったところ、ラウラたちは二人部屋へと案内された。
宿屋の灯りに照らされたラウラの影は、もはやセストの影と同じくらいはっきりと輪郭をなすようになっていた。
◇
「セスト、隣の彼女は誰だよ?」
数日後に騎士団の詰め所へ集まるようにと連絡があった日の午後、王都を歩いているとレナートが声をかけてきた。
リタはいないだろうかと一瞬警戒したラウラだったが、どうやら一人らしい。
「手なんか繋いで、まさか恋人か?」
レナートが大袈裟に驚いたふりをしながら、セストに詰め寄っている。
「そうだよ」
「本当か! 妹とかじゃなく?」
「幼馴染で、今は恋人だ。もうすぐ結婚もする」
合点がいったというようにレナートは何度も頷くと、セストの隣に立つラウラに手を差し出した。
「じゃあ、この子がセストの愛しのラウラちゃんか!」
「は、はじめまして。ラウラです」
以前会った時はラウラのことが分からなかったレナートだ。
どうせ見えていないのだからと油断をして、レナートに不躾な視線を送っていたことに焦りながら礼をする。
「俺はレナート。セストと一緒に辺境に行ってたんだ」
頭を下げたレナートは、寄り添うように並んでいるセストたちを見て、先日リタが振られたと泣いていたことを思い出していた。
レナートの家族の前では気丈に振る舞っていたリタだったが、ふたりだけになった途端に涙を流し始めた。
どうしてもセストに受け入れてもらえなかった。セストとの出会いは運命だと思っていたのにと何度も口にしていた。
「……こればっかりは仕方ないよな」
どれだけ相手を好きになろうと、必ずしも想いが届くとは限らない。
それでなくとも、セストは幼馴染への恋心を臆面もなく語り続け、リタとは適度な距離を保っていた。
「なにか?」
首を傾げるラウラに、レナートは小さく何度か首を振って見せた。
「いや、こちらの話。ラウラちゃんはセストと付き合いが長いんだよね。セストって昔はどんな奴だった?」
「昔は私の方が背が高かったんです」
小柄なラウラと今のセストは頭一個分の身長差がある。
セストがラウラの背を追い抜いた頃から、何度か恨み言を聞いたことはあったが、未だに気にしていたとは驚きだ。
「……結構根に持ってたんだな」
呆れたように言うセストに詰め寄るラウラ。じゃれ合うふたりは、どう見ても非常に仲の良い恋人同士だ。
レナートは今日も自宅で泣いている友人を思いながら、複雑な気持ちを抱いていた。




