24.縁を分かつ(2)
「リタは王都のどこに泊まってるんだ?」
リタの話を聞き終えたセストが、世間話の流れでリタに尋ねた。
「会頭の息子さんたちに、なんで私のためにレナートが尽力しているのかって訝しがられたのよ。そしたら、レナートが辺境で私に命を救われたからだって話を咄嗟にでっち上げちゃって」
「怖い物知らずだな」
「お陰ですぐに納得してもらえたんだけど、その話を聞いたレナートのご家族に感謝されて、今はレナートの実家に泊まらせてもらってるの」
商会を営んでいるレナートの実家は大きな屋敷を構えている。息子の命の恩人を一時的に住まわせることなど何でもないのだろう。
辺境の混乱の中では、魔獣を相手に助け合いは普通のことだった。誰かに助けられ、誰かを助けることは日常茶飯事だったため、その嘘は暴かれることはないはずだ。
「やっぱりレナートに頼ってよかったな。レナートじゃないと無理だった」
「本当にレナートにはお世話になったわね。でも、セストもありがとう。私だけだったらとっくに諦めてしまっていたと思う。セストにやるだけやって諦めろって言われて勇気が持てたの」
「そうか。少しでも役に立てたなら良かった」
リタは大きく深呼吸すると少し緊張した面持ちで、セストの顔をまっすぐに見つめていた。
「……願掛けしてるって話したよね。あの話をしてもいい?」
ラウラはリタが続けようとしている言葉をすぐさま察し取り、不安そうに瞳を揺らすと思わずセストと繋ぐ手に力を入れた。
「私、セストが好きなの。辺境で何度も逃げだしたくなったときに、心の拠り所はあなただった。セストの何気ない言葉や行動に、本当に救われていたの」
「特別なことをしたつもりはないし、それだったら、レナートも同じだろう?」
「セストは特に意識にしてたわけじゃないと思うけど、十分に私の支えだった。多分、初めて王都で会ったときから、不思議と惹かれていたんだと思う」
リタの言葉を聞いたラウラは、ついに覚悟していた瞬間がやってきたと足下が崩れ落ちるような感覚に陥っていた。
セストは否定していたが、リタはセストに運命のようなものを感じていた。リタの運命の相手はセストなのだから、切っ掛けはなんであっても惹かれてしまうのだろう。
「セス……」
「ありがとう。でも、俺にはラウラがいるから、リタの気持ちには応えられない。ごめん」
セストの名を呼びかけたラウラの声に重なって、セストはリタの想いへは応えられないことをはっきりと告げた。
整った白い顔をくしゃりと歪め、リタは震える唇から言葉を紡ぐ。その組まれた手は小刻みに震えている。
「私じゃラウラさんの代わりにはなれない?」
必死に取りすがるリタだったが、セストは困ったように首を振った。
「俺にとってラウラは特別すぎて、代わりなんかはあり得ないんだ。ラウラと一緒にいるのが当然すぎて、離れていた二年間は自分が自分じゃないような錯覚すら覚えていたよ」
「そんなに愛されていて、ラウラさんはいいわね」
「俺じゃまだまだ足りなくて、ラウラの方がもっと俺を大切にしてくれてる」
しばらく沈黙が続いた後、話を聞いてくれてありがとうと無理をした笑顔を浮かべ、リタはレナートの屋敷へと帰っていった。
セストとふたりでその後ろ姿を見送りながら、ラウラは後ろめたい気持ちを抱いていた。
「……良かったの?」
「まだ、それ言うのか? リタはそんなんじゃないって何度も言ってるだろう」
それでも不安そうな顔をするラウラに、セストは大きなため息をつく。
両手でラウラの頬を挟み込むように触れると、不安そうに伏せかけた顔を自分の方へと向けさせた。
「あの場にいたくなかったかもしれないけど、ラウラと一緒のときで良かったよ」
「どうして? 私は見たくなかったよ」
「あそこにいなかったら、きっともっと気に病んだだろう?」
ラウラはセストとリタが話をしている場に立ち会って、セストがはっきりとリタの告白を断ってくれたのを聞いていた。
後から聞いただけでは、やはりずっと気にし続けただろうとそんな自分が容易に想像できた。
「それはそうかもしれないけど」
「見たくないものを見せて悪かったな」
恋人がいる相手に、それでもと食い下がって告白を続けたリタに思うところはあるが、拠り所となっていたセストのそばにどうしてもいたいと思う気持ちには共感できる。
リタがラウラからセストを奪いたかったように、ラウラもセストを誰かに渡したくはないのだ。
たとえ、それが運命の相手であっても。ラウラが消えてしまった後にセストに寄り添う相手なのかもしれなくても。
「ありがとう」
「それは何の礼だよ」
セストの広い胸に抱き留められながらラウラが涙を流している。
「本当によく泣くようになったな」
「セストが私を泣かすのよ」
それを聞いたセストは吹き出すように笑い出した。
大木にとまった蝉のように、セストの背に腕を回し決して離れようとしないラウラ。その耳元に口を寄せると、セストは一息整えてラウラにだけ聞こえる声で囁いた。
「ラウラ、結婚しよう」
零れ落ちそうなほど大きく目を見開いたラウラは、泣いているのか笑っているのか分からないような顔をしてセストを見つめている。
「やっぱり、セストが私を泣かすのよ」
セストが大きな口を開けて笑っている。
何度も何度もセストに向かって頷きながら、ラウラは何かの重みが静かに増していくのを感じていた。




