23.縁を分かつ(1)
ふと目が覚めたラウラは窓の外がまだ暗いのを見て、もう少しゆっくりできると頬を緩めた。
セストと再会して、宿屋で魔術士副団長を待ち始めて数日が経った。ふたりで自由気ままに過ごしている今を、随分と贅沢な時間に感じている。
小さなうめき声が聞こえ、声の方に首を巡らせると、眉間に深いしわを寄せたまま眠るセストがいた。
一緒に眠るようになって知ったのだが、セストはたまにうなされていることがある。
起こさないようにセストの頭をなででいたラウラの脳裏に、レナートとの会話が浮かんだ。
セストは何も語らないが、きっと辺境で恐ろしい経験を重ねたのだろう。
「大丈夫よ」
どうにかセストの支えとなりたいが、そろそろラウラの残りの時間は少なくなってきたようだ。最近のラウラはふいに気が遠くなるようなことが増えてきた。また、全身が気だるく思うように動けないことがある。
セストが心配するので知られないようにと誤魔化しているが、そろそろ限界だろう。
セストは魔法士副団長に相談をすると言っていたが、どうやら間に合わなかったようだ。
「もう少しだけ一緒にいさせてね」
セストが一度寝ると起きないことを知っているラウラが、セストの胸にそっと近づき額を寄せると、眠ったままのセストの腕がラウラが抱き寄せた。
温かなセストの腕に抱かれていると、張り詰めていた気持ちが解けていくのが分かった。自然と浮かんでくる涙をそのままに、あと少し同じ時間を過ごせることに幸せを感じながら、ラウラは再び眠りに就いた。
◇
「前行った食堂に行こうよ。あのお店はセストも美味しいって言ってたよね?」
ふたりが目が覚めた後、ラウラが嬉しそうにそう声をかけた。
安くて上手いと評判の店だが、ふたりで何度も食事をすれば積もり積もってそれなりの金額になる。
「そんなにいつも贅沢ばかりはできないぞ」
豪遊しているつもりはないが、長期間の王都滞在はそれなりに費用がかかっている。後から滞在費はもらえるようだが、手持ちの資金は日々目減りしている。
「今までに貯めてたお金を全部持ってきたから、心配しなくても大丈夫よ」
子供の頃からこつこつと小遣いを貯め、大人になってからは家業の手伝いをしたささやかな給金も貯めていた。ラウラたちの育った田舎町ではあまり金を遣う場所がないため、減るよりも増える方が多かった。
「有り金を遣い切ろうとするな。今後のために取っておけばいいだろう」
「……いいの。セストといろんなところに行きたいの」
屈託ない笑顔で甘えてくるラウラを愛おしいと思う反面、ラウラが迷いもなく甘えてくる理由が想像できて手放しで喜べないでいる。
朝起きたラウラの目が腫れていることがある。セストが寝ている横で、きっと涙を流していたのだろう。
ラウラは間もなく消えてしまうことを覚悟して、後悔のない時間を過ごそうとしている。
下手な遠慮をやめて全身で愛情を示してくれるのを嬉しく思う反面、別れの時を覚悟しているラウラに、もどかしい気持ちを抱かずにいられなかった。
「お客さん、ちょっといいですか?」
出かけようとしたセストに、顔見知りになった宿屋の店員が声をかけてきた。
「お客さんを尋ねて来てる人がいますが、どうします?」
店員は物言いたげな顔をしてセストの様子を窺っている。
それを聞いたラウラとセストは、互いに顔を見合わせると首を傾げた。
王都に知り合いなどはいないはずだ。しかも、仮の住まいとしている宿屋にわざわざやって来るような相手が想像できない。
「もしかしたら、この前会った人かな? 泊まってる宿を教えたよね」
「ああ。レナートか」
謎が解けたとばかりに宿の受付に向かったふたりが見たのは、レナートではなく、後ろ姿の金髪の女性だった。その姿を見てラウラはぎくりと肩を揺らし、その場に立ち尽くした。
「リタ?」
セストが声をかけると、その女性は振り向きセストに艶やかな笑顔を見せた。
ラウラよりもいくつか年上に見える女性は、誰が見ても美しいと形容するだろう容姿をしていた。店員が興味が抑えきれない表情をしていたのも、尋ねて来ていたのが彼女だったからだ。
ラウラは全身から血の気が引いていくような感覚に陥って、頭の中が真っ白になった。
目の前にいる女性はラウラが未来に視た、セストが抱きしめていた運命の恋人だった。ふらついたラウラの腰を支えたセストは、心配そうにラウラを見つめている。
「セスト!」
満面の笑みを浮かべているリタを見たラウラは、すぐさまセストの手を振りほどきその場から立ち去ろうとした。とてもではないが、並ぶふたりを見て平気でいられる気がしなかった。
すぐに逃げ出さなければ、見苦しい自分を見せてしまう。
ラウラの考えに気づいたセストはすぐさま離れた手を掴み直すと、いやいやというように首を振り続けるラウラを連れてリタの元へと向かった。
「突然で驚いたよ。なんでリタは俺がここにいるって知ってるんだ?」
そこに少しの責めるような声色を感じたのか、気まずそうにリタが目を伏せた。
「レナートにここに泊まってるって聞いたの。家のことが上手くいったから、その報告をしたくて」
リタの尋ねてきた理由がわかり、警戒が解けたセストはその続きをリタに促した。セストはじたばたと足掻くラウラを横目で見ながら、絶対に離すものかと指を絡めた。
「後ろに誰かいるの?」
セストの妙な動きを不思議に思ったのか、リタが訝しげな顔をしている。
「……いや。誰もいないよ」
リタにラウラが見えるはずがないとセストが否定すると、リタはどこか釈然としない顔のまま続きを話し始めた。
「私は何もできなくて、結局はレナートに頼り切りだったんだけど、息子さんたちと共闘できたお陰で結婚と借金の話が流れたの」
リタとレナートは王都に戻ってからすぐに、後妻予定の会頭三男と秘密裏に面会の約束を取り付けた。
元より父親の横暴に絶えかねていた息子たちは、常々反旗を翻す機会を窺っていたのだという。そこへ降って湧いたのがリタの家への法外ともいえる請求と、報償として賠償金の免除を国へ願い出るかもしれないという話だった。
話が国や取引先に漏れては身代が潰れると危機感を募らせた息子たちは、水面下で従業員や融資先、そして父親と関係が希薄な取引先との接点を作り、父親から商会の権限移譲に成功したのだという。
「以前から父親の健全ではない取引の証拠集めはしていたそうなのよ。だから、怖いくらいに話が円滑に進んだの。そのままの勢いで、私の家族とも縁を切って出てきたわ」
「そうか。良かったな」
てっきり色めいた話なのだろうと早合点して逃げ去ろうとしていたラウラだったが、予想外に深刻な話だったことに言葉を失っていた。
そして、セストの言うとおり、リタとの間に艶めいたことはなさそうだと胸をなで下ろしていた。




