リアステア城にて
逢瀬の次の日、フィリーネは領都に戻っていた。
「お久しぶりにございます、お父様。本日はどのような御用向きでのお呼び出しでしょうか?」
フィリーネは挨拶もそこそこに呼び出された理由を聞く。本当はもう少し会話を交わすのだが、今回は急に呼び出されたこととアルベールの表情が堅いことからこのような形にしている。
「久しぶりだな、フィリーネ。そなたのほうは元気であるようで何よりだ」
アルベールはひとつ呼吸をおいた。
婚約の王命が下った時と同じような堅い空気感ではありながら、あまり感じられない警戒心にフィリーネは逆に不審を覚える。
こういうときは逆に面倒な事案を抱えているときである、というのがフィリーネの経験則だ。
「今日は会ってもらいたい人物がいてな」
「へ?」
フィリーネは拍子抜けした。
どんな問題を言い渡されるのか戦々恐々としてリアステア城に戻ってきたというのに、まさか人と会うために呼び戻されたとは夢にも思っていなかったのだ。
「嫌か?」
「まあ、よろしくはありますけども、その会ってほしい人とは誰にございますか?」
会ってみれば分かるだろうと言わんばかりにアルベールは側に控えていたヘンリックにその人物をつれてくるように命じた。
少しすると、ヘンリックは赤い髪の男を連れて戻ってきた。
野心を隠していそうな眼差しに似合ったギラギラと金色に輝く服を着ている。
「こちらはエーレンフェスト侯爵だ」
「カルロス・エーレンフェストにございます。かの高名な勇敢令嬢殿に見ゆることができ嬉しく思います」
うわぁ。この人、苦手なタイプだ。
目に宿る野心から感じる不穏さもそうだけど、一番苦手なのは侯爵の服装。
黒と金、そして銀色が斑に張り巡らされた服は見ただけで相当高いものなんだろうなぁっては思うし、作った職人さんの腕前はとてもすばらしいのだろうけど、なにせ主張が激しくて悪趣味だ。
「ごきげんよう、エーレンフェスト侯爵さま。御存じのようですが、わたくしはフィリーネ・リラ・デイム・ミスランティ、ミスランティ辺境伯の娘にございます」
お父様はどうしてこんな人を招待してしかも親しげなのだろうとフィリーネは思っているが、何はともあれお客であることに間違いはない。
苦手意識を感じさせないような明るい笑顔で応対し、さも好意を持っているのかのように振る舞う。
貴族たるもの時には感情を偽らなければいけない。
「侯爵はミスランティ辺境伯領の視察に来ていてな。産業を学びに来ると共に両領地の発展についての話し合いをしている」
フィリーネはそれならどうして自分がここに来る必要があったのか疑問に思う。
フィリーネはミスランティ辺境伯家の継承者でもなければ、ミスランティ辺境伯領の政治に関わるつもりもない。
テオドラが呼ばれるならともかくフィリーネが呼ばれる理由など内容に思えて仕方がなかった。
「私がフィリーネ殿とお会いしたいと言ったのです。勇敢令嬢と評されるほどのご活躍を前の内戦において果たされたフィリーネ殿を尊敬しておりましてな」
「それはそれは勿体なきお言葉にございます」
趣味の悪い服に対する拒否感はともかく、そう思ってくれることは率直に嬉しいとフィリーネは思う。
その後、フィリーネ達が話に興じていると、扉の近くで侍女の一人から報告を聞いていたヘンリックがアルベールに耳打ちした。
「急用が生じました。招待中に申し訳ございませんが、しばし席を外させていただきます」
アルベールは報告を聞き終えてから話の切れ目を待って立ち上がり、そう言うと足早に部屋を出ていった。
お父様が居なくなってからわたしたちはしばらく談笑していた。
「そういえば最近婚約なされたようですね。おめでとうございます」
「ありがとう存じます」
「とはいえこのミスランティでは総じて好意的には受け止められていないとか」
「そうですね。ですが、この領地の成り立ち上仕方のないことです。侯爵もご存じでしょう?ミスランティ辺境伯領は王国との戦争に負けて編入されたことを」
情報の行き渡る速度は遅いといえど、侯爵ともなれば既に掴んでいてもおかしくはない。
むしろそれがどのように受け止められているのかを調べに来た可能性もある。
そんな風に軽く考えていたのだけど、次の侯爵の言葉にわたしは目を剥いた。
「もちろん知っておりますとも。フィリーネ殿は粛々と従っておられるようですが、他と同じようにどこかで不満を持っておられるのでは?もしよければ我々エーレンフェスト侯爵家が王命の廃止に協力を······」
「おやめください侯爵さま。わたくしは王命がミスランティのみなに害をなすものでない限り、王命に逆らうつもりはありません。王命の廃止などという物騒な話題は慎みいただきますよう、心より申し上げます」
わたしは語気を強めて侯爵を押し止めた。
わたしのことを考えて言ってくれたのだろうけど、とても看過できるものではない。
わたしの望みはミスランティ辺境伯領の繁栄と領民の心の平穏だけ、そのためなら例えセドリック様が冷淡な人であっても、この王命も悪くはない。
それから気まずい沈黙が流れる。
空気が淀んだことを察知したのか、侯爵は話題の転換を試みて言う。
「申し訳ない。ところでフィリーネ殿、貴女はリバーシなどはお好みですかな?」
「はい。下手の横好きではありますけれども、時々わたしの侍女や弟と楽しんでおります」
どうして急にこんな質問を?とは思いつつもなんの気もなく質問に答えた。
「お時間があればどうですかな?」
そう言ってエーレンフェスト侯爵は、いつの間にか取り出していたリバーシの道具を手に持って見せる。
一応質問形式ではあるが、何度も言うように上位者に当たる侯爵の誘いを断ることなどできない。
「喜んで。どうぞお手柔らかにお願い致しますね」
本当にお手柔らかにだよ。
リバーシも服装のセンスも。
心のなかでちょっとだけ悪態をつく。
これくらいは許されるよね?
侯爵は悪い人ではないのかもしれないけど、やはり服装のセンスだけは受け入れられない。
そのあとはリバーシを一通り楽しんでから、お父様が所用を済ませて部屋に戻ってきたのと擦れ違いになるようにわたしは退室する。
「おや、もう退出なさるので?」
「はい。これからお母様や弟との予定が入っておりますし、その後は仕事がありますので」
去り際に目があった。
優しげな眼差しを浮かべているようにも見えるのだが、フィリーネは目が逸れた瞬間に侯爵の目が全く違う色に切り替わったような気がした。
フィリーネは廊下を歩いている間ずっと、侯爵に対するどこか拭いきれない不安を感じていた。




