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閑話 侍女から見る勇敢令嬢

 ごきげんよう、私はリリー・シュリア、勇敢令嬢と名高いミスランティ辺境伯令嬢フィリーネお嬢様の専属侍女を務めています。


 お嬢様は今、呉服屋の店員のリック様とお茶会をなさっております。


「やはりミスランティとは違いますか?」


 お嬢様は質問を間髪入れずに重ねます。 


 依然笑顔を崩していませんが、リック様の目には微かに気後れの念が読み取れます。


「そうですね。ミスランティ辺境伯領ほど寒い土地ではありませんでしたので、防寒具の装備は薄いです。それと冬服を着る時季が二月ほど短いです」

「防寒具が薄い·······」


 なおも質問を続けようとしていましたので、私はコホンと軽く咳払いをして、その上でアイコンタクトでお嬢様を制止します。


 お嬢様は言葉を止めました。

 そしてそのまま考え込むように俯きました。


 お嬢様、意味を読み取ってくださったようで何よりですが、考え込むのではなく、お空の天気のような軽い話題でも構わないので会話を続けてください


 おそらく無意識なのでしょうが、現在のお嬢様は主催者としてお客様をもてなすべき立場にいる以上、静まってしまっては相手が会話をする状況にないとき以外は会話を続けていただかなければいけません。


「私から質問があるのですが、よろしいですか?」

「もちろんです。いくらでも質問してください」


 そうこうしているうちにリック様が助け舟をお出しになりました。お客様に配慮をいただくようではまだまだです。



 こちらも今後の課題ですね



「フィリーネ様のお好きな色は何色でしょうか?」


 私が止めに入ろうとしたときにはもう手遅れでした。


「色ですか······桃色、です」


 既に質問が行われたからには答えざるを得ません。

 お嬢様は、それはそれは物凄く言いにくそうに答えました。


 おそらくリック様も何かを察したのでしょう。

 やってしまった、というような表情をしました。


 リック様はこれまで途切れることなく常に笑顔でしたので、どんなに感情の読み取りに疎い方でも気づくことができます。

 幸いなのはお嬢様が俯いていてリック様の表情を確認する術がなかったことですね。


 お嬢様はきっと他の貴族に色の好みの偏見を持たれていることが気まずさの原因だと捉えているのでしょうが実際は違います。(あれだけ森を駆け回って、勇敢に戦場を駆け回るお嬢様が関係の浅い他人の声程度であそこまで気にするはずがありません)


 相当なショックを受けたようなので記憶を失っているものと思われますが、前の内戦において御活躍なさったときに、お嬢様と同じ年頃で同じく桃色を好まれていた今は亡き他領の令嬢が、反乱罪の連座で処刑されたさまを見たことに由来しています。


 他領の心無い貴族達に桃色の不相応を指摘されたときにあそこまで傷つかれるのはきっと、


 その事を思い出さないか、それだけが心配です。


 心優しいお嬢様は、思い出せばひどく傷ついてしまうでしょう。


 私は口出しすることもできず、リック様の言葉が善いものであることをただ祈るばかりです。


「桃色ですか、可愛らしくていいですね。桃色と言えばやはりサクラやメルンの花、どちらも春の飾りに映える美しい花ですね」


 張り詰めていた肩の力が抜けてゆくのを感じます。


 リック様ほど感情の操作が上手いと思われる方ならば本心ではなく社交辞令でも十分によかったと思うのですが、本当に本心のようです。


 本当によかった。


 心からそう思います。


「湿っぽいお話はここまでにしましょう。お茶会は楽しくあるべきものですからね」


 ここからは私の仕事です。

 私は話の糸を裁ち切り、新しい糸へと繋ぎました。


 それからはリック様が注意を払ってくれていたのか、私に許可を求める視線を送ってから質問や話題を作ってくださるので、お嬢様のトラウマに障る話題が出てくることはなく、楽しげな雰囲気でお開きとなりました。


 とはいえ、お嬢様の主催者側の立場においての礼儀作法の欠如は問題です。

 ですが物覚えのいいお嬢様のことですから、再度指導すればそう遅くなく覚えていただけるはずです。


 それよりもお嬢様の心の方が私は心配です。


 リアさまにはお茶会の作法のご指導と共に、お嬢様の心のケアをお願いしておきましょう。


 私もお嬢様を娘と思ってお世話して参りましたが、性格的にも関係性的にも私よりもリアさまの方が寄り添うことは得意ですから



「リリー様もありがとうございました。お陰で今日はとても有意義な時間を過ごすことができました」


 考え事をしているうちにお嬢様とリック様の挨拶は終了していたようです。わざわざ私にまでご挨拶くださいました。


「こちらこそ、急なお誘いに快く応じてくださってありがとうございました。おかげさまで外から俯瞰してお茶会の様子を見て、お嬢様に足りていない点を客観的に見ることができました」


 私が返すと、リック様は微笑みました。

 貴族でないことが不思議なくらいの身から滲む優雅さと高貴な微笑みです。


「それならよかったです。失敗をしてしまったのかと心配しておりましたから」

「見事なお手前でした」


 笑顔を交わし合います。

 そうしてリック様はお店へと戻られました。


 最後に桃色の髪飾りを打診していたのも、おそらくは季節感を大切にする髪飾りからならば苦手意識を少しずつ取り払っていけるという配慮です。


 利益のためと断りながらも、利益のより出るドレスよりも髪飾りを先に出したことがその証左


 私自身はリアさまの影響でそこまでハドール侯爵家に対する恨みはありませんが、冷酷との噂が耐えない侯爵子息よりもリック様がお嬢様の婚約者であれば、とそう思わずにはいられません。

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