リックとのお茶会
宮中伯様との逢瀬の次の日、リックが先日依頼したマフを届けにやって来た。
そして今、お茶会をしている。
遡ること半刻前、品を届けに来たリックが仕事を終えて帰ろうとしたとき
「ところでリック様、お時間はおありでしょうか?」
「この後は特に配送の予定もなく、今日はお客の入りも少ないため、時間はありますが······」
リリーの言葉にリックは困惑したように言った。
わたしもリリーが何を言いたいのか分からない。
「もしよければお嬢様のお茶会の作法の講義にご参加願えないでしょうか?」
「お茶会、ですか?」
リリーは頷いた。リックは戸惑っている。
「普段であれば私が行うのですが、本番を見据えた訓練である以上、たまには全く違う人が参加してくださった方が質の高い訓練となりますもの」
リック様は貴族の礼儀作法にも通じておりますので、とリリーは付け加えた。
「そういうことでしたら」
こんな会話が交わされて、今に至る。
「ごめんなさいねリック、急に呼び止めてしまって」
「いえいえ、令嬢のお役に立てるのでしたら喜んで協力いたします。それに身内以外の方と訓練することで成長するというのは真ですから」
紅茶の給仕を受けながら、リックは言った。
リックは過去に貴族に対する礼儀作法の講師としても働いていたらしい。
服飾に礼儀作法の講師、他にも傭兵などもしていたそうで、あまりに異色の経歴に興味がつきない。
「ディアラドに来る前は何をしていたのですか?」
「エーレンフェスト侯爵領にて服飾の仕事をしておりました」
「やはりミスランティとは違いますか?」
わたしは食い気味に質問を重ねる。
「そうですね。ミスランティ辺境伯領ほど寒い土地ではありませんでしたので、防寒具の装備は薄いです。それと冬服を着る時季が二月ほど短いです」
ミスランティでは冬服はあと半月もすれば着始められて、衣替えを次に行うのは領都でも四月の中頃だ。
寒い地域なのは知っていたけど、他の土地を知っている人から聞くとより違いがわかる。
「防寒具が薄い·······」
新たな質問をしようとしたところで、リリーの咳払いが聞こえた。
慌ててリリーの方をちらりと見ると、リリーは話題を転換しろとばかりに目で訴えてくる。
質問のしすぎみたい。失敗、失敗
とはいってもリリーのお眼鏡に叶う質問が咄嗟に出てくるわけもなく······
「私から質問があるのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。いくらでも質問してください」
質問を必死に考えていると、リックが助け船を出してくれた。
わたしは一も二もなく乗っかる。
その様子が面白かったらしい。
リックはフフッと笑った。
リックはものすごく美形なので、社交用の微笑を浮かべているときもそうだけど、笑っている姿も映える。
思わず見惚れてしまいそうだ。
と、わたしはリックがわたしの意識が戻ってくるのを待っていることに気づいた。
優しげな眼差しで見守っている。
「······質問をどうぞ」
恥ずかしくなったわたしは急かすように言った。
「フィリーネ様のお好きな色は何色でしょうか?」
「色ですか······桃色、です」
フィリーネはためらいがちに言った。
なぜ躊躇うのかというと、勇敢令嬢という目でフィリーネを見ている他の貴族達からは桃色が好きというのは意外そうな目で見られるからだ。
強さを表す蒼や勇敢を指し示すオレンジ色などを好むと貴族達の多くは思っているらしい。
とはいえ流石に辺境伯一族を慕うミスランティの貴族はすぐに受け入れてくれるのだが······
ミスランティ辺境伯領以外の貴族の中には、血の赤が好きだという偏見を持っている人もいて、それもフィリーネが色の話題を忌避する理由になっていた。
当然リックの反応もフィリーネにとっていいものではないと、思っていたが······
「桃色ですか、可愛らしくていいですね。桃色と言えばやはりサクラやメルンの花、どちらも春の飾りに映える美しい花ですね」
「え·······」
思っていた反応と違ってフィリーネは返事ができず、声が漏れただけだった。
確かに桃色と言って連想されるのはサクラや梅の花を示すメルンなどだ。
「どうかしましたか?」
リックは思わず黙り込んでいたフィリーネを伺うように尋ねた。
その目には心配の色が見える。
「リックは······わたくしが桃色を好きでも驚いたり、変だと思ったりしないのですか?」
リックを直視することなく、俯いて言った。
「思いませんよ」
フィリーネは驚いてリックの顔を見る。
嘘やおべっかをしているような表情ではない。
本当のことを言っていることに疑いの余地がない。
そんな表情だ。
声も出せなくなっているフィリーネを引っ張るようにリックはなおも言葉を紡ぐ。
「人それぞれに好きな色はあるものです。それを否定する権利は誰にもありません。フィリーネ様が桃色を好きなのならばそうなのです」
「······ありがとうございます。お陰で心が晴れた気分になりました」
フィリーネは笑顔で答えた。
後から振り替えれば、この時にはフィリーネの心惹かれる相手は定まっていたのかもしれない。
「湿っぽいお話はここまでにしましょう。お茶会は楽しくあるべきものですからね」
これまで会話を静かに聞いていたリリーがそう言い、空になったカップに新しい紅茶を注ぐ。
それからはミスランティをあまり知らないリックのためにミスランティの気候や特産、お薦めの名所を教えたり、逆にリックから宮中伯様が剣技を嗜むという噂話を教えてもらったりした。
リックはバルデン宮中伯様用に用意された屋敷にも商品を卸しに行っていて、そこで宮中伯様が剣を嗜むという話を小耳に挟んだらしい。
もしかして、お稽古の時はヴェールを外すのかな?
宮中伯様の素顔ってどんな感じなんだろう?
気になるけど見ちゃいけない気もする。
お茶会は楽しい空気のまま終了する。
フィリーネはリックをお見送りするため、門に来た。
「宮中伯様と次に会うときは剣のお稽古に誘ってみようと思います。ありがとうございますね、リック」
「お役に立てたようで何よりです」
リックは秀麗な表情でお辞儀をした。
洗練された無駄のない動きだ。
どうしたら貴族でなくてここまで綺麗な動作ができるのだろうかと不思議に思う。
「今思い付いたのですが、もしよければ桃色の髪飾りを御作り致しましょうか?」
リックが言った。口振りを鑑みるにリックが造ることになるのだろう。
フィリーネはリックの多才さに感心しつつ答える。
「いいえ、今はまだいいです。折角のご厚意を無駄にしてごめんなさいね」
どうしてだろう、詳しくは思い出せないけどまだ桃色のものをつけてはいけないような気がする。
「······構いません。代金はいただくつもりでした。商売で商品が買わなかったからといって、お店に謝るお客様はいないでしょう?それと同じです。フィリーネ様が買いたいと思うときが来ましたら、そのときは改めてご依頼くだされば、それで充分にございます」
何とも上手い喩えをするものだ。
お陰で何の罪悪感もわかない。
「ふふっ、そうですね。ではそのときはよろしくお願い致します」
「ご贔屓くださり光栄です」
そう言うとリックはリリーにもお礼を言い、商店へと帰っていった。
リックを見送ると、リリーからの講評である。
「お嬢様、まず自分の言いたいことを言い過ぎです。質問するのはよろしいのですが、お茶会は相手との親睦を深めるために行われるもの。相手を知るための質問を心がけてください」
「リック様も言っておられましたが、お茶会は楽しくあるべき場所です。お気持ちは理解しますが貴族として時には感情を隠し、楽しい空気を損なわないようにしてください」
とまあ散々な評価だった。
他にもカップの持ち方や姿勢など様々なところに指摘を受けたのだった。
「お茶会はお久しぶりなので仕方ない部分もあるとは思いますが、元々は出来ていたのですから、もう一度マナーを身に付け直してください」
次にリコリアス城に戻る折にはカナリア様のご指導を受けられるように日取りを調整しておきます、とリリーが付け加えた。
ひえぇ、お母様からの指導、憂鬱だなぁ
マナーに関してはことさら手厳しいカナリアの指導を受けることが決まったフィリーネは頭を抱え、その日までには完璧にしておこうと誓った。




