逢瀬1
フィリーネは今、セドリックとディアラドの街道沿いを散策している。
ちなみに街道沿いなのは、ディアラドや領都ではセドリックがやりにくいだろうとの配慮の結果である。
「何かご入り用のものはありませんか?」
セドリックは街道に沿うように集められた軽食を取り扱う露店を見て言った。
辺りには何かを焼いたであろう湯気が立ち上っていてソース等の香しい匂いが漂ってくる。
「いいえ、特にありませんわ。今はもう少し手持ち無沙汰に歩いていたいのです」
「そうでしたか、わかりました」
否定されたことで僅かに気が沈んだセドリックだったが、理由を聞いて納得する。
貴族女性であれば対面を気にするのも当然か。
手に食べ物をもって歩くのはお世辞にも美しい姿とは言えぬし、抵抗があるのかもしれないな。
セドリックは会話と思慮に伴って僅かに遅れていた歩調を合わせる。
しばらく黙々と二人で歩き続けている。
フィリーネは満足そうに、セドリックは楽しそうに歩き続けるフィリーネを貴族女性には珍しいと不思議に思いながら、ただ歩いている。
「デイム、どこまでお歩きになられるのですか?」
セドリックは困惑したように言って、フィリーネを呼び止めた。
というのも体力もあり、ペースも速い二人は既に街道のうち、ミスランティ辺境伯領部分の半分近くを歩いている。
その事をセドリックが伝えると、フィリーネは今初めて気づいたかのように驚いた。
「すみません。こうやって外を自由に歩けるのは久しぶりだったので、つい熱中してしまったみたいです」
「そうだったのですか。······もしかしてこの婚約のせいでしょうか?そうでしたら謝罪します」
事実、フィリーネは王命が下ってからは外を気軽に出歩くことはできなかった。
ディアラドは異例中の異例で、その他の土地では強硬派の貴族達が突発行動に出ることを防ぐため、そしてフィリーネの祖父のレプトン伯爵に代表される貴族達に説得されることを防ぐためにリアステア城内さえも気ままに歩けなかった。
なので、セドリックの勘は正しい。
「もう過ぎたことです。今はこうやって外に出れているのですから」
わたしとしては弟のテオドラと一緒に過ごす時間がすごく増えたから、あれはあれでよかったとも思っている。
このようにフィリーネはそこまで苦に感じていたようではない。
とはいえ肯定せずとも決して否定したわけでもない。
実際、フィリーネの意識下でではあるが、外に出られない不満をテオドラとの交流で補ったという側面もある。
王の懐刀として貴族と渡り合うこと海千山千のセドリックは年端もいかぬフィリーネの心中を暗いものであると察した。
そして気まずさからか黙りこくってしまう。
もしかして宮中伯様、わたしが辛かったのを無理して隠してるって勘違いしてないかな?
そんな気がする。
森に出て魔獣退治をしたり、街で買い物をしたりしたくなかったわけではないけど、我慢すればなんということもないものなのに······
フィリーネは弁解を試みることにした。
当然、弟との時間が増えたとかそんなことを明かすことはできない。あくまで嘘ではない範囲で理由のなかに含まれているもので、だ。
「確かにあの時は悲しかったですけど、今はむしろあのとき外に出られなくてよかったなって思います」
「どういうことですか?」
フィリーネの言葉の意味がわからずに問い返す。
セドリックは注意深くフィリーネの顔の微細な動きまでを観察するが、悲しみを隠すような翳りはない。
「外に出られなくて悶々とすることがあるからこそ、外で自由に歩けるときはいっそう楽しくなる、そう今再確認しているのですよ。例えるならば、ミルパの実はいつでも食べられるものではないからこそ、冬まで待って食べるミルパの実は本来の味以上に美味しく思える。そんな感じでしょうか」
ミルパの実とは初冬に花を咲かせて、年を跨いだ冬の一番寒い時期になる、小さなオレンジ色の実だ。
ミルパの実には不思議な生態があって、貯蔵しようと思っても、春が来る頃には消え去ってしまう。
なので、本当に冬にしか食べられない。
「フフッ。面白い喩えです」
フィリーネはセドリックが初めて笑ったことに喜ぶ。
前回会っていた時に比べてやや柔和になっているのはフィリーネにも分かったが、なおも壁があるような気がしていたのである。
悩みごとがあるみたいだったからとにかく、笑ってくれてよかった。
笑顔は最高の精神安定剤でどんな薬や魔法にも勝るって、お母様もリリーも言ってたもの。
「少しは元気が出ましたか?実は浮かない様子だったので心配していたのです」
「フィリーネ様のお陰で、気が楽になりました。本当にありがとうございます」
フィリーネはまた少し、セドリックの心に近づけたような気がした。
些細な変化かもしれない。
亀の歩みのような遅いものかもしれない。
ううん。それでも良い。
きっといつか、なんのわだかまりもなくミスランティ辺境伯領のみんなとハドール侯爵家が共に肩を寄せあって話せるようになる。
「それではそろそろ引き返しましょうか。あまり遅くなるとリリーやセドリック様の侍従が心配するでしょうから」
「ええ」
二人はディアラドへと引き返した。
壁はなおも全て取り払われたわけではないが、二人がお互いを目視できるぐらいの隙間は空いたようだ。




