テオドラとの戯れ
エーレンフェスト侯爵の居る部屋から逃げ出したあと、フィリーネは彼女の弟の所へと来た。
ちなみに先程はさも元々予定があったように言ったものの、本当に予定が入っていたわけではない。
エーレンフェスト侯爵と会うことを知ったリリーが気を利かせてテオドラに掛け合ったので、"予定がある"ではなく、"予定を作った"と言う方が正しい。
「姉上!お久しぶりにございます!」
先触れを受けて部屋の前で待っていた紅い目で金髪の凛々しい少年、テオドラが明朗快活に挨拶する。
「ごきげんようテオドラ。本当に久しぶりね。テオドラが元気そうで何よりよ」
フィリーネも微笑んで返す。
どうでもいいのだがつい先程までマムシのようなエーレンフェスト侯爵と相対していたフィリーネにとっては、普段からよく見る光景でもとても癒やされるものだ。
「今日は急に予定を作ってごめんなさいね。今日の予定は大丈夫でしたか?」
「はい!今日は父上より姉上が帰ってくると聞きましたので、家庭教師の授業を早めに終わらせました!姉上がテオドラとの約束を守ってくださったこと、真に嬉しく思います!」
テオドラはとびきりの笑顔で答える。
よほど楽しみにしていたらしい。
そのはしゃぎようのあまりの可愛さに、テオドラ、マジ天使、などと心の中で考えているフィリーネである。
「テオドラ、それじゃあ何をして遊びましょうか?」
「それでは姉上、まずは駒取り合戦をしたいです!」
駒取り合戦は日本で言うところの将棋に模擬戦術の要素を取り入れたようなもので、様々な動きをする駒を陣地内で動かして相手を追い込むことができたら勝ちというものである。
特に場合によっては軍を率いることもある騎士団上層部や貴族の子供にとっては戦術の組み立て方を学ぶのに最適でオーソドックスな遊びだ。
「分かりました。そうしましょう」
フィリーネも大好きなゲームなのですぐに承諾する。
そこではたと思い出した。
「そういえばテオドラ、あなたこの曜日は騎士団長からの剣のお稽古があるのではなくて?」
日取りを詳しく追っているわけではないので、変わった可能性も排除しきれないけど、騎士団長のルーク子爵は一度決めたことを正当な理由なく変えるのが嫌いな人なので、その可能性は低い気がする。
案の定、テオドラは指摘されると痛いところを突かれたというような苦しげな表情になる。
「えっと·······騎士団長が今日の稽古はいいから姉上と過ごす時間を優先しなさいと······」
「テオドラ」
テオドラが明らかに嘘とわかる見え透いた言い訳を始めたので、フィリーネは少し低くした声で咎めた。
「すみません······騎士団長との稽古は騎士団長に警護の仕事が入ったことでやっておくことを課せられました」
テオドラは姉が怒ったことにシュンとした。
やはりテオドラは剣の稽古をサボろうとしていたらしい。
「剣のお稽古が誰のためなのか分かっているのですか?」
テオドラはコクリとうなずく。
剣の稽古はテオドラ自身がいずれ戦場に出るときになったときに役立つ。それだけでなくテオドラがたとえ後ろから指示を出す立場だとしても剣のことを知っているか知らないかで全く変わってくる。
戦術や魔法の威力や兆候を把握しておくことが大切なのと同じことだ。
とはいえ愛する弟がこれほど落ち込んでいるのをさらに追い詰めるのも気が引けるというかまた話が変わる。
「反省しているならいいのです。幸い今日は騎士団長に任務があって自主練だったのですから」
まあ警護というのはおそらくエーレンフェスト侯爵の警護のことだろうから(あんな変な人でも一応は侯爵の地位を持つ王国の重要人物なので、それに見合う警護者はきっと騎士団長や上層部になるのである)、まめな性格の騎士団長は合間でテオドラの稽古を観察しに来るに違いない。
「ですが剣のお稽古はあなたの命を守るためにも大事なものです。なので、わたしが後でお稽古をつけて差し上げます」
「本当ですか!」
テオドラはそれまでは面倒くさそうな表情をしてやる気のなさを露呈していた剣の稽古に俄然やる気を出す。
そこまで喜ばれると姉冥利に尽きるものである。
フィリーネはテオドラとまず駒取り合戦をした。
同格かそれ以上の相手との戦闘を念頭に訓練することが多いので、本来は同じ駒を用いるが、今回は経験の差によるハンデとして駒のうちで強い駒二つと一般兵の駒三つをわたしが無くした状態から始めた。
しかし結果はフィリーネの圧勝であった。
「姉上、姉上はどうしてそんなにお強いのですか?どうしたら姉上のように勝つことができますか?」
「うーんとねぇ、言葉にすると難しいんだけど、やっぱり自分がどういう運び方をするのか、どうやって相手を追い込んでいくのかを考えているからね」
フィリーネから見てテオドラは流石聡明なだけあってその都度の運び方はとても上手いものの経験が浅いせいなのか目の前の一手に集中しすぎてその先まで感が手が及びきれていない。
「相手をどのように誘導して自分にとって有利な陣形を完成させるのかを考えることが大事よ。騎士団長に教わりなさい。騎士団長ならもっと長い時間もっと丁寧に教えられるはずです」
「はい、姉上!頑張ってみます」
テオドラは目を輝かせる。
「それじゃあ、次は剣の稽古に移りましょう」
その後は気持ちを入れ替えたテオドラに次の予定までみっちり時間の許す限り剣の稽古をつけた。




