閑話 アイリス・シュネー 後編
フィリーネはアイリスに連れられて、王宮の区画にある庭園のうちの一つにやって来た。
「ここが王宮が誇る南庭園ですわ」
「綺麗······」
フィリーネは感嘆を漏らす。
夜闇に紛れてしまい壮観だと名高い庭園の細工の深さを心ゆくまで堪能することは叶わないが、それでも明かりに照らされた微かな部分から、庭園の趣きを感じる。
それは芸術的感覚に乏しく、あまり善し悪しを判別できないフィリーネにも佳麗さを思い起こさせるほどに。
「気に入って下さいましたか?」
「ええ!壮観な眺めに頼ったわけでも絢爛さを当てにしたわけでもなく、植物のありのままを活かした風光明媚な姿がとても美しいです!」
「褒めてもらえて嬉しいわ。良ければ次は、お昼のお日様に照らされた明澄な日に招待いたしましょうか?」
「ぜひ、お願いします」
パッと明るくなったフィリーネを見守ってコロコロと笑いながら、アイリスはそう提案した。
アイリスがフィリーネを王宮に招待する時点で、アイリスの立場を推して測るべきだ。しかし、フィリーネは特に気に留めることはなかった。
アイリスはアイリスで、立場に囚われないフィリーネに対して好感を持っているようなので、図らずも二人の関係性は良い方向に向かっていた。
「それでは王宮の中で一番綺麗なお星さまをご覧に入れたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。とても、楽しみです」
本題に入る前にアイリスは確認を取る。その姿は許可を求めるというより、広報をすると表現する方が正しい。
事実、アイリスは返答を受けるのとほとんど同時に庭園の一部を見れるよう辺りを照らしていたランプを魔法の力で消し去った。
「······きれい」
パーティーがあっている王宮には不釣り合いな程の静寂に包まれた闇夜の中、フィリーネは静かに零した。
空にはとても王都の中心とは信じられない程の壮麗な星々の調べが流れていて、フィリーネは圧倒された。
「アイリス様······」
話しかけようとしたフィリーネだったが、アイリスもまた星の奏でる旋律に聴き入っているのを見て、口を再度閉じ直した。
とても綺麗な横顔だな、とフィリーネは思う。
そして自らも星の麗らかな眺望を堪能しながら、アイリスが星との世界から戻ってくるのを待つ。
* * *
「すみませんね。連れてきたのに、当のわたくしが魅入ってしまって」
「いえいえ、私も愉しませて頂きましたから。·······本当にアイリス様は星がお好きなのですね」
満足感の入り混じったほのぼのとした空間の中で、アイリスは少しだけ顔を陰らせて憂いの籠もる表情になる。
「実はわたくし、お星さまを見るのは大抵この王宮以外では有りませんの。わたくしの立場上、お星さまを見たいという理由だけで自由に外に出ることは難しいですから」
「そうなのですか······」
哀愁漂う哀しげなアイリスを慰めようとしたが、どんな言葉で慰めればよいのか分からず、フィリーネは一旦同調するように言う。
ただその気持ちは痛いほど分かる。
フィリーネも辺境伯令嬢という身分が邪魔して外に出るには同行人が必須であるし、状況によってはミスランティ辺境伯からの許可が出ないこともある。
立場やその影響を及ぼす規模は違えど、同じく土地を治める家柄の令嬢としては理解できるのだ。
フィリーネは思い出す。そんな時、フィリーネを励ますためにリリーが何をしてくれるのかを。
「アイリス様、冬になる頃にミスランティにいらっしゃいませんか?ミスランティは北部で空気が澄んでいるので、とても明媚な星を堪能できると思います」
リリーがしてくれるのは、時を見てフィリーネが許されなかったことを出来るようにしてくれることだ。その時にリリーはしばしばフィリーネを自宅へと招待する。
今すぐに別の場所の星を見せてあげることは神ならざるフィリーネには出来ないが、招待という体にすればその中で星を見る機会もあるはずだ。
告げられたアイリスは固まっていて、返事はない。
驚愕という風な表情だった。
「あ、あの、アイリス様がお気に召さなければ、絶対というわけではなくへ······」
「ふふっ······ごめんなさいね。嫌なわけではなくてよ。ただ、そんな提案をしてくださるとは思いもよらなくて、少し驚いてしまっただけ、とても嬉しい提案だわ。······本当にありがとう」
その微笑がフィリーネが噛んだことに対してなのか、提案への喜びなのかは分からない。
ただ、フィリーネはアイリスが本心から提案を喜んでくれているのだと判って安堵した。
「わたくし達、お友達になりませんか?」
「はい!アイリス様とはお友達になりたい、です」
承諾の返事を受け取ると、アイリスの表情が妖精に会ったこどものように明るくなる。
「それじゃあ、決まりね。わたくしのことは様を付けないで呼び捨てにしてくださる?」
アイリスは勢い余ってフィリーネの両手を取りながら、弾けるような声で言う。
「が、がんばります。······アイリス」
アイリスの空気に気圧されながらも、フィリーネは自分の意志でぎこちなくアイリスの名前を敬称なしにした。
両者ともちょっと恥ずかしいのか、フィリーネは控えめに顔を下向け、アイリスは頬をわずかに赤らめる。
「フィリーネはどのように呼んでほしいですか?」
「フィーネ······親しい人はみんなそう呼びます」
「フィーネ、フィーネ。いい響きね、気に入りましたわ。今後はそう呼ぶことにするわ、フィーネ」
「そう何度も呼ばれると、は、恥ずかしいので止めてくらひゃいまひぇ」
連呼された恥ずかしさでフィリーネはひどく舌足らずになりながら怒る。
とはいえ怒るとは言っても、この程度ならば寧ろアイリスはフィリーネを可愛く思う。
そして「はいはい、ごめんなさいね」と、謝罪にもならない謝罪をした。
アイリスにとって、そのような些事はそれほど注意を払うべき条項ではない。
それより、身分の問題で心よりの友人という存在に乏しいアイリスは、親しい人物と同じように呼んでいいと言われたことを嬉しく思っている。
フィリーネからすれば特筆するほど深い意味はなかったのだが、愛称を提示した時点で、仲良くなりたいとは感じていたのだろう。
「改めてよろしくお願いしますね、フィーネ」
「こちらこそ、アイリス」
二人の少女は暗闇の中で笑い合う。
「絶対に叶えてくださいね。楽しみに待っていますから」
これがアイリスとフィリーネ、アルメニタ王国に大きな影響力を残すことになる二人の出会いだった。
ちなみに、その後フィリーネはしっかりとアイリスをミスランティに招待しました。
その時に使われた当時のフィリーネの私室は、今は私室では無くなっていますが、ほとんどその時のままに残っています。
次回は氷祭りのときのセドリックの話です。




