舞台裏 望み通り
フィリーネ達が去ったあと、セドリックは執事と訓練場から書斎へと移った。
外部とは遮断されているとはいえ使用人の大半がミスランティ辺境伯領の平民である宮中伯邸においては、掃除のためでも主人の許可なく入ることを禁じられている書斎で話した方が漏洩のリスクが低いからである。
「若様、こちらに」
セドリックは執事が引いた椅子に腰掛けた。
外はつい先程振り始めていた雨が早くも止み、虹が目を凝らしてようやく欠片が見えるほど、極めて薄くかかっている。
「機転を利かせてくれて感謝する。オルトヴィーン」
機転を利かせた対象はもちろん、先程のルイーズとの戦いにおける強大な魔法による危険な状態を間一髪で収めてくれたことである。
平然とした表情を保ってはいたが、あの魔法はかなり制御の難しい高等術式だ。
セドリックの見立てでも操作力に長けているとはとても言えないルイーズがあの魔法を使っていれば、大惨事に繋がっていた可能性も高い。
「当然のことをしたまでにございます、若様。私めはバルデン宮中伯邸の執事ですゆえ。それよりも······」
「よいよい。私は気にしてはいない。あのような態度をとると決めたのは私だ。そうである以上、元々自分の口から説明すべきであったのだから」
申し訳なさそうな執事、もといオルトヴィーンに対して、セドリックはその言葉をさえぎった。
たった二回の邂逅でフィリーネを彼の人生史上、ただの一度もなかったほどに随分と好意的に感じていたセドリックとて、確かにあのような心ない言葉を言うのは苦しかった。
「まあ、自己満足かもしれないがな」
セドリックは自嘲気味に言う。
勝手なことだが、セドリックは彼自身が説明することでフィリーネが自分に愛想をつかしてくれる。それがフィリーネの幸せにつながると思っていた。
しかし結果は散々だった。
推測よりも遥かに傷ついたフィリーネは心を壊したようにして倒れてしまった。
しかもその直後にルイーズがやってきたことによって彼はフィリーネが倒れることが想定内で、わざとやったものだという演技をし続けなければならなくなった。
セドリックは当然、この件でルイーズを疎ましく思うような理不尽な感情を抱いていたわけではない。
唯唯申し訳ないと思っている。
「少し考えれば簡単に分かったことだったはずだ。リックの接触においての好きな色の話題の時の心細い面持ち。おそらくあれは彼女の本性だ。勇敢令嬢ともてはやされているほど心が強くはないと知っておきながら、私は勇敢令嬢の先入観で彼女のことを見てしまっていたのだろう」
「······」
セドリックの自責のそばで、計らずも最悪の事態を導く暗いキューピットの役割を担ってしまったオルトヴィーンも思うところがあるのか、黙して語らずだ。
「正直言って、私はフィリーネ様には幸せでいてほしい。このような一族同士の対立を持つ、しかも領内の貴族の意思とも擦れ違う王国に染まりきった人物ではなく、領内から祝福されるお相手と結ばれてほしい」
人の幸福を願っているとは思えないほどに憂鬱な表情をしている。その様はまるでなにか別の選択肢を心のなかで臨んでいるような······
「若様のお考えはこのオルトヴィーン、よぉく分かりました。それを踏まえてお一つご質問させていただきたく存じます。構いませんか?」
「他ならぬオルトヴィーンの頼みだ。構わぬ」
オルトヴィーンの明朗な伸ばし口調に、聞かれる質問は聞きにくいものでも悪いものでもないと思ったのだろう。
セドリックはいとも容易く許可をした。
許可を得てから、小さく頷いて、そして少し息を吸ってからオルトヴィーンは口を開く。
「若様は本当にあれでよかったのでございますか?」
オルトヴィーンが絞り出す声に平静の膜を掛けて質問した。彼自身も当事者なので非難というわけではないが、お世辞にも正しかったとは思っていないような口調だ。
「分からぬ。だがレプトン伯爵やその他の王国に対しての危険人物と対していくにあたって、フィリーネ様が大切に感じている人物も含まれよう。そしてそれを実行する一翼を仮とはいえ曲がりなりにも婚約者の私が担っていたと判れば、彼女がどれだけ傷つくか、それこそ予測不可能。この選択が正しいとは思わないが、間違っているとも思わない······」
言い訳じみた回答だ。セドリックはさらに言い訳を重ねるように説明を続ける。段々と早口になっている。
「それにフィリーネ様、デイムは領内でも辺境伯婦人と並んで屈指の穏健派の一人だ。私から離れることでミスランティ貴族からの印象も大分改善して、反乱を抑え込んでくれるやもしれぬ」
一人説明を続けているセドリックを直視して、オルトヴィーンはそんなことを聞きたいわけではない、とでも言いたげに閉口した。
そんなセドリックには幸か不幸かオルトヴィーンが考えていることはわからない。
「何にせよ、私が退くことが平和にも幸せにもきっと貢献するだろう」
フィリーネから離れることを決意したときのような氷がセドリックを覆った。違うのはそこにオルトヴィーンが含まれていることだけだ。
「そうですか······若様がそうお決めになったのでしたら、私めはこれ以上とやかく言うつもりはございません。若様が心から納得して、進んで選択できることでしたら、私めは応援したく思います」
その寂寥感溢れる侘しい声にセドリックは心を揺らされた。一瞬とはいえ、心を揺らされるのはきっと、それが自分の本当に選択したい選択肢ではないことの表明だ。
弱くてはいけない、王の懐刀として、宮中伯として、私は強くなければならない。無私の心で、この誉れ高きアルメニタ国のために尽くさねばならない!
これで良かった······これでよかったのだ。
セドリックは言い聞かせるように何度も繰り返した。
全ては王国を守るため、国王で親友のフェルナンドを内乱の災禍から守るため、······そしてあの日セドリックを助けて居なくなった彼女のような人を無くすため、政略争いに巻き込まれて、何もしていないのに処刑に追い込まれるような人物が出ないようにするためなのだから······
「··········」
視線を逸したオルトヴィーンが窓の外をふと見ると、窓越しにごく僅かに見えていたはずの虹が消えてなくなってしまっていた。空から降りてきている白い雪に気がつく。
それは悲しみと迷いの雪だった。
やがて風が強くなり、気温もみるみるうちに低くなり、窓についていた水は凍り付いて、とても残酷で美しくこの情景にこの上なくぴったりな六花の華を咲かせていた。
夜になってしまいました。すみません。
2日休載終了です。
それと毎日投稿と言っていましたがコンテスト用の小説の執筆にまだ今しばらく時間が必要なので、おそらく1月末までは火曜日、木曜日、金曜日、日曜日の週四日間で投稿を行います。
投稿時間は基本的に午後七時前の予定。
次回はリックがフィリーネの屋敷に呼ばれます。また一波乱ある予感?(ただ、シリアスなのではないです)




