忘却の勇敢令嬢
わたしはフィリーネ、ミスランティ辺境伯令嬢だ。領都のリコリアにいたはずなのだけれど、どうしてか衛星都市のディアラドにいる。
「お嬢様、本当に大丈夫なのですか?」
リリーが桃色の髪を揺らして、心の底から心配そうに、蒼い瞳をわたしの側に寄せて質問した。これでわたしが目覚めてからこのやり取りは何回目だろう?多すぎて回数もかぞえられない。
「だーかーらー、大丈夫だって言ってるじゃん。何があってここに来たのかは知らないけど、どこか怪我してるわけじゃないんだよ」
同じ問答の繰り返しにわたしはうんざりして、少し雑になって返した。まるでわたしが何かを隠しているかのような態度でリリーは詰め寄るのだけど、本当の本当に何もないのだ。
目立つ外傷などないし、そもそもわたしに記憶がないから、何があったのかも分からない。なので、リリーの言う"大丈夫"が、体のどの部分においての"大丈夫"なのかを断定することさえ厳しい。
(せめて何が起こったかを教えてくれたら良いんだけどな。······たぶん無理だよね)
リリーは頑固なのだ。桃色の髪や柔和な印象から、話してみれば簡単に聞き入れてくれそうな雰囲気を持たせるのだが、騙されてはいけない。
過去にはわたしのお母様、つまりミスランティ辺境伯夫人やわたしの祖父からの帰還要請にも従わずに、仕事を平然と続行していたこともあるらしい。
目を覚ましてすぐに聞いたときも、何も教えてくれなかった。だから奇跡が起きる、それこそ天地が逆転でもしない限り教えてくれないだろう。
「そうですか······分かりました。ですが、もしも何か不調を感じた場合は直ぐにお知らせください。その場合は必ず私かルイーズのどちらかにお願いします」
「どうして?お母様や他の騎士達じゃだめなの?」
リリーは小さくうなずいた。よく分からないけど、リリーがこういう指定をするときは大抵大事な用件があるときだ。断る理由もない。
わたしは同意した。
「それよりも、そろそろミルパの実がなるころだよね?もう冬も中頃に差し掛かってるみたいだし」
わたしは外を指差した。そんな気は全くしていなかったけど、気がつけば窓の外に広がる庭には白雪が津々と積もっている。
まだ降り始めのようだけれど、吹雪になりそうだからこの後はどんどん積もるだろう。
「そうでございますね。次の晴れる日には準備しておきましょう。今年は勝手に行かないで下さいよ」
「ホントに?······やったー!ありがとうリリー」
わたしはあっさりと許可が出たことに少し拍子抜けしながらも喜んだ。いつもは許可が降りるまでにはお父様から許可をとる必要があるとか言って、実際に採集に行けるまでは一週間以上かかるのだ。
喜びに任せて万歳すると、手先が当たってベッドの側にある花瓶が倒れた。幸いにも落ちた先に手拭いがあったので割れることなく、水をこぼしただけだ。
(花瓶が割れてリリー達が怪我しなくてよかった)
「お嬢様、気を付けてください!」
リリーの指摘を受けてふと見てみると、零れた水はわたしのベッドの方に来ていたみたいだ。ベッドが花瓶の水で湿っている。
じんわりと染み込んでいく水の姿は何とも言えない綺麗さがあって、わたしは好きだ。子供の頃にそうやって布類の上に水をこぼしたり、魔法で掛けたりしてリリーに怒られたのは記憶に新しい。
「あぁー、濡れてしまいました。シーツとお布団を入れ変えますのでお嬢様は一旦ベッドから出て、図書室にでもいてください。もし休みたければ隣の部屋はベットメイクされていますのでそちらに。カルティナ、お嬢様の護衛を頼みます」
部屋の扉を守っていた女性騎士に護衛を頼み、部屋を追われたわたしは図書室で本を読むことにしたのである。
お気に入りの絵本を······
フィリーネが記憶を失いました。その事を一番如実に感じているのはおそらく一番接しているリリー。
ちなみにフィリーネの言葉遣いの変化は意図的なものです。
***
毎日投稿とか言ってましたが、ちょっと最近、執筆の手が止まりがちなのと賞に応募する小説を書きたいので二日間の休載をします。楽しみにしてくださっている方には申し訳ないです。
何と言いますか気持ちが向かないのか疲れなのか分かりませんがアルカンシェルを書く時の気力がちょっと途切れかけています。
その二日間は活動報告の方に小話を投稿するかもしれません。もしよければ、明日と明後日の夜頃にのぞいてみてください。(追記:ごめんなさい。無理かもしれない)
木曜日の夕方頃に次話を投稿します。




