王の懐刀、暇乞いをする
「王よ、暫しの暇乞いをしたく存じます」
ここはアルメニタ王国の王宮
各大臣やハドール侯爵、エーレンフェスト侯爵など名だたる国の中枢達が臨席している。
一人の男が玉座に座る主に嘆願した。
男、セドリックの表の顔はアルメニタ王国の国王フェルナンドの親友で、侍従長として国を支えてきた。
時には違法取引の温床を締め上げ、またある時には国王に仇為そうとする勢力の謀反の兆候を裏社会の人脈を以って掴み上げ、未然に混乱から国を守ってきた。
いうなれば王の懐刀である。
王国に欠かせない存在であるはずだが、フェルナンドは引き留めようとするでもなく、ただセドリックを見下ろしている。
そして一言
「なにゆえに」
とだけ尋ねた。
親友としては彼には幸せになってほしい、仕事を休みたいと嘆願した意思をくみ取ってやりたいとも思う。
王命で婚姻を繋いだのも政治的な意図だけではなく、セドリックに幸せになってほしいからという理由も大きく作用しているのだ。
しかし、今のフェルナンドは国王としてこの場に立っている。
王としては国を守る闇夜の英雄には如何にしても残ってもらいたい。アルメニタ王国は先の王の時代、20年にわたって続いた内乱の余波が燻っている。
王とその両腕によって表面上は沈静化こそしたものの、危ういことには変わりなく、セドリックは国王にとっては欠かせない存在だ。
強制するつもりはなくとも、その他の臣下もいるこの場では発言には国王としての重みがある。仮に引き留めなどすれば、セドリックの選択肢は閉ざされる。
ゆえに、多くを語らない。
それで十分なのだ。フェルナンドにとって生まれた時から両親と乳母を除けば一番長くの時を共に過ごしたのがセドリックだ。
お互いの性格も意思も通じている。
セドリックもフェルナンドの言わんとすることに気づいて、苦笑する。
「王よ、私は王命により下された婚姻にともない、かの辺境伯領へと向かいたいと思います」
臨席する大臣や貴族達の顔から驚きがこぼれる。
フェルナンドはいたって平静だ。
「侍従長と副侍従長以外はこの場を退け」
セドリックと副侍従長を除く全員に退出を命じる。
王の命令に不満そうにする大臣や貴族もいたが、忠臣は直ぐにその深意に気付き、そうでない者も下手なことを勘ぐられないようにするため表面上は大人しく立ち去った。
「お前はミスランティに出向くのだな?」
セドリックはミスランティ辺境伯令嬢、巷では勇敢令嬢として称えられる少女との婚約を取り決められていた。
いわゆる政略結婚であることは間違いなく、実際問題王国内有数の軍事力を備えた貴族でありながら、その成り立ちの複雑さゆえに独立志向の強いミスランティ辺境伯を王国に紐付けるためのものだ。
「はい。そちらの方が総合的な利益が大きいと思いましたので」
「そうかもしれないな」
セドリックは淡々と言った。
フェルナンドには軍事的基盤が著しく欠落している。
今はセドリックの実家であるハドール侯爵家-王国の東側を南北に長く領有している-が南方の反乱を鎮めている。
そして、北方の長たるミスランティ辺境伯が反乱に荷担しなかったことで北側の秩序が保たれていたため、表向きは落ち着いているが、裏を返せば辺境伯の動き次第だとも言える。
だからこそ楔として此度の政略結婚の王命を下した。
「ミスランティ辺境伯領、特にレプトン伯爵の派閥は独立志向が強すぎます。彼らをあてにして王国の安寧を図るのはあまりに危険かと」
「そこで其方の出番、というわけだな」
「ご明察にございます」
フェルナンドは考え込むように腕を組んだ。とても難しい顔をしている。
セドリックのいうことは理解できるが、それではまた別の部分に綻びが生まれるかもしれない。今までセドリックが統制していた部分は監視の目がなくなるからだ。
「クラウス、其方はどう思う?」
「正直、私には予測がつきません。上手く行けば平穏を呼び込めるのでしょうが、侍従長の描くように行かなかった場合、もっとひどい事態になるのかも······」
フェルナンドは副侍従長に尋ねるが、首を横に振る。リスクを勘案しているようだが、計り知れないようだ。
「セドリック、本当に行くのか?」
国王としての威厳を隠そうともしない威圧を纏わせてセドリックに覚悟を問う。
フェルナンドとしては残ってもらうつもりだった。
ミスランティ辺境伯令嬢を王都に呼び寄せた方が彼女を溺愛している辺境伯やレプトン伯爵が勝手な動きをしないだろうと踏んでいた。
「はい。私はミスランティ辺境伯を直接繋ぎ留めたいと思っております。······それにフィリーネ嬢は故郷を離れたくないでしょうから」
「其方が人の配慮をするなど珍しいな」
セドリックは関わる相手が基本的に家族か仕事の関係者であるためか、相手への配慮をそれほど考えない。
自分勝手利己的というわけではないのだが、配下はお眼鏡に叶わなければ大量の仕事をこなしきれずに辞めていくので、忙しさもありそれを学習する暇はなかった。
「よかろう。其方の暇乞いを認める」
「しかし······」
クラウスが何かを言いかけたが、国王の、盟友との暫しの別れを惜しむその顔を見て止めた。
「ありがとうございます。王の期待に添えるよう、一時のお暇を頂いて参ります」
そう言うとセドリックは玉座の間を後にした。
セドリックが去った後
クラウスとフェルナンドは二人きりだった。
「王よ、本当に良かったのでしょうか?」
「分からぬ。余にも、おそらく誰にも。しかし、やらねばならぬ時というのはいつか来るものよ」
それは王国のことだったのか、物心つく頃から共にいた親友と別れることを指し示していたのか、クラウスには判別もつかなかった。
「其方も任されているのであろう。セドリックのいない間の後任を。余に力を貸すがいい。余は余がセドリックあってのものでないことを証明せねばならぬ」
「仰せのままに」
その後、セドリックとフェルナンドの二人しか知らない秘密事項の共有が行われたらしいが、どんな会話だったのか、その内容はどこにも残されていない。




