急転直下、発覚する事実
フィリーネはリリーの手を借りて身なりを整えると、そのままルイーズを伴って宮中伯邸に直行した。
宮中伯邸に到着したフィリーネは一番近くにいた侍女に屋敷に入れてもらうように頼んだ。
声を掛けられた侍女は驚いて、領主一族のフィリーネを中に入れようとしたが、いくらミスランティの領民とはいえ今は宮中伯邸で働く人間である。「執事を呼んでまいります」と言って屋敷の中に消えた。
その隙きを突いて宮中伯邸に進入することも考えたが、あの侍女が罰せられる可能性を考慮して自重する。
そうして待っているうち、しばらくすると屋敷の正面のドアから身なりのいい男、宮中伯邸の執事が現れた。
「これはこれは辺境伯令嬢様、急な御来訪とのことでしたが如何いたしたのでしょうか?」
柔和な声色で優しく語りかけてはいるが、フィリーネは彼の額に青筋が立っていることに気づいた。
貴族にとって事前連絡のない訪問は大層無礼に当たり、しかもそれが領主一族となればなおさらのことだ。
「ご連絡しなかったことは謝罪申し上げます。ですが、これで貸し借りなしでございますね」
フィリーネは彼女の母親、カナリアを参考にした微笑みを披露した。優しい微笑みには違いないのだが言葉次第では相手に有無を言わせない強力なものとなる。
実を言うとこの言葉はフィリーネが自分で考えたものではない。相手に対して冷徹に接することのできないフィリーネがこのような言葉を思いつくはずはなく、全てリリーが考えた言葉だ。
当然フィリーネは乗り気ではない。
(ごめんなさい、ごめんなさい!こんなこと言うつもりは無かったんですぅ!)
酷い言いようであることは理解しているので内心では何度も何度も執事に向けて謝罪の念を飛ばしていた。
「そうでございますね。以前は私共が不手際を致しましたゆえ、貸し借りなしではあります。それで?辺境伯令嬢様は何をしにいらっしゃったのでしょうか?」
執事は威圧のようなものを纏った。彼は魔力を持っていないので魔力を無造作に放出することによる威圧を使えるはずもないが、それに近い圧迫感だ。
フィリーネは押し負けないように心を強く持った。
「セドリック様に会わせていただきたいのです」
「以前も言いましたが、若様はご病気なのです。辺境伯令嬢様にお移しする危険性がある以上、若様と会わせるわけにはいきません」
聞き分けのない子供をしつけるときのように執事は語気を強めて言った。あくまで以前と状況が変わっていないとしているらしい。
執事からそう聞かされて、フィリーネは落ち込むでもなくにやりとほくそ笑んだ。
「ええ、存じておりますよ。ですので、こうすればいいのでしょう?アルフューラ」
フィリーネはパチンと指を鳴らした。
すると事前に詠唱を済ませておいた魔法が術式名の発音をトリガーにして展開する。碧い壁がフィリーネとルイーズ、そして執事の三人を包み込むように拡がる。
「これは······」
「透過防止の結界:アルフューラ。空気さえも弾くこの結界であれば満足でしょう?」
アルフューラはフィリーネが説明したように空気をも遮断する結界だ。当然、セドリックがかかったという病気の原因菌やウイルスも透過しない。
酸素供与も為されないので時間制限はあるが、それでもセドリックの御見舞をしたいだけのフィリーネにとっては充分だった。
「······ご案内致します」
執事は苦虫を踏み潰したような表情でセドリックが療養する寝室への案内を承諾した。
***
フィリーネはセドリックの寝室の扉の前にいる。
「若様はこちらに居られます」
執事は先程までの対応を欠片も感じさせない丁寧な口調でセドリックの所在をこれまた丁寧に明示した。
(これでやっと会える。そうすればどんな御見舞をすれば完治が早まるかの想像がつく)
「セドリック様、フィリーネでございます」
ノックをして名乗ったが反応はない。
フィリーネは無反応で拒絶がなかったことを了承の合図だと考えて部屋の扉を開けた。
「あれ······?」
その部屋はシンと静まり返っていた。
フィリーネは状況が理解できずに呆然とする。
「貴様!嘘をついたのか?」
脳の処理が追い付いていないフィリーネをよそにいち早く反応したルイーズが執事に詰め寄った。
「私も何がなんだか·····今日は一日、この部屋に留まっているはずですが?」
「今日は、とはどういうことでしょうか?」
執事はしまった、というような表情になる。脳筋ではあっても判断力に優れ、なおかつ至近距離にいたルイーズは状況をなんとなく理解する。
(これが事実だとすれば最悪だ)
ルイーズは慌てて、そして自分の失敗を悟った。
***
ルイーズが大慌てになっている端で、フィリーネはセドリックの居場所について思案していた。
(この部屋には生活したあとがあるし、私が贈った木の枝もあるからこの部屋がセドリック様の部屋とみて間違いない)
となれば肝要なのはセドリックが何処にいるかだ。
フィリーネは部屋に来るまでの自分の記憶を辿って、人並み外れた五感を駆使して感じる。
(この部屋までは全て開いていたから部屋の中じゃない。となれば屋敷の中が怪しいんだけど、侍女達の反応だったりを考えれば使用人の区域には多分行かない)
そもそも侍女達はほとんどがミスランティの領民ばかりなので、フィリーネに伝達する可能性のある彼女達を頼るとは考えにくい。
そう仮定すると必然的に外一択になる。
(敷地外か敷地内か、どっちも有り得そう)
流石に正門は使わないだろうが、裏口を使う可能性はあるし、フィリーネの見立てでは身体能力は良い方であるセドリックは屋敷の壁を越えることなど容易いだろう。
そのとき、フィリーネの目に鍵まで閉まっている窓が映り込んだ。鍵は内側からしか扱えない。
(セドリック様は敷地内にいる!)
おそらく彼らはフィリーネ達を屋内に通すことを想定していなかったのだろう。まさかフィリーネが魔力消費の激しい結界を張ってまで会おうとするとは思うまい。
だがしかし念には念を入れて執事がセドリックに部屋の外にいるように言付けていたとしたら?
そう考えれば鍵がかかった窓もその他の不審な点も全て合点がいく。
次に考えるのは敷地内のどこにいるのか?
使用人の区域や他の部屋にいないとしても、候補は書斎と庭、そして剣術訓練場の三つがある。
フィリーネは以前リリーが屋敷の内部の構造は変わらないと言っていたので間違いないと分かっていた。
······そういえばバルデン宮中伯は剣術にも心得があるそうですよ。
リックの声がフィリーネの脳裏を掠めた。
(それだ!セドリック様は訓練場にいる!)
フィリーネは確信を持って脳内で思考をまとめると直ぐに、訓練場へと走り出した。
フィリーネは先程から聞こえ始めた剣を振る音を頼りに訓練場の位置を特定して全速力で向かう。
執事とルイーズが追いかけてきているようだが、フィリーネは気にせずに放置している。
「セドリック様!」
フィリーネは訓練場の扉を開けると一目散に叫んだ。
「······フィリーネ様、どうしてここに?」
そこには最後にあったときとそれほど変わらずに元気な姿で、屋敷内でも律儀に顔に覆いをして素振りをしていたセドリックがいた。
依空 まつり先生の「サイレント・ウィッチ 外伝」、やっと最新話に追いつきました。夢中になって読みすすめるうちに気づけば共通テスト二日前に······
そして、次回は「セドリックのことば」です。




