行ってみましょう
ルイーズの予想の遥か上を行く脳筋丸出しの発言に、フィリーネもリリーも呆然としていた。
「あのですね、言わせて頂きますがそう簡単に宮中伯邸に行けたらこのような事態にはなっていないでしょう」
少しは頭を働かせなさい、とリリーが呆れる。長年の同僚としてルイーズのことを理解しているリリーは元々、それほど彼女の意見を期待してはいなかったがここまで酷いものだとも思ってはいなかった。
本当に宮中伯様との初対面のときは先に行動を指定させておいてよかったです、リリーはと心の中で安堵した。
そんなこととも露知らず、ルイーズはどこからともなく湧き出てくる謎の自信を抱えて言葉を重ねる。
「何を言うのですリリー。騎士たるもの!、自分の目的を果たすためには行動しなければ始まりません!冬の王の討伐においては何度弾かれても攻撃し続けるのが大切でしょう!それと同じようにすればいいのです!」
冬の王とはミスランティの北部に発生する吹雪を纏う自然発生型の魔獣のことだ。圧倒的な高密度と質量を誇る王は当然ながら攻撃しようと近づくだけで弾き返される。
フィリーネも何度か討伐に参加したことがあるので、ルイーズの言わんとしていることの意味は分からないでもないのだが、どう考えてもセドリックと冬の王を同列に例えるのは違うと思う。
「ルイーズ、一応言っておきますけれどわたしは別にセドリック様を倒そうとかそういうつもりはなくて······ただ会えない理由を知りたいだけで········」
フィリーネはルイーズの妙な気迫に押されてタジタジになりながら答えた。フィリーネは別に会ってくれない婚約者に憤怒して押し掛けていくような悋気溢れる令嬢ではないし、そもそもそれほどの恋心も抱いていない。
ただ単にフィリーネの生来の優しさというか困っている人を助けたいという気持ちが作用して、何か協力できることがあればしたいというような心情であると本人は分析している。
「存じておりますとも。ですがお嬢様は宮中伯様のことを心の底から心配しておられるのではないでしょう?」
「もちろんです」
フィリーネはセドリックの体調を四六時中心配している。それこそフィリーネが普段は全てを忘れて没頭できるシエル・フルールの小説を読んでいるときでさえも、セドリックの病状を案ずる気持ちが心の中で大きな位置を占めている。
屋敷の侍女達が気を利かせて報告してくれる宮中伯邸やその執事の様子から、それほど重いものではないのだと最近は認識できるのだがそれでも、近くで快癒を祈りたい。
「それならば行くべきではありませんか?宮中伯邸の執事もお嬢様が心から頼めば受け入れてくれるはずです」
「そうではなかった場合はどうしますか?」
一度半刻に渡って嘆願したにも関わらず受け入れられなかった過去があるフィリーネは不安を感じて相談した。
「それはもう······」
「それはもう?」
フィリーネは先程の脳筋発言と同じものではあるが次こそはものすごく理知的な回答が来ると期待して復唱した。
「強行突破一択です!」
「········」
「········」
ルイーズはルイーズだった。
「大丈夫です!私もお供いたしますから。ですので、私を大船だと思って頼ってください」
しかしルイーズのその信念の強さはフィリーネを安心させるに足る材料であった。フィリーネの暗みを帯びていた深紅色の瞳に光が灯る。
しかしフィリーネが覚悟を決めかけたとき、また新たな壁がフィリーネの目の前に立ちはだかる。
「私は反対でございますよ。お嬢様がどうしてもと言うならば止めは致しませんが、ルイーズに流されて行くぐらいの覚悟であれば行かないことをお薦めします」
「リリー?」
フィリーネを全面的に支えてくれていたはずのリリーがフィリーネの覚悟を溶かすような発言をしたことに驚く。もちろん、今までにもリリーがフィリーネと違う意見をしたことはあるが、今回はそれとは毛色が違う。
今までの反対はセドリックとの初対面においてしたような他の貴族に見せる体裁を取り繕うためであったり、フィリーネが間違った方向へと進もうとしているときに正しい道に引き戻すためであったりするものだった。
だが今回のそれは間違いを正すものでもなければ、恐らく貴族の体裁を気にするものでもない。(他の貴族へ厚遇していないことを周知するためであれば、そもそもフィリーネが直接宮中伯邸に行くことをあの時から既に認めていない。どんな手を使ってでもセドリックの側から出迎えに行かせただろう)
困惑しきっているフィリーネに対して珍しく相当な早口になりながらリリーは言葉を紡ぐ。
「宮中伯様の最近の行動には不審な点が目立ちます。急な体調不良とその程度にしては不自然極まりなく長過ぎる療養期間、他にもこちらで把握していない人物の出入りなど様々にございます。下手をすればフィリーネ様にも······いいえ差出口で御座いました。とにかくお嬢様が宮中伯邸に行くというのなら、生半可な覚悟ではなく、何があっても責任を取る確固たる覚悟を決めてからにしてください」
フィリーネ様、と呼んだところでリリーは一度立ち止まると、それまでの言葉を深入りし過ぎたと謝罪して、宮中伯邸に行くフィリーネに相応の覚悟を求めた。
「リリーにそう呼ばれたのはいつ以来かしら?記憶は残ってないみたいだけどとても懐かしいわ。だけどそうね。わたしは勘違いしていました。ルイーズの言葉を根拠にしてセドリック様に会いに行こうとしていたわ」
フィリーネ様、と呼ばれた記憶を掘り起こそうとして失敗したのか、昏い目をしていたフィリーネはリリーの諫言に目を覚ましたらしく、内戦で活躍した時を思わせる意志の強い視線を取り戻していた。
そして自分の短慮を猛省する。これでは望みが叶わなかったときにルイーズを責めてしまうに違いない。だってそれは自分で決めた歩みではないのだから。
"自分で決めた道を歩きなさい"
名前も思い出せない古い友人がフィリーネにとっては遠い昔に託すように言っていた言葉だ。
流されて進んだ道に自分の求めた場所はきっと存在しないし、幸せも多分ない。友人の言葉を胸にフィリーネは自分の心と相談する。
わたしの進みたい道は·······
「わたしはセドリック様に会いに行きたいです。ルイーズの言葉に押されるがままではなくて、自分の思いとしてセドリック様のお見舞いをしたいです!」
リリーはフィリーネの決心を噛み締めるように何度も反芻すると、ただ一言「分かりました」とだけ頷いた。
「それでは私に止める権利はありません。ですがフィリーネ様、もし辛いときは私がこの屋敷に侍しておりますのでいつでもお頼り下さい」
その後しばらくして、フィリーネはルイーズを伴いバルデン宮中伯邸へと歩みを進めた。
まだこの時は、フィリーネは勿論のこと一番懸念を示していたリリーでさえもあのような事態になることは予想していなかった。
黒幕の陰謀と各人の心に深く刻まれた因縁や恐怖が複雑に、そして仕掛けた本人にも予想外の方向に強固に絡み合って、事態は急展開を迎えたのである。
デキる騎士、ルイーズの化けの皮がどんどんと剥がれていきました。リリーはもうため息です。
そして私は今日も、依空 まつり先生の「サイレント・ウィッチ 外伝」を読んでいました。没頭しすぎて、気づけば11時近くになっていたことはここだけのヒミツです。
最後に次回以降は末尾の通り、一気に一章が進みますが、もしかすると一度リリー視点の閑話を挟むかもしれません。(挟まない可能性もあります)




