激励
フィリーネはリックと会った日以降、それまで以上に表に出るようになっていた。今日は魔獣狩りの予定もどこかの農村に出かけることもないので、ルイーズとの実践形式での剣術のお稽古である。
「それでは始めます!」
一人の騎士が審判役を務めて、試合開始の合図を下した。ちなみにであるが、この空間には魔法結界が張られていて、日常行動に支障を来す以上の衝撃が加わればその怪我は魔力で代替される。
「お嬢様、参ります!いざ尋常に勝負!」
ルイーズがそう宣言すると同時に彼女の姿はフィリーネの前から消える。これこそがルイーズの必勝の戦法で、ルイーズが白馬の麗人と呼ばれるゆえんだ。颯爽と相手の認識範囲外から現れるのである。
フィリーネも手をこまねいているわけではなく、相手の出方を探るように探索魔法を展開しながら周囲を俯瞰している。
「そこですッ!」
フィリーネが小さく叫んで左後ろに刃引きした剣を振り上げた。剣にはなにか硬いものと衝突した衝撃が走る。
「そう来ると思ってました。いくら姫様が強いと言われどもこのルイーズ、同じ手を二度も使いません!ご覚悟を」
その感触の正体はルイーズが構えていた剣だ。しかもその剣は片手を使ってのみ抑えており、両手剣のフィリーネには次の行動を止める余裕がない。
「そう来ますか、わたしが思い違いをしていたようです」
フィリーネは完全に不意を突かれて、行動を間違えたというような表情になる。実際、この状況はフィリーネにとってはかなり不味い。
ルイーズはあえて昔フィリーネに負けた戦法と同じものを使うことで攻撃の指定を行い、当然次の手先を用意している。
それは魔法による攻撃である。
おそらく事前に詠唱をストックしていたであろうルイーズは魔法によって氷の柱をいくつも創り出して、フィリーネを追撃する。
「ここはとりあえず······!?そういう算段ですか、さすがルイーズの戦法です」
咄嗟にフィリーネも離れようとするがいつの間にか絡め取られてしまって逃げることができない。
「今日こそは本気で勝ちたいと思っておりますので」
フィリーネが足掻いている間にもルイーズは魔法の展開を終わらせて、後は自滅しないタイミングを見計らって発動するだけとなっていた。
もう終結だ。と騎士たちを含めて全員がそう思ったとき
「勝負ありましたね」
勝利宣言がフィリーネの手によって行われた。気づけばフィリーネの剣先がルイーズの首元に優しく傷つかないように当てられている。
いつの間にか絡め取られていたはずのフィリーネは絡め取られたことを逆手にして慣れない魔法に意識が向いているルイーズに近づき、そのまま跳躍してルイーズの後ろに回って剣ごと外したのである。
当然ながら別にフィリーネはルイーズの行動を推測して行動を起こしていたわけではない。
先の事態を想定して動くのはフィリーネの苦手とするところであり、フィリーネ自身もそのような当たるかもわからない推測に身を委ねて違ったときにあたふたするよりは身体能力と判断能力を活かして対応した方がいい。
"先を見て絶望するよりも今を解決したほうが早い"
それが勇敢令嬢の持論だ。
「勝者、フィリーネ姫様!」
騎士が改めて勝者を周知した。観戦していた騎士たちがそれに呼応するように歓声をあげる。
「姫様、どうしてあの場を逃げずに切り抜けようと思われたのですか?」
試合終了後にフィリーネに近づいたルイーズが尋ねた。理論的にはどう考えてもあそこは一旦フィリーネの得意とする風魔法で目を眩ますなりして離れた方がよい。
ルイーズも一流の騎士であり、身体能力などはミスランティ領内でもフィリーネや騎士団長に次ぐほどの人物だ。
フィリーネの方が総合力でも勝っているとはいえ、少なくともあの完全に不意をつかれた状況でわざと攻撃を選ぶ理由はない。むしろ距離を取ってから再始動したほうがフィリーネの勝率は上がるはずだった。
「それはね、単純な話よ」
「単純な話······ですか?」
「ええそう。わたし達二人には大きな違いがある······それはルイーズがわたしやミスランティを守るための剣だとしたら、わたしは救うための剣なの」
「······どういうことでございましょうか?不甲斐ないことながらこの不肖ルイーズには考えが及びません。強いて言うなら立場の違いがそうさせている、ということでしょうか?」
ルイーズは意味が分からず首を傾げた。きっとフィリーネの金言であろうものを理解できていないことに申し訳なさそうに小さくなっている。
ルイーズは頭脳が回る方だとは言っても元々の比較対象が騎士の、それも所謂脳筋という部類の人物たちの中での話である。
まあ、他の騎士達も口々にお互いに違う自分の推察を言い合っているので、この場にいる騎士達もあまり分かっていないのだろう。(ちなみにリリーは別である)
「半分くらいは正解です。ルイーズは護衛騎士をしているからか常にいつでも後ろに戻れる姿勢を整えています。とても殊勝な心がけだとは思いますが、それでは同格以上の相手から護衛対象を守ることはできても、相手に勝つことはできません」
「そういうことですか。確かに力量が互角な一つを求める人間と二つを求める人間が戦えば一つのほうが圧倒的に有利ですね。一つが共通していればなおさら」
ルイーズはフィリーネの噛み砕いた説明で理解した。守るための剣はフィリーネのような守られる側もしくは守るものが近くにない側の剣と同じ目的のみでぶつかったときには勝ちきれない。
「ごめんなさいね。本当はもっと早くに指摘してあげたかったのですけれど、これまではお母様の護衛も兼任していたから······ほら、文官の母様を守るためにはその両面の構えのほうが本来の目的を遂行する可能性が上がりますから」
ただし、護衛騎士の場合はそちらが優先である。いくら相手を倒せても、その間に護衛対象をやられてはなんの意味もないし、それは護衛にとっての負けである。
なのでフィリーネや騎士団長、それにリリーは既にルイーズの癖に気づいてはいたが、今までは誰も護衛を守る構えを変えようとはしなかった。
「だけど、今はわたしの護衛騎士になりましたから、むしろ攻撃の剣で相手を倒してくれたほうがいいのです」
つい数日前にルイーズはフィリーネの専任護衛騎士となった。理由は詳しく明かされていないが、騎士団に余裕ができたことや極力増やしたくないフィリーネへの接触者、フィリーネとセドリックの婚約による王の懐刀の暗躍の危険性など様々があると思われる。
とにかくフィリーネは自衛くらいは自分でも十分にできる。更に言えばリリーという側に控える最強の侍女がいるからにはフィリーネを直接守るよりも、相手を減らして間接的に貢献するほうがいい。
「それにわたしはルイーズは前に出て戦うほうがルイーズの良さを引き出せる気がしているの」
フィリーネはさながらどこぞの人誑かしの魔女のようにルイーズの手を握って上目遣いをした。残念なことに完全な無意識の行動であり、更に言えば上目遣いは身長差のせいでかっこよさを作れないというもっと残念な理由がある。
「私の長所ですか?」
「ええそうよ。ルイーズは後ろで控えているよりその膂力を全面に出して前線を引っ張ってくれた方が士気を上げられるわ」
勇敢令嬢と呼ばれる契機となった先の内戦で誰よりも前線で戦って味方を鼓舞した経験のあるフィリーネには、前線で引っ張るのに必要な素質が少しはわかる。
ルイーズには長身のおかげで騎士達がひしめく戦場でもルイーズの所在が分かる。さらに指示を通すための周囲によく通る大きな声が出せる。
つまりは自分の指揮官が前線で諦めずに戦っているのだ!という事実を味方に植え付けることができるのだ。
そして何より必要な絶対に退かない強い信念をルイーズは持っているので、前線の指揮に向いていると思っている。
その他にも理由はあるが総じてルイーズは前線に相応しいというのがフィリーネの意見だ。
「私にできるか不安はありますが、できる限りがんばろうと思います。戦争が起こらないことを願っていますが、今の状況ではどうなるか分かりませんので」
フィリーネがいかにルイーズが指揮官に向いているかを力説したからか、ルイーズは挑戦を決めた。
「そういえば······今日はなんのお話をする予定だったのでしょうか?相談したいことがあると伺っていたはずなのですが······」
ルイーズが思い出したように口に出した。
「ええっと······なんでしたっけ?忘れました」
フィリーネは少し考えて、思いつく兆しがなかったためあっけらかんと言った。わからないものはわからないのだ。
「宮中伯様の状況を確かめるためにどうしたらよいのか、というのをルイーズに尋ねたいと今日の朝に仰っていたではありませんか、お嬢様」
侍女としての単独の仕事を終らせて、訓練場に来ていたリリーがフィリーネに助け舟を出す。
「ありがとう存じます、リリー」
「以前も言いましたが最近、弛んでいますよ」
リリーははぁとため息をつく。フィリーネはこのあとお説教が来ることを直感したが、あとのことは後回しにしようと思った。
「私に意見を求める、ですか?」
「はい!ルイーズの意見を教えてください」
「それはもう······行ってみるしかないと思います!」
何度も言うが、ルイーズは脳筋の中の頭脳派である。つまり脳筋なのである!
ちなみに一対一の模擬戦ではルイーズに負けますが、本当の戦場ではリリーが勝ちます。
(追記:明日改稿するかもしれません。今日は時間ないので······遅くとも共通テストまでには)




