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会えぬ日々 その3

 挨拶が済んで、軽く最近起こったことについての世間話を交わすと、フィリーネ達は本題に入る。


「お嬢様、まずは服が体格にあっているかの最終確認をさせていただきます」


 それすなわち、服の着替えである。リリーは殿方は別室で紅茶でも楽しんでいてください、と二人を追い出した。


 毎度ながらとても雑な追い出しだとフィリーネは思うのだが、もはや恒例となったこの追い出しを気にする者もフィリーネ以外におらず、それぞれ静かに自分の仕事の準備をしている。


 なのでフィリーネもそれに倣ってリリーとマルガレットが協力して購入予定の服を持ってくると、フィリーネは誘導された場所に立つ。


「ワンピースを着ていてくださったのですね。手間が省く配慮をいただきありがとうございます」

「いえいえ、朝に着替えたものをそのまま着ていただけですので」


 貴族が着る服は普段着でも着付けに時間がかかるものが多い。もちろん、脱ぐときもそれなりの時間はかかる。


 いくら貴族といえど、よほど財力を誇示したいか馬鹿な貴族でもなければこの国では着た服を直ぐに捨てることなどありはしない。


 少なくともミスランティ辺境伯領では服にお金を無駄遣いして税金をドブに捨てるくらいなら、領民が暮らしやすくなるように道を整えたり、井戸を整備したり、騎士団では手の回らない地域への冒険者の派遣を行う。


 というわけで複雑な部分も切って外すなど許されるはずがなく、なかなか面倒な作業が必要となるのだ。その反面、お仕着せのワンピースならば両手を上げてすっと持ち上げればいいだけであり、その違いは一目瞭然だろう。


「それでは始めますね。サイズは合わせておりますが、もしも締まりがきつかったりした場合は遠慮なく申し付けください」


 そうしてフィリーネはおしゃべりに興じながら、大人しく着せ替え人形に徹した。


 四人だけになった部屋ではガールズトークの花が咲く。話の種は恋愛や季節の時事ネタ、美味しい食べ物だ。

 特にマルガレットはいくつもの貴族家に関わっていて、令嬢達と会話をすることが多いせいか、ミスランティの恋愛事情にもかなり通じている。(流石に現在のものではなく、少し前のものやミスランティ以外の話である)


 フィリーネ自体は恋愛というものを体験したこともなければ体験することもないと思っている。あくまで彼女にとってセドリックとの婚姻は恋愛の相手というよりも家族になる人物という印象だと自分では思っている。


 とにかくマルガレットの軽妙な話術のお陰で退屈することもなく、着せ替えを楽しむことができたのだった。




「お嬢様、私がいくつか見繕ってはおりますが、お嬢様のお目に止まったものはありますでしょうか?」


 服の試着も全て終わって、リリーがフィリーネが購入したいものを尋ねた。今回オスヴィンの呉服屋が持ち込んだ服の中には当然ながら、フィリーネのためだけにリリーとカナリアの采配で作られたオーダーメイドの服もあるが、半分近くはフィリーネのことを意識した上で自主的に製作したものである。


 フィリーネ達は良いものがあれば当然買うが、別に購入の義務があるわけではない。


 かといって呉服屋の側も損の可能性を負って、わざわざ製作しているわけではない。


 売れなければ裕福な平民の市場に売り出すし、そうでなくともフィリーネのお墨付きを貰えればミスランティの他の貴族に購入させることもできる。


 とまあどちらにも利益のある取引だ。


「私はこれとこれ、それとそちらも欲しいです」

「承知しましたお嬢様、それではあとは私達で商談を行いますので、終わるまでリック様と歓談していてください」


 フィリーネは購入したい服を三着ほどピックアップするとオスヴィンと入れ替わるように部屋を退出して、リックのいる控室に向かった。



「終わりましたか、フィリーネ様」

「はい!いつものことながらオスヴィンの呉服屋の作品はとても完成度が高く上質なものですね」


 フィリーネは久しぶりに会うリックとの会話にルンルン気分であり、へにゃりと笑った。


「お褒めいただき、作ったのではないにせよ光栄です。この言葉は必ず職人にも伝えておきましょう。ところで、宮中伯とは剣術のお稽古はなされましたか?」


 リックは自分が教えたことが役に立ったか不安なのか、早速質問をした。同時にフィリーネの表情はこれまでの期間ほどではないにせよ、憂いを帯びたものになった。


「それはですね······実はあれからまだセドリック様とは会えていなくて······手紙のやり取りは続けているのですけど、セドリック様がご病気だそうで······」

「そうでしたか······」


 フィリーネの顔に浮かんだ心情に、なんのわけか罪悪感があるような表情をリックはしていたが、下を向いていたフィリーネは気づかない。


「いくらわたしが固執していないとはいえ、セドリック様はハドール侯爵家で、ミスランティ辺境伯家とは敵対関係にありますから、わたしは嫌われているのかもしれないと最近は思うのです」

「それは違うと思います!!」

「うひゃっ!?」


 急に身を乗り出して声を大きくしたリックに、フィリーネは驚いて淑女らしからぬ声を漏らす。普段ならばその反射神経で回避行動をとったのだろうが、今のフィリーネにはそのような余裕はなく、ただビクッとするだけだ。


「あぁ、すみません」


 咄嗟に声を出したことを謝罪する。フィリーネにとってリックとセドリックは商売上の繋がりがあるだけで、それほど深い糸はない。

 なので、どうしてリックがそこまで強く動いたのかがフィリーネには理解できなかった。


「宮中伯はむしろフィリーネ様のことを大切に考えているのだと思います」

「どうしてですか?」


 フィリーネの視点ではセドリックは病気という理由で長い間会えず、挙げ句の果てにお見舞いにさえ行けていない状況では、大切に考えられているとは思えなかった。


「大切だからこそ離れていてほしいと思ったのではないでしょうか?少なくとも私はそう思います」


 そういうことか、とフィリーネは合点する。大切だからこそ病気をうつしたくないと考えて面会を断っているのだとフィリーネは考えた。


 そう考えれば今まで嫌われているからこそと思っていた会えないことも、逆だと思える。フィリーネはそう解釈した。


「ごめんなさいね。いつもこんな暗い話ばかりして」

「滅相もありません。私はフィリーネ様のお役に立てて、それだけで嬉しゅう存じます。ところでフィリーネ様は小説をお読みになりますか?」

「読みますけれど······それがどうかいたしましたか?」


 フィリーネは首を傾げた。以前に誰かから貰った髪飾りがさわさわ、ふわりと上品に音を立てて揺れる。


「実は······落ち込むフィリーネ様の慰みになればと思いまして、何冊かではありますが小説を持参したのですよ」


 そうしてリックは近くに置いていたリックの私物の箱から、数冊の本を取り出した。


「これは?」

「シエル・フルールの小説です」

「シエル・フルール!わたしの大好きな小説家です!」


 気にかけてくれたことへの感謝とともに困惑の色が見て取れたフィリーネだったが、その小説の作者の名前を聞くと途端にテンションを急上昇させた。


「はい。存じております。しかし最初期の作品はお持ちでないとリリー様より聞き及んでおりましたので」

「本当ですか!シエル・フルールの一番古い時代の作品ですか!?」

「ええ、ほとんど写本もされていない、私の前の雇い主が贈ってくれたものです」


 シエル・フルールの活動初期の作品はほとんど発行されていない。最近の作品でこそ、連載されるほど人気となって写本が出回っているが、初期の作品は出版すらされなかったものも多いという。


「嬉しいです!読んだら返しますね。このお礼は後々きっと······」

「私はフィリーネ様の笑顔を見れただけで幸せですよ」


 そんなわけでフィリーネは最低でも本を読み終わるまでの元気の源を手に入れた。リックの優しさがとてもフィリーネの身に沁みる。


 ちなみにフィリーネは読まずに置いてしまったシエル・フルールの直近の連載作の話だが、その終わりに書かれていた結びの言葉は


"幸せを知るからこそ人は苦しむ。幸せにふれることがなければ傷つくこともない。しかし他方で幸せを知らぬということは味気ない平坦な道を歩むだけ"


だった。

依空 まつり先生の「サイレント・ウィッチ」と鴉ぴえろ先生の「転生王女と天才令嬢の魔法革命」を一日中読んでいました。少しだけ読むつもりが気づけば夜も終わりかけ······共通テスト前なのに、とほほな私です。(でも後悔はない)


仕方がないので、今からpixiv様に投稿する予定の短編を書き終えてから寝ます。(明日はきっと勉強するのです。きっと、おそらく、多分······)

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