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会えぬ日々 その2

「お嬢様、今日は予定がありますのでお外に出られませぬよう」

「わかったわ」


 朝食が終わって部屋に下がろうとしたとき、執事がわたしにそう伝えた。

 最近は気を紛らわすために馬に乗って人のいない山道を駆けたり、騎士を連れて山に入って狩りをしたりしていたから、外に出てしまうことを懸念したのだろう。


「それにしても今日は予定なんてあったかしら」

「お忘れになったのですか?昨日の夜にしっかりとお伝えしましたのに」


 リリーから伝えたと告げられるが、さっぱり記憶がない。

 わたしは思い出そうと頭を捻らせたけど結局思い出すことはできなかった。


 最近、なーんか調子が悪いんだよね。

 昨日の狩りでも動きの遅い魔獣を仕留め損ねちゃったし、今日も予定を忘れちゃうし


「まあ事が始まればすぐに分かるでしょうし、特段の準備も必要ないですから無理に思い出さなくてもいいですよ」

「そう。それじゃあお言葉に甘えるとさせていただくわ。服はこれでいいの?」


 わたしは今、とても来客用とはいえない利便性重視の淡色のワンピースを着ている。


 量産型の、いわゆるお仕着せというやつだ。


 この服の動きやすさをわたしは気に入っているのだけれど、来客があるならもう少ししっかりとした服を着たほうがいいのではないだろうか。


「普段ならそうです。でも今日はむしろそちらの方が扱いやすくていいのですよ」

「扱いやすい?」


 意味がわからずにおうむ返ししたわたしにリリーは微笑みながらうなずいた。


「まあいいわ。それじゃあわたしは屋敷の書斎で本を読んでいますから、時が来たら呼びに来てください」


 わたしは記憶を探そうと試みるのを諦め、最近読みそびれていた謎の小説家、シエル・フルールが書いている貴族少女向けの月間連載の雑誌を読むことにした。


 貴族の恋愛を描いたフィクションストーリーで、家族に愛されなかったことで心を閉ざしてしまった学院の教師ウィリアムと、元は由緒ある高位貴族だったが、親が政争に負けて没落した貴族少女クレアの恋愛物語である。


 ウィリアムの悲しい過去がその行動原理にも深く根差していて、クレアにも冷淡に当たるのだが、時には教師らしい教え子への気遣いや時折見せる爽やかな素の表情がなんとも美しくて、クレアの方も自分も苦境におかれながらもなけなしのお金で孤児院を運営していたり、苛められている他の学生を助けたりするような人物だ。


 クレアがウィリアムの悲しい過去を浄化していって、段々と恋愛として成熟していく様子もとても魅力的で応援したくなるのだ。


 今月の話は幸せな学院でのクレアとの触れ合いを着火点としてトラウマを掘り起こされたウィリアムが、クレアを拒絶してしまい、お互いがお互いの言動を振り返って苦しみ後悔するという少し悲しい話だった。


 シエル・フルールの書くお話はただ夢見がちな幸せを描くのではなく、こういった悲しさだったり不条理だったりの世界観を作ることも多いことは分かっていたけれど、今のわたしの心理状態には強く堪えた。


「やっぱり幸せはそんな簡単に訪れないのかな」


 思わずぽろりと弱音がこぼれる。

 普段であればこのような話にこそフルールの書きたいことが詰まっているような気がして深く読み込むのだけど、今日ばかりはそんな余裕もない。


 わたしは終わりの最後の部分をどうしても読めずに、子供の頃に()()から贈られたしおりを挟む。


「お嬢様、もうすぐ到着するようです。きりの良いところまで読み終わられましたら出てきてくださいますよう」

「はい。もう少ししたら出てきます」


 わたしはリリーに感情を悟らせて心配をかけないように、できるだけ明るい声を装って答えた。

 もっともリリーは誰よりもわたしの人生を長く側にいてくれている人だから、既に勘付いているのかもしれない。



 わたしは知らぬ間に頬を伝おうとしていた塩味のある液体をハンカチで拭う。

 そして、心を落ち着かせてから部屋の扉を開けた。



 リリーに連れられて向かった先は一般の応接室ではなく、服飾関係の用事で使われる部屋だった。

 そこでわたしはようやく理解した。


「ごきげんよう、オスヴィン、マルガレット」


 わたしは呉服屋の主人と裁縫を担当する婦人の二人に挨拶をした。


「フィリーネ様に置かれましてはお元気そうで何よりでございます。この度は以前に仮縫いを致しました冬の服をお持ちしました」


 オスヴィンが恭しいお辞儀に続いて、マルガレットも挨拶をする。


 そういえば一度目の逢瀬の前に受け取ったドレスと一緒に冬用の服の採寸や仮縫いをしていた気がする。今日はその服を試着して購入するのだろう。


 そこでわたしははたと、リックがいることに気づいた。


「リック?」

「そうでございます。連れてくる予定はなかったのですが、リリー様からの要望がありましたので、今日は特別にお連れいたしました」

「リリーから?」


 オスヴィンは頷いた。わたしが驚いてリリーを見ると、リリーはいたずらが成功した少女のように小さく微笑む。


「少しでもお嬢様の気が晴れたらと思いまして」

「そうでしたの。ありがとう」


 フィリーネは天真爛漫な笑顔を振りまき、リリーの気遣いに心がとても温まる。


 それと同時にこの顔を知ってる、とフィリーネは心の中で呟く。誰のものだったのかは分からない。大切な人のものだとは理解したけれども今はまだ思い出せない。


 思い出そうと試みてはみたものの、リリーに「お嬢様?」と呼びかけられたことで深く考えをまとめる暇もなく、現実の世界へと帰ったのだった。

予告詐欺すみません。

リックの場面がほとんどありませんでした。

次回は登場します。

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