会えぬ日々 その1
あれからフィリーネはただの一度もセドリックと会うことができぬままに、三度も風の日を過ごした。
季節は晩秋もいよいよ終のときが近づき、気づけば既にリックから購入した白いマフが手放せなくなってきている。
あの風の日から三日目以降、ルイーズの提案に乗って毎日手紙を書くようにした。
"体調はいかがですか?わたくしの方は今のところ病気にもかかることなく元気に過ごしています。今日はミスランティ領の山奥で採取された万病の薬とされる果物を贈ります。一日も早い回復を待っております"
"そろそろ秋も終わりに近づいてまいりましたね。ディアラドでは中央公園に咲いていた大カエデの紅葉が一番の盛りを迎えて、とても美しく色づいています。残念ながら今年は逃してしまいましたが、来年は一緒に見に行きましょうね。一枚、わたくしの手のひらに綺麗な紅葉が落ちてまいりましたので、それを添えます"
"今日はミスランティを象徴するエルダーフラワーの剪定式に参加いたしました。木の幹から染み出る薫りはとても良い匂いでございました。剪定で切り落とされた枝をわずかばかり同封いたしますので、よろしければ飾ってください"
"初雪が降りました。今はまだリコリス山の山頂付近を白く染めただけですが、もう少しすれば平地でも雪が降り始めるでしょう。そうなると一段と寒さが増しますので、病身には堪えると思います。今日は身体を温める薬草を付け届けさせますので、摺り潰してお湯で溶かしてお飲みください"
このようにセドリックが知ることができないミスランティの出来事を手紙に書き記して、病気を治すのに役立ちそうなものや家に閉じ籠もっていて飽き飽きしているであろうセドリックが外の気分を味わえる植物を付属させて送り続けた。
幸福は病を治すのを精神面で手助けしてくれると言うし、少しでも退屈を紛らわせる材料になってくれたら幸いである。
それでも最初は手紙も代筆のものが来ていたのだけれど、段々と手紙を書ける状況になってきたのか、おそらくセドリック様の直筆とみられるそれまでとは違った筆跡で手紙が来るようになった。
セドリック様は筆不精なのか代筆のときよりも文が短く、言葉も無愛想なものだったけどわたしとしてはセドリック様が元気になったと知れるだけで嬉しい。
この調子ならば次の週にはセドリック様と風の日を過ごせるかもしれない。
そう思っていたのは会えなくなってから一週間と四日後のことだった。
しかし、冒頭に記したようにフィリーネはセドリックと、その次の週もそのまた次の週も会うことができなかった。
病気のことを聞こうにも、宮中伯邸からは体調が優れないの一点張りのままで、手紙にも体調についてはほとんど触れられていなかった。
その気になれば、手紙の中で消息の説明を催促することもできはするのだが、とてもそんな責めるような手段は取れない。
必然的にセドリックの側から報告が来るまではフィリーネはただ待つより他になかったのである。
手紙を送り始めてから、わたしは毎日夜明けとともに目を覚ましてから手紙を自ら取りに行った。
本来は安全面などを考慮してリリー達侍女か執事が先に開封したあとにわたしのもとに渡ってくる。
わたしが自分で取りに行くなんて不注意も甚だしいのだけれど、最近はリリーかルイーズが同伴する場合に限って許可してくれている。
今日も夜明けの頃に目を覚まして、それより早く目を覚ますリリーを伴って屋敷の門のそばにいく。
そこには門の内と外の両方に繋がる小さな箱がある。
これは魔法具の箱だ。
民家においてある受け取り箱とは違って、鍵を持っていないと入れることも出すこともできない。
そして中身が入っているのかどうかも箱の色で識別することができるという優れものだ。
今日は赤色なので中身があるようだ。
「お嬢様、鍵と検査薬です」
リリーが手渡した。
検査薬は手紙に毒が混入していないかを確認するためのものだ。
念の為に備えて必ずやるようにと念を押されている。
セドリック様がわたしに毒を使う可能性はないと思いたいけど、万が一があるし、他の人が何らかの手を使って入れている可能性もあるからだ。
わたしは鍵を開けて箱の屋根を上げた。
そして中に触れることなく、検査薬を振りかける。
「毒はないようです。取り出して構いません」
リリーの許可を得てわたしは手紙を取り出した。
手紙を取り出してすぐに、封を切って文章を読む。
今日こそはセドリック様の消息が書かれてはいないものか、と期待を胸に確認したのだけど、いつものように当たり障りのない会話が続くだけで何も書かれていない。
「それでは戻りましょうか」
わたしの表情から内容を察したのか、リリーは詳しく聞こうともせず部屋に戻ることを催促した。
慰めの言葉などはない。
始めこそ「明日は宮中伯邸から何か説明があるかもしれません」と励ましていたリリーやルイーズもここ数日は口にもしなくなった。
無言の慰めというものなのかもしれませんね。
言葉で表しても表面的なものか、根拠なくわたしを期待させてその後に落胆させるものにしかなりませんから。
「そうね。そろそろ戻りましょう。今日の朝食は一体何なのかしら。冬は果実が多くて楽しみね」
ミスランティの冬は他の場所とは違って果実が実って収穫期を迎える。なので食卓にも豊富に果実が並ぶのだ。
わたしは辛い気持ちをしまって、リリーに笑いかけた。




