異変
今日はセドリックがミスランティに訪れてから2回目の風の日、つまり二回目の逢瀬である。
慣例に従って今回はフィリーネがセドリックを迎えに行くことになっているので、バルデン宮中伯邸へとやって来たのだが·······
「今日は会えない、ですか」
「左様にございます。遥々お越しいただいたところ申し訳ありません」
困惑と驚きを混ぜたような表情のフィリーネに、白い髭を優雅に生やしたセドリックの執事は肩身が狭そうにして謝罪した。
「理由をお教えくださいますか?」
「実は······若君は体調が優れぬそうでございます」
体調不良にしては言いにくそうな感じで執事はフィリーネに告げた。
なんとなく引っ掛かったフィリーネだったが、もしかすると連絡が遅れたことを後ろめたく思っているのかなと思い、深くは問い詰めはしない。
「ですので、こちら側が指定しておきながら失礼ということは重々承知しておりますが、今日の逢瀬は取り止めていただけるとありがたく存じます」
前言撤回、王命で定めてわたしを縛っておきながら、セドリック様側が中止することに対する不義理感のようなものかもしれない。
「分かりました。ですが会うだけでも叶いませんか?外に出ることは能わずとも、御見舞いのお言葉をお掛けしたいのです」
執事は首を縦に振ってはくれなかった。
フィリーネは会うだけでも、と食い下がったのだが、とても強固な決意があるようで執事は一向に許可を出してはくれなかった。
「あなた様のご厚意には感謝いたすばかりですが、それでも認めることはできません。病の時には一人で静かに過ごすことをお好みになられます。何にもならないものでございますが、この度は私の老いた顔に免じて引き下がっていただきたく存じます」
そう言われてしまってはフィリーネは引き下がるしかなく、会うことを諦めて帰途に着くことにした。
心配だなぁ、何か重い病気だったりしなければいいんだけど
屋敷へと戻ったあともフィリーネは悶々としていた。
執事は幸い重いものではないと言っていたが、その重くない体調不良であのセドリックが王命に記された文言を崩すとはとても思えなかった。
もし逢瀬の中止するのだとしても、フィリーネが到着したあとならば自分で伝えようとするだろう。
それができないほどに重い病か伝染病なのかもしれないと考えてしまう。
「お嬢様、紅茶はいかがですか?難しい顔をしておられますよ」
「ありがとう」
考えるあまりリリーが心配するほど難しい顔になっていたらしい。
一度落ち着こうと思って、お礼を言うと淹れてくれた紅茶をすすった。
厳しい冬を越えたミスランティ領の茶葉特有の甘味がフィリーネの口の中を満たした。
「ねえリリー、セドリック様の御見舞いをしたいのだけど、会わずに、それでいて気持ちが伝わる御見舞いはないかしら」
紅茶を飲んで落ち着いているうちに、御見舞いは何も必ずしも対面でする必要はないことを思い出した。
「そうですね······それでは栄養のある果物や病に罹ったときにミスランティでよく使われるカーフを作って差し上げるのはいかがでしょうか?」
「カーフですか?」
カーフとは病で食欲が失せていても食べられるように作られたお菓子で、静かな甘さがある。
そして大事なのがカーフは家族や親しい人物が病気の人を気遣って作るものだということ
つまりフィリーネも手作りしなければならない。
お菓子作りだけでなく食事を作るという行動そのものを苦手としているフィリーネは少し顔をしかめたが、リリーに「手伝って差し上げますから」と励まされたことですることになった。
「分かりました。それではその間に風邪を引いていても食べられる栄養価の高い果物を買ってきてくれるように頼んでおいてください」
「ルイーズ、侍女長に連絡を。お嬢様、わたしは厨房の使用許可をとって参りますので、それまではこちらでお待ちください」
部屋を出ていったルイーズに少し遅れて、リリーが厨房に向かった。
その後、材料確認を済ませたリリーに連れられてフィリーネは人生三度目の厨房に足を踏み入れ、悪戦苦闘しながらも何とか病人に食べさせるに足るカーフを作ることができた。
そのカーフは冷めやすいので、温度保管の魔術具にて厳重に守られて他の侍女が買い出した栄養価の高い果物と共にセドリックの元へと届けられた。
これで少しでも好転してくれればと祈るフィリーネだったが、その次の週もそのまた次の週もセドリックとの逢瀬が訪れることはついになかった。




