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舞台裏 燻りゆく火種

 ここは夕暮れ頃のリアステア城内


 いつもとは違う時間帯に講義を受けているテオドラは集中力が続かなかったのか、物憂げな表情をして言った。


「ソフィア、姉上はもう行ってしまわれたのですか?」

「はい、若様。ですので、ご集中ください」


 カヴァネスのソフィアは頷き、勉学が手についていないテオドラを嗜める。


「ソフィア、日が落ちてしまっています。昨日よりも一分早いです。どうしてですか?」


 集中していないからこそ出る言葉なのだが、ソフィアはよく気づいたものだと感心する。


 テオドラのこういう観察力の鋭さと興味関心の強さが聡明で次期領主にふさわしいと言える由縁だ。


「季節が冬に近づいていますから」

「ミスランティ以外でもこうなのですか?」

「はい。私の故郷は南に近いので、こちらに比べれば日没は遅うございますが、冬に近づけば同じように日の暮は近くなりますよ」


 実は彼女はミスランティ辺境伯領出身ではない。


 元々は王都の出身で、反乱によって自分の実家が取り潰された際に家族ぐるみでの繋がりのあったエーレンフェスト侯爵が遠縁の親族として匿い、さらにはゆく宛のなかった彼女をカヴァネスとして雇った。


 その後、教えていた子供が王都にある近衛騎士養成のための教育機関に入ったことでお役御免となり、侯爵の紹介でテオドラのカヴァネスになった。


 元来の付き合いの良さに加えて、次代からは王国の一員として王国内で地位を高めるための方策の一環だ。


「そなたはエーレンフェストの出身であったな。閣下の領地はやはり美味しい果物があるのだろうか?」

「果物、に御座いますか?」


 ソフィアはキョトンとしている。


 セドリックがもしここにいれば、この唐突な部分がもっとも似ていると感じることだろう。


「そうです。姉上は甘い物を好んで食されますから」

「そうでしたか。甘い果実は確かに侯爵領のほうが多いかもしれません。南の方角では果実はよく熟れますから」


 北方にあって例外を除けばほとんど甘い果実をつけないミスランティの果樹と違い、王国の中部にあるエーレンフェスト侯爵領では様々な果実がちょうどよく実る。


 最南端の町にあるという太陽の果実マンゴーやミスランティの魔法樹に実るミルパの実のような最高級な果物はミスランティとそれほど変わらないのだが、甘い果実は総合するととても多い。


「いつか姉上に贈りたいのだがソフィア、取り寄せられますか?」

「もちろんで御座います。今はちょうど侯爵もいらっしゃることですし、特上の品をお取り寄せしましょう」


 テオドラは姉とまた面会する理由ができたことに喜ぶ。


「それでは頼みます。とはいえ南に行くと実りが良くなるのはどうしてなのですか?」


 ソフィアは地理に関する講義の意味を込めて答えた。


 明らかに今の話題に必要でない地形の話などを果実の実りというテオドラが興味を持った観点を織り交ぜて教えることで覚えが良くなるようにした。


 集中力を欠いていたテオドラだったが興味のある話題になったことで熱心に質問をしながら聞き入り、その地頭の良さでみるみるうちに内容を覚えていく。




 講義も終わりに差し掛かった頃、ずっと気になっていたことを質問するような素振りでソフィアが尋ねる。


「そういえばフィリーネ様はお元気そうでしたか?王命が王命ですから心配していたのです」

「姉上は元気にしておられました。宮中伯も思っていたよりは優しく、政略結婚の相手には相応しいと言っておられました」


 テオドラは姉の幸せを喜びつつも、自分は会えないのにいつでも会うことができるセドリックに嫉妬するような表情で言う。


「そうですか安心いたしました。ミスランティの貴族たちの中にはフィリーネ様を害することによって王命の根本的破棄を狙う輩もいられるそうですから」

「どういうことだ。詳しく教えよ」


 その瞬間、テオドラの目が途端にまるで猛禽類が獲物を狙うかのごとく鋭くなった。


「······ご安心ください。確信的なものではなくて、そういう兆候が見えるというだけです。そういったどうしようもない過激派はレプトン伯爵や辺境伯が抑えているようですから。むしろ危ないのは宮中伯様の方にございましょう」


 ソフィアは予想以上に強い反応に気後れすると同時に、これを言ったのはまずかったかもしれないと思って誤魔化すように取り繕う。


「宮中伯が?」

「そうです」


 ソフィアはフィリーネからテオドラの思考を外そうとして大きく首を縦に振る。


「宮中伯さえいなければ王命をどうにでもできると考えている貴族は多いのです。王の懐刀は厄介ですから」


 ソフィアはひと呼吸おいた。


「私もありだと思っています」

「何を言う!ソフィア!」


 テオドラが咎めるように大声で叱責する。


 当然、抑える側に回ると考えていたソフィアが仮にも辺境伯の息子を炊きつけるような言動をするのだからそうするのも当然だろう。


「殺すべきではないと仰せですか?しかし王の懐刀はおそらくこの領地を崩すために来ているに違いありません。それにフィリーネ様が危険に晒されている件は宮中伯がいなくなれば全てが解決するのです」


 ソフィアは段々と語気を強める。


 それは一種の怨念が混じったような感情で、その振り切れた感情は幼いテオドラを篭絡せんがごとく降り注ぐ。


 テオドラは考えた。あの心優しい姉が自分のためだと言ってセドリックを殺したときに喜ぶことがあろうかろうか。


 いや、喜ぶはずがない。


 彼女も自分の責任を感じるはずだ。


 それに先程フィリーネがこの部屋にいたときに見せていた楽しそうな表情


 セドリックとの話を楽しそうに語るフィリーネのことを思い出せば、とても認められない。


 そうして、落ち着きを取り戻すために大きく息を吸った。


「そのようなことをすれば姉上は悲しまれる。それに姉上は宮中伯のことを少なからず好意的に受け止めておられるようだ。何かあれば父上が対応してくださるでしょう。今は父上に任せます」


 テオドラは誘惑に打ち勝った。


「そうですか、理解しました。·······それは本当に良かったです。若様が多少のことでは動じない強いお心をお持ちで」


 険しい表情が一転して、先程とは別人にも見えるほどの笑顔に変わったソフィアに、彼女の意図がわからずにテオドラは目を点にした。


「ソフィア、私を試したのですか?」

「失礼ながらそうさせていただきました。大領の領主になるお方が甘言に惑わされるようでは不足ですので」

「そうだったのか·······」


 テオドラはひどく安心して体の力が抜けるのを感じた。


 その時、部屋をノックする音が聞こえる。


「若様、夕食の準備が整いました」

「承りました。講義を早急に終わらせ、向かうとバトラーにお伝えください」


 ソフィアが今は下がっている侍女の代わりに答えた。

 そうして、今日の講義のおさらいを手早く終わらせる。


「それでは向かいましょうか」


 テオドラは夕食に向かった。


 心のうちには発火を避けたものの燻る火種があった。

次回は本編に戻ります。


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