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エピローグ 本当の笑顔

園城の活躍もあり事件は解決。そして『フェアリーズ・ガーデン』の表彰式も滞りなく行われました。果たして優勝者は誰だったのでしょうか? そして園城と五味の関係はどうなったのでしょう。

 今回を持ちまして『もえない、ごみ』は最終回となります。

エピローグ 本当の笑顔


「ほらあ、その木材こっち持ってきてー。ああ、違うそれはこっち、なにやってんのよ小山君!」

 てきぱきとクラスメイトたちに指示を飛ばす委員長の声が教室中に響き渡る。文化祭に向けて準備が急ピッチで進められていた。教室では至る所で生徒たちが作業をしている光景が見受けられる。メイド服を裁断している者。教室の内装を整えている者。業者と食材の交渉を電話でしている者。そして、教室の隅の方でなにやら作業しているのは園城と五味だった。

 そんな園城と五味を見ながら、意味ありげな笑みを口元に浮かべて委員長が呟く。

「最近、あの二人仲が良いねー」

「昼飯を一緒に食っているところも何度か見たぜ」

 小山も木材を抱えながら意味ありげな笑みを口元に浮かべる。

 その二人の視線の先に居る園城と五味は文化祭で使うメイドカフェのメニュー表を作っていた。

**

 園城は顔面バンソコウだらけで、至る所が腫れており、原型が分からないほどだった。だが、あの壮絶な格闘の後、翌々日にはこうして学校に来ているのはさすがの気力と体力だと言える。

「五味、その『メイドさんのお絵かきオムライス』はこっちの通常メニューに書く方が良くないか?」

「なるほど。じゃあ、『メイドさんとのパチスロゲーム』とかのゲーム系は特別メニューにしよう」

 意外に几帳面な字で着実にメニュー票を仕上げていく五味を見て園城はふと言葉を漏らす。

「五味。意外に上手いな。『フェアリーズ・ガーデン』の手書きポップも五味が書いていたのか?」

「まさか! あれは店長だ。あんなナリをして可愛らしい字を書くんだ」

 と即答してから五味は園城の顔をまじまじと見つめる。そして何かに気が付いたようにはっと表情を変えると視線を床に落とした。

「……ごめん。嫌なことを思い出させてしまった」

「いや、それはお互い様だろ……」

 園城も気まずそうに視線を下に落とす。そんな園城を見て五味はふと思い出す。

 一昨日の一連の出来事を。


**

 園城が店長と激しいバトルを繰り広げたその後、この事態を受けたコンテスト運営陣は、「表彰式は中止する」との判断を下した。現場の長である店長の不祥事。そして眠らされたメイドたち。これでは表彰式は開催できない、コンテストはここで中止にするという判断を下したとしてもそれは仕方がないことだと言える。だが、それに待ったをかけたのが他ならぬ園城だった。

「ちょっと待てよ。ここで中止にしちまったら、それこそ店長の思惑通りなんじゃねえのか? 『フェアリーズ・ガーデン』の失敗をお客さんたちに印象づけてしまうんじゃねえのか?」

 『フェアリーズ・ガーデン』に何の関係もない園城ではあったが、激しい打撲に顔を顰めながらも直訴するその光景が、コンテスト運営陣たちの心に届いたのだろうか。それから再審議の後に、結局表彰式はメイドたちが眠りから覚めるのを待って、予定より一時間遅れの十八時から開催されることになった。

 むやみなショックを与えたくないという配慮から、メイドたちには店長の行ったことを表彰式が終わるまで伝えないことになった。うっすらと何かに気が付いていたのはアネゴだけだったようだが、その間何も感じさせないように振る舞っていたのは、さすがの胆力だったと言えよう。

 園城は救急車で病院に連れて行くという、五味パパの忠告を振り切って、表彰式を最初から最後まで観覧した。

「当然だろ? この一番のクライマックスを見なくて、何が『メイドカフェ・マスター』だ!」

 という園城の主張を良く理解出来ないままに受け入れた格好だ。

 余談であるが、ふらふらで歩くことにもままならない園城に肩を貸してコンテストの表彰式に最後まで付き合ってくれたのは、コンテスト初日でトラブルを起こした男だった。

 『ご主人様は紳士たれ』を体現してくれたと、園城がその場で男泣きに泣いたのは言うまでもない。

 見事『ベスト・オブ・メイド』に輝いたのは麗子サマ。いつも気丈な彼女が表彰台で嬉しさのあまり泣き崩れたのを見て、ファンが増えたとか増えないとか。

 二位は土壇場でいおりを追い抜いてクララが獲得した。受賞の時「あーあ。一位になったら告白しようと思っていたのにな」と意味不明なことを呟いていたという。

 三位はそういうわけで、いおり。ただ、二位のクララとは二票差という僅差だった。四位以下の順位と票数はメイドたちの名誉もあるので公表はされない。だが毎日の票数、順位と同じく希望者には本人であれば教えてくれる。五味は最終日の追い上げで七位にランクアップしていた。ちなみに四位以下のメイドたち全員、何らかの賞を戴くことになっており、五味は見事『グロウ・アップ賞』を受賞した。

 店長は脅迫、暴行などの罪で逮捕され、華やかな表彰式とは対照的に、裏口からひっそりと連行された。

 その後の五味パパから伝えられた話によると、牛久店長は元々は某高級料理店でも修行したことがある料理人だったらしい。それが独立し秋榛原で高級喫茶店を出店したのが十年前。だがおりしも到来したメイドカフェブームの煽りを受け、営業不振に陥り閉店したのだそうだ。それから彼は不遇の日々を送り、メイドカフェに対する恨みを募らせていったらしい。今回、商店街が『フェアリーズ・ガーデン』の店長を募集した際に、彼は計画を思いついたようだ。


**

「だけどよ。メイドカフェのせいで自分の店が潰れたっていう考えはお門違いだよな」

「……確かに。でも秋榛原という立地も悪かったな。他の場所ならもう少し上手くやれたのかも知れないのに」

 自分を襲った相手だというのに、五味は店長の肩を持つような発言をする。そんな五味に対し園城は首を横に振った。

「それは違うよ、五味。秋榛原のメイドカフェといっても安泰じゃないんだ。五味は秋榛原のメイドカフェが年に何件のペースで閉店しているか知っているか?」

「……いや。というか、メイドカフェってそんなに閉店しているのか?」

「ああ。ちなみに去年だけでも五件は辞めている。毎年だいたいそのペースで閉店しているんだ。メイドカフェと言ってもただメイドさんが給仕しているだけの何の工夫も無い店はやっていけない。今のメイドカフェはその店独自の特徴を出して行かなくてはいけなくなっているんだ。図書館のような作りにしているメイドカフェもあるし、対戦テレビゲームが出来るメイドカフェもある。歌って踊るメイドカフェもあれば、上質な食事をウリにしているメイドカフェもある。硬派な接客を追求したメイドカフェもあれば、外国人を積極的に雇っているメイドカフェもある。メイドカフェですら、そうなんだ。牛久店長はその努力を怠ったんだと思う。だって実際に秋榛原には普通の喫茶店だってあるんだぜ?」

「……言われてみればそうだな。でも……運も悪かったんだろうな」

 園城はそんなことを呟くように言う五味に対して、驚いたような表情を見せる――と言っても顔中が腫れているので、その微妙な表情の変化を外からでは読み取ることはできないが。

「どうした、五味。お前のメイド服をずたずたに切り裂いた相手だぜ? ずいぶんと肩を持つじゃねえか」

 五味はその言葉に苦笑した。そして自分の心の中を探るように言葉を探す。

「……実はそんなに憎んでないんだよ。私に対して毎日の順位や得票数が上がった時に、嬉しそうに話したあの時の店長は、嘘じゃない気がしてさ」

「……」

「あんな酷いことをした店長だけど、心の中では自分のすることに対して葛藤があったんじゃないかな、なんて考えているんだ。たぶんだけどな。毎日頑張っているメイドたちと日々接していたら、自分の考えが間違っていたかも、と思ったっておかしくはない……と思うんだ」

「……なるほど。そう考えると犯行が全てに於いて中途半端だったことに説明がつくな。正直、眼鏡を壊しただの、カビの生えたケーキだの、手ぬるい犯行だな、とは思っていたんだ」

「自分の中の恨みとメイドたちへの親しみとの間で、心が揺らいでいたんだと思う……私の希望的観測だけどな」

 五味はそう言ってメニュー表を作る手を止めてぼんやりと宙空を見つめた。そして手に持っていたサインペンを一先ず机に置き「うーん」と背伸びをする。そしてふと何かを思い出したように目を見開き、園城に向き直った。

「あ、ところで麗子サマが遭遇したカビの生えたケーキ事件は店長が犯人じゃないんだ」

「え? 他にも犯人がいたってわけか!」

 園城は目を丸くして驚く。そんな園城を見ながら五味は苦笑した。

「違う違う。犯人というかだな。あれはだな」

 そう言って五味は最終日、表彰式終了後の出来事を思い出す。


**

 表彰式終了後、全てが終わった充実感と寂寥感が更衣室の空気を満たしていた。

「……」

 だが、更衣室内を漂う空気は、一種どこか張り詰めたようなものも感じられた。

 本来ならここでメイドたちの陽気な会話が室内を賑やかしているはずだった。だが、そうならず、皆奥歯に何か挟まったように押し黙っていたのは、間違いなく店長による昏睡事件があったからだ。

「なあ、ごっちん。アタシたちが寝ている間、何があったんだよ。一体、どういうことだったんだよ」

 最初に口を開いたのはアネゴだった。自分の中で考えも気持ちも整理が付いていなかった五味はアネゴのその問いかけに戸惑った。だが総勢八名のメイドの期待に満ちた瞳に囲まれたこの状況で知らず存ぜずを通すことは出来ない。五味は木訥な説明ながら、彼女らに説明を始めた。店長がメイドカフェに対して何らかの恨みを抱いていたこと。そして脅迫状などの自作自演行為や、その他の妨害行為を行っていたことを。

「……信じられません。あの店長がメイドカフェのことをそんな風に思っていたなんて」

 メイが視線を落としながらそう言うと、サエは自分の眼鏡を胸元でぎゅっと握りしめた。サエは自らの眼鏡を折られていた。自分に向けられた悪意にショックを受けていることは容易に想像出来る。同じような立場になったことのある五味だからそれはなおさらだった。

「じゃあ、私のロッカーにカビの生えたケーキを入れておいたのも店長の仕業だったのですか……」

 麗子サマは複雑そうな表情でそう独りごちた。その言葉に「ほえ?」と素っ頓狂な声を上げたのはコロンだ。

「それって、『テンタツィオーネ』のケーキ?」

 コロンのその問いかけに一瞬眉根を顰めた麗子サマだったが、すぐに自分の記憶の中の捜索に取りかかった。

「……そうですね。言われてみれば。ケーキの箱は『テンタツィオーネ』のロゴである特徴的なハートのマークが入っていたような気がします」

「だったら、そのケーキ、たぶん私のだけどお」

「はいいいいっ!?」

 コロンのその言葉にメイド全員が声を上げた。更衣室全体がどよめきで揺れ動く。

「ど、どういうことですかっ? コロンさんはカビの生えたケーキを食べるというのですかっ? そしてなぜ、それを私のロッカーに入れたのですかっ?」

 普段その優雅な振る舞いを崩したことのない麗子サマが、口角に泡を飛ばしてそうまくし立てる。コロンはそれにも臆せず動ぜず、のほほんとした笑みを顔いっぱいに浮かべると小さく肩を竦めた。

「あの日くらいまで、まだ個人のロッカーって決めていなかったじゃない? 流動的でさ。私、たぶん前日に今の麗子サマのロッカーを使っていたんだよねえ。仕事が終わったら持って帰ろうと思ってそのロッカーにケーキを入れておいたんだけど、うっかり持って帰るの忘れちゃったんだよねえ」

「次の日持って帰れば良かったじゃないですかっ」

「それがさあ。次の日、私のお休みの日だったんだよねえ。麗子サマがその後そのロッカーを使うことになるとは、まさかのびっくりだよねえ。とっくに誰かが捨てたもんだと思っていたよお」

「びっくりは私の方ですっ!」

 肩を怒らせながら興奮冷めやらぬ麗子サマとは対照的に他のメンバーは呆気に取られていた。毒気が抜かれたように呆然とし、目と目を合わせ、そして大爆笑した。憤懣さめやらぬ麗子サマもその雰囲気に次第に身体の力を抜き、やがてふっと小さく肩を竦める。

「コロンさんらしいですわ」

「だよねえ」

「人ごとのように言わないで下さいっ!」

 妙な空気がそれで払拭された。心のどこかには釈然としないものは残っているとは思う。だが、メイドたちはようやくそこで陽気に笑うことが出来た。そしてメイドたちは、初めてそれで『フェアリーズ・ガーデン』が完全に終了したことを自分たちで納得することが出来たのだ。


**

「あはは。本当、コロンさんらしい……いてて」

 園城は打撲の痛みを堪えながら笑う。

 五味はそんな複雑な表情の園城を見ながら、園城に語っていないことが一つあることに心の痛みを覚えていた。

 最終日、表彰式が終了し、更衣室での雑談も一区切り付いて、後日打ち上げをする約束をして皆と別れた後のことを思い出す。

 更衣室から一階のロビーに向かう廊下を一人で歩いていた。『フェアリーズ・ガーデン』の撤収作業はあらかた終了しており、妙に閑散とした空気が辺りには感じられた。一階のロビーに到着すると、壁一面に張られていた出場メイドのポスターも綺麗になくなっている。期間中あれほど恥ずかしかった自分のポスターだったが、こう綺麗さっぱり跡形もなく消えてしまうと、それはそれで寂しいものを感じてしまう。そんな感慨に耽っていたとき、突如、五味の進路を何者かが遮ったのだ。

「わ!」

 五味は咄嗟に半歩後ろに飛び退った。そして一気にレッドゾーンに跳ね上がった心臓の鼓動をなだめつつ、身構える。その人物は小柄な身体を小さく振るわせて小刻みに泣きじゃくっていた。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「……ううう、ううう!」

 彼女は涙で濡れた顔を拭こうともせず、呻いているばかりで何も喋ろうとしない。いや、喋ろうとしているのだ。ただ、それが嗚咽のために意味のある言葉とならないだけだった。どうやら敵意があって五味の前に現れたのではないことが分かって五味は警戒を解いた。そして五味はその人物が誰であるかを知っている。

 天見淳――。

 『フェアリーズ・ガーデン』のスイーツ担当だったキッチンスタッフだ。

 しかし、この状況は一体なんなのだろう。

 コンテスト終了後に、突然一人で自分の目の前に現れて、そしてひたすら泣きじゃくる天見。

「あ、あの天見さん?」

 その状況に困惑気味の五味はそう声をかけようとした。だが、その直前に天見はその場でがくりと崩れ落ちた。そして頭を床に付けるばかりに傾げて、切れ切れな声でこう呟く。

「……、ご、ごめんなさい……ごっちん……さんの服を……切ったのは……わ、たし……なのです」

「え? え? え?」

 五味は自分の耳が聞き間違いを犯したのかと思った。そもそも天見の声が嗚咽にまみれている上に小声なので良く聞き取れないのだ。詳細を聞こうと天見に近寄って行くとその天見は急にがばりと顔を上げて、その涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でこう叫んだ。

「ご、ごっちんさんのメイド服を切ったのは私なのです!」

「……え?」

 五味の思考はその瞬間、真っ白になった。天見の言葉の意味をこの期に及んでも理解していなかった。無理もない。それまでメイド服を切り刻んだのは店長の犯行だと思い込んでいたのだから。だが目の前で贖罪の言葉を途切れ途切れに呟いている天見の姿を見る限りそれは本当のことのように思えた。

「ど、どうして、天見さんが、私の服を……?」

 動機が分からない。天見とはキッチンとホールで料理を受け渡しするだけの関係だ。コンテスト期間中に、一度新作スイーツを食べながら会話したこともあったが、その程度の希薄な関係で、恨みを抱かれるよう理由も思いつかない。その天見がなぜ、自分の服を切り刻むのか。

 ようやく涙が止まり落ち着いてきた天見は、訥々と言葉を繰り出す。

「……私、メイドさんに……なりたかったんです」

「……はい?」

「でも、小さなメイドカフェはだいたい定員オーバーで新規のスタッフはなかなか雇ってくれません。大きなメイドカフェに行っても面接で落とされました。……私のこの性格は向いていない、と言われたんです」

 五味は唖然とした表情で、その話を訊いていた。

 まさかあの天才的なスイーツ作りの天見が、メイドになりたかったとは。そしてメイドカフェの面接に全て落とされていたとは。

「この前、ごっちんさんは、『なりゆきでメイドになった』と言いました」

「……あ」

「そしてこの数々のエース級のメイドたちが集まる『フェアリーズ・ガーデン』にも『代役で出場した』といいました」

「……」

「私がなりたくてなりたくて仕方がなかったけどなれなかったものに、やすやすとなっておきながら『なりゆき』でやっている。そして『代役』ではありながら、この一握りのメイドしか出場することが出来ないコンテストにも、出場してしまっている。そのことを知ったとき私は――」

 天見の瞳に再び涙があふれ出した。

「……頭が真っ白になってしまって、気が付いたらごっちんさんの、メイド服を……」

 五味は気が付く。そう言えば更衣室は女性スタッフ共通だったということに。キッチンスタッフとホール担当のメイドたちとは仕事あがりの時間帯が異なるので気が付かなかったが、天見は更衣室で犯行を行う可能性があったというわけだ。

 天見は身体の力という力が抜けてしまったかのようにその場に崩れ落ちた。そして小さくまるで呪文のようにこう呟いていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 自分の足下でひたすら謝罪の言葉を呟きながら泣き崩れる天見を見ながら、五味は反省していた。前にチーハにも言われていたではないか。「秋榛原にはメイドになりたくてもなれない子はいっぱいいる」と。そんな人たちの事を考えない自分の無神経な発言は軽率だった。

「……天見さん」

 五味はしゃがみ込んで天見の背中に手を当てる。とたんに天見は顔を上げずに俯いたままびくっと身体を震わせた。

「確かに私は『なりゆき』でメイドになった。その点は事実だから否定はしない。だけど、まるで仕方がなしにメイドをやっている、というように聞こえてしまったのは、申し訳ないと思っている」

「……」

「だが、今の私は仕方がなしにメイドをやっているわけじゃない。やりたくてやっているんだ。そしてメイドの仕事に携われたことに誇りを持っている。そのことだけは天見さんに分かって欲しいんだ」

 その言葉に天見はゆっくりと顔を上げた。そして小さく顔を縦に振る。

「……うん。分かっている」

 天見はまるで幼子のように自らの手の甲で涙を拭きながら言った。

「ごっちんさんの仕事ぶりは毎日見ていたのです。分かっているです。……分かっているのに、こんなことをしてしまった自分が情けないのです。許せないのです。ごっちんさん。お願いです。私を罰して下さい。行けと言われたのなら警察にも行きます」

「……うーん」

 五味は頭を掻いた。メイド服をずたずたに切り裂かれた時は、激しいショックで寝込むほどだったし、怒りと悲しみで世界を呪うほどだったけど、いろいろな人の支えで復帰してからその傷はかなり小さい物になっている。そして更に、それを行った人間がこうして自分の目の前で涙ながらに謝罪していると、あまり怒りも沸いてこないのだ。五味はそんな自分の心境の変化に内心驚いていた。そして天見の要求に困惑する。

 正直、罰する気はない。自分としてはもう済んだことで、それを乗り越えたという自負もある。蒸し返されたくもない。

 だけどそんなことを言っても納得しないんだろうなあ。

 と、そこで五味は一つの妙案が頭に浮かんだ。

「そうだなあ。じゃあ天見さん。お願いしたいことがあるのだけど」

「な、なんですかっ!」

 天見は何かにすがるかのように五味のことを見つめる。そんな天見に手を差し伸べながら五味はにっかりと笑った。


**

 恐らく今日から『ゴルディアス』でメイド服を身に纏いながら働く天見の姿が見ることが出来るはずだ。天見はキッチンも担当することが出来る。友原やヒメが完全復帰するまでの代役はこなしてくれるだろう。しばらくの間は所属しているケーキ屋『テンタツィオーネ』を休んで貰うことになるが、それくらいは罰としてちょうど良いのではないだろうか。

 きっと今頃、慣れない接客をチーハさんに叱責されているに違いない。

 五味はそんな光景を思い浮かべながらくすりと笑った。

「お、どうした五味。思い出し笑いなんて気味が悪いな」

「う、うるさい。ほっとけ」

 園城の指摘に五味はあわててごまかす。

 園城にはこのことは言えない、と思った。意外に正義感が強く真っ直ぐな性格の園城にこのことを言ったら、間違いなく天見を糾弾するだろう。そして天見が『ゴルディアス』で働くことに嫌悪感を抱くに違いない。

「おい、どうしたよ。妙な顔つきをして。何か俺に隠していることでもあるんじゃねえのか?」

 ぎくり、と五味は身体を小さく震わせた。

 どうしてこいつは男の癖に、こんなに勘が鋭いんだっ!

 素早く頭を巡らし、園城の機先を躱すのに、ちょうどよい打ち明け話があることを思い出した。

「そう言えば、話していないことがあった。父さんに話を訊いて分かったことが一つあったんだ。ヒメさんの怪我は結局、牛久店長とは関係がなかったらしい」

「……ああ、言われてみればそんな話もしたな。じゃあ、あの怪我はなんで……?」

「これはヒメさんにしつこく追求したあげくようやく答えてくれたんだが」

 五味はうんざりした表情で肩を竦める。

「自分の部屋に転がっていたビール瓶を踏みつけて転んで、腕の骨を折ったらしい」

「……何というか。ヒメさんのファンには訊かせられない話だな」

「全くだ」

 園城はがっくりと頭を項垂れた。

 完全に園城の気は逸れたようだ。ヒメのエピソードに呆れ気味の園城を見ながら、五味はほっと安堵の息を漏らす。そして一度大きく息を吸い込むとメイド接客で培った技術を利用して背筋をぴんと伸ばし園城に向き直った。

 園城には言っておかなくてはならないことがある。これを言わないと私の『フェアリーズ・ガーデン』は終わったことにはならない。

「ところで、園城」

「なんだよ」

 ぞんざいにそう受け答えて園城は五味を見返した。

 五味は急にかしこまったような表情になり、椅子の上で正座をした。そして深々と頭を下げる。

「今回は本当に世話になった。心の底から感謝している」

「な、なんだよ。急にかしこまって。礼なんてお前らしくもない」

「なんだかんだで最初から最後までアドバイスしてくれたのはお前だし、メイクのシマさんを雇ってくれたのもお前だ」

「……バイト代、かけらもなくなったけどな。全くあの人ハンパねえ。一円たりとも負けてくれなかったぜ」

「それにいろいろと落ち込んだときも励ましてくれたのもお前だ。お前がいなかったら私はコンテストを乗り切れなかったと思う。それに最後だって……。どうしてこんなに私の事を応援してくれたんだ?」

 五味は小首を傾げて園城の顔を覗き込んだ。目と目が合う。

 園城はしばらく呆然と五味の顔を見つめていたが、やがてはっと何かに気が付いたように、勢いよく立ち上がった。

「ば、ばっかじゃねえのっ!」

 その顔は耳まで真っ赤だ。

「コンテストが成功するために。そして出場した全てのメイドのためにやったことだ。別にお前のためにやったことじゃない。勘違いすんな!」

 そんな園城の口上を目を丸くしてぽかんと聞いていた五味だったが、やがて何かに気がついたように「なるほど」と深く頷く。

「私も最近、いろいろ知識を蓄えてきたんだ。今のがいわゆる『ツンデレ』というヤツだろ?」

「違う! 断じて違う!」

 そんな五味の態度に声を荒らげた。その様子にクラス中の怪訝な視線が集中する。それに気がついて園城は怒りのやり場を失い、大人しくイスに座る。

「……まあ、いい。それはそうと五味。『ゴルディアス』は続けるのか?」

 その問いに五味はこくりと頷いた。

「とりあえず、ヒメさんが完全復帰するまでの二ヶ月間は。だけど、そのままもう少し続けてみようかな、とも思っている」

 五味はそう言って再び『ゴルディアス』で働く自分の姿を夢想する。このまま終わりたくない。せっかく何かを掴みかけてきたんだ。そして自分の世界が広がりだしてきたんだ。このまま行けるところまで走って行ってみたい。

 そして視線を園城に戻す。

「園城はどうするんだ? 『ゴルディアス』続けるのか?」

「……ああ、そうだな、仕方がねぇ。俺も付き合ってやるよ。メイドカフェ巡りする金もなくなっちまったからな」

 園城がそううそぶくと五味はおもわず、くすりと笑ってしまう。

「あ、なるほど。今のがいわゆる『ツンデレ』における『デレ』というヤツで――」

「だから違うと言っているだろうがあっ!」

 そう叫んだ園城に再びクラス中の視線が集中する。学習しない男だった。園城は身体を小さくして、皆の視線から避ける。そんな園城を見ながら五味は言葉を続けた。

「コンテストで園城が出してくれたシマさんのメイク代は私がちゃんと稼いでお返しする。『ゴルディアス』でしばらくメイドを続ける理由はそういうのもあるんだ。それに何の間違いか分からないが、最近私のファンというのも出来たらしいのでな」

「なんだ、あれは純粋に俺からのプレゼントだから気にするな。……ってファンだと!?」

「ああ。ほら、これを見てくれ」

 そう言って五味は携帯電話をポケットから取りだし、園城の目の前に掲げて見せた。そこには可愛らしくデフォルメされた競馬のストラップが取り付けられている。

「どうだ。そのファンから貰ったんだぞ」

「ご、五味にファン?」

「ああ、直接これを貰ったわけではないので、誰なのかは分からないのだが。恐らく『フェアリーズ・ガーデン』でよく競馬の話をした誰かなんだと思う」

「そ、そうか」

 園城は急につまらなさそうな表情になり、あらぬ方向を向く。園城のそんな態度の急変を見て五味は首を傾げた。

「どうした園城。傷が痛むのか?」

 その言葉にぎくりと肩を震わせた園城だったが、目を逸らせたままゆっくりと首を横に振る。

「なんともねえよ。それよりファンが出来たのは良かったじゃねえか。これでいっぱしの秋榛原のメイドさんだな。いい笑顔を身に付けたのが良かったな。毎日の特訓の成果が出たじゃねえか」

 何か苦しげにそう呟く園城を見て五味はわずかに心配になりながらも口を開く。

「まだ毎日練習しているけどな。……というか園城。こんなのいわゆる営業スマイルというやつだ。『笑顔』を『作っている』だけだ」

「ずいぶん簡単に言うな」

「コツを掴んだらなんてこと無い。見てろ?」

「おう見せてみろ」

 今まで視線を逸らせていた園城がようやく五味に向き直った。苦しげな表情も今は消えている。五味はそのことにほっとして、にっこりと微笑もうとした。

 笑顔の作り方は分かっている。口角を上げて眼を細めること。相手の目元を見つめること。そしてなにより大事なのは今ここで楽しいことを想起すること。そうすれば自然と素晴らしい笑顔になる。

 五味は園城の瞳を見つめた。その瞳は強い意志と真っ直ぐな気持ちが感じられた。思い返せばこれほどしっかりと園城の顔を見つめたことは今までなかったかも知れない。その漆黒の瞳に引きずり込まれそうになる。なぜか胸の鼓動が早くなる。どういうわけか顔が火照ってくる。額に汗が流れ落ちる。顔の筋肉が引きつり出す。

 どうした? どうしたんだ、私の笑顔!

 そして――


「ど、どうして、そんな変な笑顔になるんだよ!」

「ううー」

 五味は真っ赤になって火照った顔を両手で押さえて呻く。そしてぼそりと呟く。

「……『営業』スマイルじゃないから、かも……」

「……え? それって、どういうことだ?」

「!」

 ばふん、という音でも聞こえそうなほど、五味の顔は沸騰する。そして怒りの形相で立ち上がり、そして作りかけのメニューも放り出して、園城に背を向けた。そしてぎくしゃくと壊れたロボットのような動きで駆け出した。

「ちょっと待てよ、五味! どこへ行くんだよ! それで、今のはどういう意味だよ!」

  五味は園城のその呼びかけに振り返りもせずに思い切り叫ぶ。

「うるさいっ! 訊くなああああああああ!」

 とても今の自分の顔を園城に見せられない。見せられるわけがない。

 五味はホームルーム中で誰も歩いていない廊下を一人駆けて行った。                             

おしまい


 『もえない、ごみ』を最後まで読了戴きありがとうございました。『萌え』るより『燃え』る話になってしまったかと思いますが、お楽しみ頂けたでしょうか。

 この作品は第十九回電撃大賞三次通過四次落選した作品に加筆修正したものです。物語の中にメイドさんが出てくる話はたくさんありますが、この作品ではあえて「メイドカフェ」に焦点を当ててみました。今回「小説家になろう」様に公開するに当たって加筆修正をしたのですが、「メイドカフェって一体どういうものだろう」と当時秋葉原にあったメイドカフェ全てに行ったことを思いだします。

 実際に行って見ると驚きの連続でしたね。文中にも書いておりますが、良く聴かれる「お帰りなさいませご主人様」のフレーズを使うお店ってほんの数件なんですよ。それにいろいろなタイプのメイドカフェがあることにもびっくりでした。

 「萌え萌えきゅーんみたいなの恥ずかしいからメイドカフェって行き辛いな」と思っている方。それなら硬派なメイドカフェに行けばよいのです。そこではロングタイプのメイド服を身に纏ったメイドさんがサエさんのような給仕をしてくれますよ。そんなわけで作中に登場するメイドカフェには、なんとなくモデルがあります。秋葉原のメイドカフェ巡りをしている人なら「ああ、あそこがモデルなんだろうな」とおわかりになるのではないでしょうか。

 さて園城君と五味ちゃんの恋路(?)はどうなるのでしょうか。文化祭のメイドカフェは成功するのか。そして今後の『ゴルディアス』はどうなるのか。次年度の『フェアリーズ・ガーデン』はどうなるのか。またいつか続きを書く機会があるかも知れません。その時はまたお目汚しをさせて戴くかも知れませんが、何卒、よろしくお願い申し上げます。それでは。


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