第十六話 素の自分――アキ
今日はシフトの関係で、五味のお休みの日です。『フェアリーズ・ガーデン』メイドの中でも一番仲が良いアキも時を同じくしてお休みで、二人して秋榛原を散策することになりましたが……。
第十六話 素の自分――アキ
十日目火曜日
「ごっちん、ごっちん! 見て見て凄い! 『トゥルトゥーラ』の同人誌が出てる! うーん、どうしようかあ。買っちゃおうかなあ」
その平積みになっている薄っぺらい本を手にとって、アキが興奮気味にまくし立てる。
隣に立ってそれを覗き込むとそこにはボンテージとゴスロリの合いの子のような衣装を身に纏った美少年が武器を持ってポーズを取っている姿が描かれていた。もちろん五味にはその絵が何を意味しているのかが分からない。
「これは一体、どういう話なのだ?」
自分も同じくその本を手にとって、頭の上に掲げてみたり、裏にしたりしてみる。本はビニール袋に入っているので中身を見ることは出来ない。
「『トゥルトゥーラ』はね、中世ヨーロッパっぽいところが舞台でね。そこで繰り広げられる王宮ロマンスなんだよ。王様の下に七人の騎士がいてね。彼らは『オプリガーティア』という能力を持っているの。それは自分の身体の何かを束縛する代わりに行使出来る能力でね!」
アキの解説はそこから延々と続くが、正直五味にはその八割も理解出来なかった。だが、夢を見るように何かを語っているそのアキの姿を見ているだけでも五味は自分も楽しくなって行くのを感じていた。
五味、アキともに、今日は『フェアリーズ・ガーデン』のお休みの日だった。『フェアリーズ・ガーデン』の規定では『週六日出勤。土日は必須』だ。ということは平日を九人持ち回りで一日ずつ休みを取らなければいけなくなり、一週間に四日は二人同時に休まないといけない日が出てくる計算となる。今日はたまたま五味とアキの休みが重なった。そういうわけで五味はアキと秋榛原の同人誌屋巡りを付き合っているのだ。
なぜ、せっかくの休日に秋榛原に来なくちゃいかんのだ、と一瞬思わなくもなかったが、アキと一緒にいるのは楽しいので、あまり問題はなかった。趣味は全くかみ合わないが、一緒にいるだけで心地よい、会話が楽しいとお互いにそう思える仲だった。
五味はこの『フェアリーズ・ガーデン』に参加して、良かったことも悪かったこともいろいろとあったが、その中でも良かったことの一つが、このアキと友達になれたことだと思っている。恐らく、五味が今まで通りの学園生活を過ごしていたら全く接触がなかったタイプの女の子だからだ。五味の携帯電話の中には園城の他に新たにアキのメアドと電話番号が加わることになった。これも五味にとっては快挙だ。自分の人生が少しずつ変わってきている。そう実感する毎日だった。
ひとしきりアキの『トゥルトゥーラ』講義が終わった辺りで、五味はしげしげとアキの顔を見つめる。その視線に気がついたアキは、はにかむように視線を逸らした。
「ど、どうしたんですか、ごっちん? そ、そうですよね。ごっちんに興味がないことをこんなに熱く語っちゃって恥ずかしいですよね……」
「いや、それは別になんとも思わない。自分の知らないことを知るのは楽しいからな。それにしてもアキがこんなに物事を熱く語るのを初めて見た。こんな面もあるんだなあって思ったんだ」
「……そ、そうですか?」
アキはもじもじと居心地悪そうに顔を真っ赤にして俯く。そしてちらりと上目遣いで五味を見上げると、口を開いた。
「……そう言って貰えると嬉しいです。知っての通り普段の私は、何を言っているのか分からないくらい声も小さくて、おどおどしていて、おっかなびっくりで」
「……いや、アキはそこが魅力の一つじゃ」
アキはぶんぶんと首を横に振る。
「学校でもこんな感じだからイジメられる時があるんです。『ブっている』って言われて。全然、そんなつもりはないんですけどね」
そう言って俯いたまま悲しそうに瞳を伏せる。
「くそ。アキと同じ学校だったら、そいつら全員ぶん殴ってやるんだが」
そう憤るとアキはあわてて手のひらを五味に向けて横に振った。
「だ、大丈夫ですよ! その時は、その人が好きな男性が私に、こ、告白をして来た時でして。で、私がそれを断ってしまったから、怒ったんだと思います」
なに! アキに告白だと! と言われもない嫉妬心を五味は抱いた。正直、そいつもぶん殴ってやりたい気分だ。と、そこまで考えてふと思った。
「アキは良く男にコクられるのか?」
「……え? 全然ですよ。月に二回くらいですよ」
それは多すぎる。はっきり言って、異常だ。だったら入学してから一回も告白されたことがない自分は一体なんだというのだ。
「で、ひょっとして全部断っているのか?」
アキは何を当たり前のことを。とでも言いたげに、きょとんとした顔で頷く。
「……はい。だって男の人と付き合うなんて……怖いですもん」
……。
これは学校の女にイジメられるわけだ。自分の可愛さを自覚していないこの天然さは、意中の男性がいる女性にとっては気が気でないだろう。
「……話は逸れましたが、そういうわけで、今まで自分のこの性格が好きになれなかったんです。でもメイドカフェのバイトを始めて、それは少しずつ無くなってきました。この性格をウチの店長はメイドカフェ向きだ、と褒めてくれます。お客様も喜んでくれます。素の私を表現しているだけなのに」
アキは初めて顔を上げた。そのきらきらした大きな瞳をしっかりと見開いて。
「そういうわけで大変なこともたくさんあるけど、私、今、毎日が楽しいんです。だからこのコンテストもしっかり勤め上げたいんです。トップを獲るとか、上位に入るとかは無理だとは思いますが、いらっしゃったお客様と一緒に楽しくなりたいんです」
ああ……と五味は思った。自分といつも一緒にいたり、所属の店では二番手だと言ったり、ランキングも上位に出てこなかったりということもあり気付かなかったが、アキもやっぱり秋榛原のエース級のメイドだったんだな、と。
「……さあ、次はどこに行きましょうか。ごっちんはどこに行きたいですか?」
本屋には行った。コスプレショップも見た。フィギュアショップも行った。で、同人誌屋にも来た。ふと、五味は喉をさする。
「そう言えば、ちょっと喉が渇いたな。お茶でも飲むか」
アキはぱあっと表情を輝かせる。
「……そう言えば私も。だったら行ってみたいところがあるんですが」
「そうか。私よりアキの方が秋榛原に詳しいだろう。アキに任せる」
「はい! まかせて下さい」
アキは飛び跳ねる子犬のように、五味の前に立って先導を始めた。
「で、なんでここなんだ?」
五味はその扉の前で立ち尽くしていた。そこはとあるカフェの扉。慣れ親しんだその扉のデザインに五味は身体を硬直させる。
「……前から一度来てみたいと思っていたんです。それにごっちんの所属カフェですよね。それならせっかくだから行ってみたいなあ、って」
そうなのである。今、五味とアキは『ゴルディアス』の前に来ているのだ。
「というか、アキ。メイドなのに、メイドカフェに行くっていうのも――」
「メイドさんが他のメイドカフェに行くのなんて当たり前ですよー。ごっちんの先輩のヒメさんだってウチに良く遊びに来ているんですよ? さあ、入りましょう」
そうアキに押し切られ、五味は思わず右足を一歩前に踏み出してしまった。そして自動的に開かれる『ゴルディアス』とロゴの入った扉。
「いらっしゃいませー……って、あ」
入店した五味とアキを出迎えたのは、チーハだった。チーハは「ふうん」と五味とアキを足の先から頭のてっぺんまでじっくりと観察すると、おもむろに口を開いた。
「一生懸命コンテストで頑張っているのかと思えば……いいご身分ですなあ」
「ち、違うっ! 今日は週に一回の休日でどうしても休みを取らざるを得ず――」
と五味があわてふためき弁明を始めたところでチーハは「はっはっはっ!」と大きく笑う。
「気にしなくてもいいよ。休みのことは園城くんから訊いているし。今日はお客で来たんでしょ? ゆっくりくつろぎなさい」
「え」と驚く五味。普段見たことがないチーハの柔和な態度に戸惑う。チーハは奥のテーブル席に二人を案内するとそっとメニューを置いた。
「それではごゆっくり」
チーハは優雅に腰を折って挨拶をした。
「うわあ。ごっちんの先輩ですかあ? 可愛い方ですねー」
「あ、ああ」
なるほど、客視点だと、こう見えるわけか。たまにはこういうのもいろいろ良いのかも。
と五味が新たな感慨に耽っているとキッチンの方からなにやら聞き慣れた声が飛んできた。
「え? 五……じゃなくてごっちんが来ている? え? 誰と?」
そしてぬうっとその声の主がキッチンの窓から顔を出した。案の定、園城だった。
「なんだ。せっかくの休日なんだから家で休んでいれば良いのに……ってアキちゃん!」
園城はアキの姿を認めると絶句する。アキの方も目を丸くして驚いている。
「……あら、聡さんじゃないですか。聡さんって『ゴルディアス』で働いていたんですか? 知りませんでした」
アキは園城と五味との顔を何度も往復させる。
「あ、ああ。なりゆきでね。アキちゃんこそ、五……ごっちんと一緒になにやってんの?」
「ふふふ。今日はごっちんとデートです」
アキはそう言って目を細めた。『デート』と言われた五味は一瞬きゅんとなる。
く、これが『萌え』か。なかなかに強力。
もう少しで意識を失うところだったが、寸前でなんとか持ちこたえる。
「だけど、最近『スイート;モード』にあまり来てくれないと思ったら、こういうことなんですね。言ってくれればもう少し早く遊びに来たのに」
アキは可愛らしく頬を膨らます。その様子に園城は慌て気味で言葉を返す。
「いや、さすがに俺がここで働いているのはあまりおおっぴらに言えないわけで。それに接客しているわけじゃないし」
「園城くーん。男性がホールに長い時間いるのはお店の雰囲気を乱すから、すぐに戻って来てー」
サーヤの険のある声がキッチンから届いた。園城は「すいません!」と叫び、身を翻しそれじゃ、ゆっくりしていって」とそうアキに語りかけた。その様子を見て五味はなんとなくムっとする。キッチンに消えていった園城を見ながら、アキは五味に語りかける。
「そうかあ。それでごっちんは聡さんと仲が良かったんですね」
「というか、それ以前に同じ学校のクラスメイトなんだ」
「ええーっ! 本当ですか! すっごい偶然」
アキは自分の口を手のひらで押さえた。
「いや、偶然というわけでもない……いや、偶然と言えば偶然か」
『ゴルディアス』という職場で一緒に働くことになったのは、友原の出産やヒメの怪我という不幸な偶然が重なったせいであるし、そもそも五味の親戚である友原が経営しているのが、園城の好きなメイドカフェというのも偶然の一つなのかも知れない。そう考えると自分はいろんな偶然の上に立って、ここにいるんだな、という気がしてくる。ふとキッチンの園城に視線を向ける。園城は作業をしながら時折こちらに視線を向けている。その視線は間違いなく自分ではなくアキへの視線だということに気がついて、五味はまたもやムっとした。
「ちょっと失礼」とアキに断って席を立ちキッチンへと向かった。もちろん目指すは園城だ。
「な、なんだよ」
園城は怪訝な表情で五味を見返す。
五味は腕組みをして壁により掛かった。そして上から見下ろすようにして言う。
「意外だな、園城。アキみたいなのが、好みだったのか。以前訊いた時は確か『メイドのいる空間が好きなので、特定のお気に入りのメイドはいない』と言っていた気がしたが」
「い、いや! 違う! アキちゃんは『スイート;モード』に行くとたまたま良く接客してくれたメイドさんで――」
「ほう。では好みではないのだな。そう伝えておく」
「ちょっと待ったぁ! 五味。ちょっと待て!」
「なんだ」
「まあ、落ち着け。どうしたんだ、五味。やけに突っかかってくるじゃないか」
「そうか? これがいつもの私と園城とのやりとりじゃないか」
「え? そりゃ、そう言えばそうなんだけど」
園城はそう言って口ごもる。五味の胸にわずかながらの罪悪感が生まれた。が、言葉は自分の心情とは関係なしに勝手に繰り出されていく。
「で、園城はアキと付き合いたいと思うのか?」
「なんでそうなる! どうして今の話の流れからそうなるんだっ!」
園城は真っ赤になって叫んだ。
「で、どうなんだ?」
五味の更なる追求に園城は「ぐ」と詰まった。だが諦めたように大きく息を吐くと、しっかりと五味を見据えて言う。
「仮にアキちゃんを気に入っていたとしてもそれはメイドとしてだ。恐らくだけど、俺が頭に描いている『メイドアキ』と実際の『リアルアキ』の間には大きな隔たりがあるような気がするんだ。だから俺はその辺は混同はしない。何度も言っている通り、俺はメイドのいる空間が好きなだけなんだからな」
五味は大きく目を見開く。
「いや、なんというか、高校生でそこまで達観しているヤツがいるとは驚きだ」
「ふん。これくらいの気持ちの整理が出来なくてはメイドカフェマスターは名乗れないぜ」
「……いや、そこで威張られても」
五味は久々、園城に対して気持ち悪く感じている自分に気がつく。
さて、と。
五味はホールを振り返った。ながながとアキを待たせ過ぎてしまった。そろそろ戻らなくてはならない。
「そうか。園城はメイドとは男女の仲にならないんだな。じゃあ、伝えておく」
「ちょっと待ったあー! それを誰に伝えるつもりだ、五味ぃ!」
「うん? アキとクララにだが?」
「そこまで言うなー! ……ちょっと待て。ここでなぜ、クララさんの名前が出てくるんだ! おい、ちょっと待てって五味!」
「園城くん! しっかり仕事やって下さい! オーダーが溜まっていますよっ!」
サーヤのイライラした声がキッチンの奥から響き渡った。
****************************************
十日目の成績 得票数 トップクララ『二○六』、二位麗子、三位いおり、四位サエ、五位アキ。(参考:九位ごっちん『一』)




