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第十五話 際立つ個性――アネゴ

少女と見紛うばかりの外見で、その実二十三歳で、そして頼りがいのあるアネゴは決して登録メイドネームの『ユリ』で呼ばれたことのないメイドです。そんなアネゴと出勤前に遭遇した園城と五味は……。

第十五話 際立つ個性――アネゴ


 九日目月曜日

「で、その後、店長が来てセキュリティ関係を強化することを約束して事態を収拾したんだ」

 昼下がりの陽光が差し込む電車の中で、軽い振動にゆられながら五味は隣に突っ立っている園城にそう説明する。

「つーか、前回サエさんの眼鏡事件の時、どうしてそうしなかったんだ?」

「サエさんは『いたずらに不安を煽るのも良くない』と言って報告しなかったんだ。そういうわけで前回のことは、私も誰にも話していない」

「でも結局、今回の事件か。誰か悪意を待った人間がいるのは確定的だな」

 五味は顔を顰めてこくりと頷く。

「……正直、あのメンバーの中に犯人がいるとは思いたくないが、可能性は少なくない。まず、サエさんが高順位にいた時に眼鏡事件が、そして麗子サマが高順位にいるときにケーキ事件が起きている。上位の人間を追い落としたがために、事件を起こしたという風にも読める」

「もしくはお気に入りのメイドに優勝して欲しくてファンが起こした犯行とか、な。どちらにしても嫌なことだ」

 園城も顔を顰めた。メイドカフェ側、常連客側、どちらの立場も経験している園城としてはどのパターンも考えたくないことだった。

 緩やかな制動がかかり、電車が停止した。秋榛原から三つ手前の駅だった。ふと園城は黙り込む。仮にコンテスト出場メイドの中に犯人がいるとしよう。被害者であるサエと麗子サマは除外される。そして五味もだ。ということは残るメイドの中に犯人がいる、ということだ。メイ、コロン、アキ、アネゴ、いおり、クララ。一番可能性があるのは、がつがつとトップを獲りに来ているクララか――

 園城は思い切り頭を振った。

 何を考えているんだ、何を。彼女らがそんなことをするわけがないじゃないか。特に自分は彼女らの所属のメイドカフェからその人柄を知っている。どのメイドもそんなことをするようには思えない。

「よっ!」

「うわっ!」

 ちょうど今し方、駅のホームから電車に乗ってきた小柄な少女が園城の足を蹴飛ばした。驚いて思わず声を上げた園城はその少女を見て、言葉を飲み込む。

 一見すると中学生かと見紛うばかりの身長。幼さを引き立たせているツーテール。だがその少女には見覚えがある。それは五味も同じだったようだ。五味は目を丸くして、思わず言葉を漏らした。

「ア、アネゴ……」

「よっ! ごっちん、園城、おはようさん」

 そう気さくに挨拶したアネゴはするりと園城と五味の間に滑り込む。身長百七十五センチの五味と百七十センチの園城の間に挟まれた百五十センチのアネゴは端から見るとお父さんとお母さんに連れられた子どものように見える。だが、その実、アネゴは二人よりも五歳も年上なのだ。

「土日はさすがに疲れたな。あんなのがこれからもう二回もあると思うとうんざりするぜ」

 アネゴは首をこきこきと鳴らしながらそう呟く。

 園城は思う。五味をオヤジ臭いと思ったが、アネゴも相当にオヤジ臭いと。いや、五味は趣味嗜好がオヤジ臭いだけであって、外見がそうであるわけではない。でもアネゴは違う。言動や仕草がオヤジ臭いのだ。

「……というか、あの二日酔いの状態で、よくあそこまで仕事が出来るとは……」

「はっ! くぐり抜けてきた修羅場が違うぜ! 修羅場が! あの程度の二日酔いなんて序の口! ある時なんてなあ、気がついたら交番で寝ていて、警官の服をひんむいてゲロしたことがあったそうだぜ」

「……どうして人ごとのように」

「記憶がないからな!」

 ああ……。

 と園城と五味は同時に俯いた。いろいろと残念な女性だった。でもアネゴはそんなとこも含めて魅力的だから不思議だ、と園城は思う。

「だけどアネゴはなんでこんな早い電車に乗っているんだ? 私たちは今日、学校の授業が半日だったから早めの電車に乗れたんだけど」

「おお、ごっちん。学校が早く終わったから、早めに出勤しようとは、なかなかいい心がけじゃねえか。だんだん分かってきたな、おい?」

 そう言ってアネゴは、ばしんと五味の背中を叩く。その遠慮のない打撃に五味は顔を顰めた。

「アタシは、『メルティ・ハート』に寄ってから『フェアリーズ・ガーデン』に行く予定なんだ。ちょっとメイクを直して貰おうと思ってな」

「メイク?」

「ああ、紹介し忘れた」

 アネゴはそう言って自分の後ろを指差した。今まで気付かなかったが、アネゴの後ろにはロングヘアで長身の女性が突っ立っている。身長は五味と同じくらいはあるのではないだろうか。その好戦的で、挑戦的な目つきはどことなくアネゴに似ている。

「ったく、いつになったら紹介してくれるのかうずうずしていたぜーっ! 放置プレイかっ? 放置プレイなのかっ?」

 その長身の女性はそう言ってアネゴの頭をぐりぐりと拳でこづく。

「うっせー! 本気で忘れてたんだよ。文句あっか!」

 そりゃ文句ありまくりだろ、と内心ツッコミながらも園城と五味はつかみ合いのケンカに発展しそうな二人の間に入ってお互いを押さえる。たっぷり一駅分の時間をかけて冷静さを取り戻したアネゴと長身の女性は気を落ち着かせて、元にいた場所に戻った。

「こいつ、シマっていってな。アタシの昔いたチームのダチだ。今では『メルティ・ハート』の専属メイクをやってくれている。腕はピカイチで保証はすんだけどよ。性格がちょっとおかしくてな」

「そうそう! 性格がおかしいシマさんだっ……ってどんな紹介の仕方してくれてんだよ、てめえっ!」

「うっせー! ちゃんと腕はピカイチって褒めてんだろーがー!」

「ああ、もう!」

 『昔いたチーム』ってなに? とかツッコミ所はいろいろとあったのだが、そんなことを口を挟む間もなく、園城と五味は再び二人を取り押さえなければならなくなった。そして更に一駅分かかって二人を元通りの場所に落ち着かせる。すでに園城たちの回りに乗客は一人もいない。四人を恐れて距離を取ってしまったのだ。

 その気持ちは真底分かる。園城と五味はがっくりと項垂れていた。そんな二人の気持ちも余所に、アネゴは何事もなかったように話しかけてくる。

「どうだ? ごっちん。お前もメイクして貰ったら、どうだ? 気分が変わるぜ」

「カネはしっかり頂くけどなー」

 シマは人差し指と親指で円を作ってにやりと笑う。

「わたしがメイク?」

 五味は驚いたように目を剥く。そして、出来の悪い操り人形のようにがくがくと首を横に振った。

「む、無理だ。あり得ない。そもそも生まれてこの方、化粧なんてしたことがない。……それに私に化粧なんて似合うわけがない」

「ちっちっち。それは違うぜー。化粧は似合う似合わないんじゃないんだよ。女の武装の一つさ。メイド服と似たようなもんだよ。メイドのあんたには、その気持ちは分かるだろ?」

 シマは意地の悪そうな表情のまま五味に話しかける。

「あ」と五味は何かに気がついたように声を上げた。何か感ずるところがあったんだろうか。この感覚はさすがにメイドをしたことがない園城には分からない。そうこうしている内に身体にマイナスのGが掛かってきた。電車が減速しだしたのだ。ふと車窓から外を眺めると、見慣れた電気街が目に入ってくる。秋榛原だ。

「あ、そうそう」

 アネゴは何かを思い出したように五味を見、そして園城を見た。

「ごっちん。メイドたるもの、秋榛原では男女のツーショットは御法度だぜ」

「え?」

 園城と五味は同時に間抜けな声を上げた。そんな二人を見ながら、アネゴは楽しそうに目を細める。

「街角でメイドと男とツーショットなんてのを目撃した常連さんがいたら、そいつの熱は一発で覚めちまうだろ。だから秋榛原のメイドは秋榛原ではデートをしない。これが鉄則なんだ」

「そ、そんな。私がお気に入りのお客なんているわけが、ない」

 五味は戸惑ったように視線を泳がせながらそう呟く。

「いや、どうだかね? 意外といるもんだぜ? ファンってのはよ」

 そう言ってアネゴは軽快に開いた扉からホームへと真っ先に飛び降りた。その様子は全くの小学生のようだ。その後に大きいバックを肩から提げたシマが続く。

「んじゃ、後でまた会おうぜ。ごっちん」

 二人は瞬く間にホームに溢れる人混みの中に消えていった。その後ろ姿を園城と五味は呆然と見送る。

「……なんというか。常々思っていたけど、いろいろとギャップがある人だな」

「……ああ。外見ロリだけど、発言はオヤジ臭くて、元ヤンキーで、性格は男っぽいけど、しっかりと女性らしい体つきで……」

「……だけど、人気があるんだよな。一体、どの層に受けているんだろう」

「……ロリ好きかな? いやMかも知れないぞ」

 五味は小さく数回首を横に振る。そしてぼそりと呟いた。「『萌え』とは奥が深い」と。

 二人の目の前の扉が軽快な音を立てて閉まった。そして電車は逆側のGを二人に与えて、次第に加速し始めた。

 発車してからたっぷり一分ほど経過してから、流れる車窓をぼおっと眺めていた園城は、とあることに気が付いてぼそりと呟いた。

「つーか、さ、五味。気が付いたか?」

「なにをだ、園城?」

 五味は不思議そうに園城を見つめる。そして続く言葉を待った。

 しばらく何かを言いたそうに、もごもごと口を動かしていた園城だったが、やがて言い辛そうに重いその口を開いた。 

「……俺たち、降り損ねたんじゃね?」

「あ!」

 五味は思わず声を上げる。

 車内には次の停車駅に間もなく到着する旨のアナウンスが鳴り響いていた。


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 九日目の成績 得票数 トップ麗子『一八四』、二位クララ、三位アキ、四位いおり、五位アネゴ。(参考:九位ごっちん『一』)


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