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第十四話 お嬢様メイド――麗子サマ

優雅で気品のある接客をする麗子サマは、『フェアリーズ・ガーデン』メンバーの中でも人一番の頑張り屋です。そんな彼女のお迎えの車に同席することになった、五味とアキですが……。

第十四話 お嬢様メイド――麗子サマ


 七日目 土曜日。

 土曜、日曜の『フェアリーズ・ガーデン』は朝十時から開店する。店の前にはすでに開店前から順番待ちの列が出来ており、メイド、スタッフたちは開店と同時から息を抜く暇がなかった。飛び交うお客を迎える挨拶。ホールをせわしくなく往復する足音。交わされる会話。調理する音。そんなものが雑然と混ざり合って、ホール内に独特の雰囲気を創り出していた。

 コンテストが始まって、初めての土曜日に五味は愕然としていた。いくら案内しても途切れることがないお客。ひっきりなしにオーダーされる注文。何回給仕したか分からない、紅茶、コーヒー、ケーキにオムライス。不幸中の幸いで、五味にオムライスの絵を描いて欲しいとか写真撮影をしたいなどと頼む物好きな客はいなかったので、まだ他のメイドよりは負担が軽かったとはいえよう。平日の暇な時間帯にはキッチン前で待機している時も多いのだが、今日はただの一時もそんな悠長なことをしている余裕はなかった。

 またお客が来店した。出迎えの挨拶をしなければならない。だが忙しくてそれどころではない。どうせ、誰も聞いていないし、この混雑じゃ聞こえもしないだろう。そう思って、それすらも端折ってしまいそうになったその時、

「お帰りなさいませ、ご主人様?」

 と滑舌もはっきりした優雅な挨拶がホールに響き渡る。それは五味のすぐ隣から聞こえてきた。思わずその声のした方を振り向くと、そこにいたのは、軽やかに巻かれた髪の毛と落ち着いた物腰が特徴的なメイド――麗子サマだ。彼女はこの忙しさにも拘わらず、しゃなりしゃなりと優雅に足を運び、お客に丁寧に挨拶をする。他のメイドたちもさすがに丁寧さが薄れていき、あのサエでさえも給仕のテンポが上がってしまっているというのに、麗子サマだけはマイペースを保っている。かといって怠けているわけではない。その動きに無駄がないのだ。お客にあわてているところ見せず、急いでいるのである。まるで彼女の周りだけ、時の流れがスローモーになったような気がするほどだ。

 凄い、と五味は思った。

 誰もが「これくらいでいいんじゃないか」「少しくらい手を抜いても大丈夫なんじゃないか」「これだけ忙しいのだから仕方がない」と思っていたその時に、踏みとどまる克己心、自分に鞭を打つ精神力。

 ハンパない。ただのお嬢様メイドなんかじゃない。

 実際、その大変さは同じ状況で仕事している五味には良く分かる。自分は今、限界を感じている。他のメイドもそうだろう。そしてそれは麗子サマも同じであるに違いない。だが麗子サマは歯を食いしばってそこから更に一歩高みに歩み出ているのだ。

 高度な接客や、素敵な笑顔などは習得するのに時間が必要だと思う。だが、これは真似出来る。いや、見習うことが出来る。なぜなら、頑張るだけなのだから。自分の心の中でギアを一段上げれば良いだけなのだから――とはいえ、それが難しいことなのだが。

 扉が開いた。新しいお客が来店したようだ。真っ先にそれに気がついた五味は、心を奮い立たせて、大きな声で「いらっしゃいませ!」と出迎える。


「つ、疲れた……」

 クララが更衣室のベンチの上で倒れ果てていた。その正体の無さはまるでボロ雑巾のようだ。私服に着替えることも忘れ、今は下着姿のままだ。

「……」

 口には出さねど、それはみんな同じ事のようで、更衣室には独特の気怠さが漂っている。だが、それと同時に開放感もじわじわと浸透してきているようだ。

「よう! これからちょっくら一杯飲みにいかねえか! なあ!」

 陽気にそう騒いでいるのは、ユリことアネゴ。隣のアキの背中をバンバン叩いている。

「ダメですよ、ユリさん。アキちゃんは未成年ですよ」

 おっとりとメイにそうたしなめられたアネゴは「未成年だからなんだっていうんだよ。アタシは十四の頃からだなあ」とぶつぶつなにやら呟いている。

「っと、じゃあ二十歳以上は誰がいるんだよ。ええと、アタシとメイっちと、ええと?」

「私は問答無用で二十歳以上なんですね」

「アタシより年上のあんたが二十歳以上でなくて、なんだっていうんだよっ!」

 不満げに頬を膨らませたメイにアネゴはすかさず突っ込む。

「私は二十二歳ですが、今回はご遠慮させて頂きますわ。家の者が迎えに来るそうですので」

 今し方更衣室に入ってきた麗子サマがそう言って手を挙げた。続いてサエも

「私は二十歳ですけど、下戸ですので、辞退させて頂きます。申し訳ありませんが」

 と頭を下げる。アネゴは頬を膨らませた。

「なんだよ、なんだよ。どいつもこいつもー」

 手足をじたばたと振り回しながら、アネゴは駄々をこねる。アネゴは二十四歳のはずだが、身長百五十センチという小柄な体格でそれをやられると愛らしく見えてしまうから不思議だ。

「よろしければ私がお付き合い致しますよ」

 とメイは嬉しそうに口元をつり上げる。その様子を見てアネゴは「お!」と声を上げた。

「ひょっとしてメイっち、イケる口かっ!」

「ふふふ。たしなむ程度ですけどね」

「たしなむ程度と言うヤツに限って大酒飲み(ザル)なんだよな! よっしゃ、そうと決まればさっさと行くぜい!」

 そう言ってアネゴとメイはそそくさと身支度をすると、あっという間に更衣室から出て行ってしまった。アネゴとメイが帰ってしまうと、更衣室も急に静かに感じられた。続いてサエ、いおりと順に退室して行き、三番目にクララが部屋から出て行こうとした。その一瞬、麗子サマと火花の散るような鋭い視線のやりとりが交わされたのを五味は見逃さなかったが。

「私たちも帰りましょうか、ごっちん」

 アキに促され、五味ははっと我に返った。そして小さく首肯し、帰り支度をしていると――

「ごっちん、アキさん。お二人とも確かC県方面ですよね。私もそうなんですよ。車が迎えに来ておりますので、よろしかったらご一緒にいかがですか?」

 麗子サマのその提案に二人は顔を見合わせる。

「……でも。ご一緒しちゃうと彼氏さんに悪いし……」

 アキがもじもじとしながら言い辛そうにそう言うと、麗子サマは目を丸くした。

「彼氏? いやですわ。違います。我が家の運転手ですよ?」

「はあ?」


 数分後、黒塗りのベンツの後部座席に同乗している五味とアキの姿があった。二人とも乗り慣れない車に緊張して身体を固くしている。ソファが違う。匂いが違う。振動もあまり感じられない。たぶん、サスペンションとかいうものの性能が格段に違うのだろう。

 五味は運転席に視線を向ける。そこにはぴっちりとスーツを着込んだ中年の男性がハンドルを握っている。

「セバスチャンです」

 彼は麗子サマに引き合わされるとそう自己紹介をした。五味とアキは間抜けにも口をぽかんと開けてしまっていた。やっぱり運転手ともなると、こういう名前が付けられるのだろうか。それとも初めからこういう名前の運転手が雇われるのだろうか。そんなことを考えながら目を白黒とさせていると、運転手は「冗談ですよ」と真顔で言い放った。

「運転手の青木です。紳士的な運転をするので、私は彼を気に入っております」

「恐縮です」

 青木と呼ばれたその運転手はそう言って頭を下げた。五味とアキはその間、呆然として一言も口を挟むことすら出来なかった。運転席の青木はハンドルを握ってから自分からは一言も喋らず、時折、麗子サマから振られる雑談に二、三受け答えをするくらいだった。

 恐るべしは麗子サマ。優雅な物腰に、気品のある言動。『お嬢様メイド』の肩書きに偽りはなかった。先ほど聞いたのだが、麗子サマは建設業の大手『伊勢崎ホールディングス』の社長の孫娘だということ。お嬢様っぽい言動は演じていたわけじゃない。彼女の素だったのである。

 余計な雑音すらしない高級車の中はしん、と静まりかえっている。五味とアキを送り届けてくれるという駅までは、あと十分はある。その時間をこの沈黙の中で過ごすなんて耐えられない。五味は必至に話題を探した。そしてそれはすぐに見つかった。もともと麗子サマに訊いてみたいことはいくつもあったのだ。

「麗子サマは、どうして、メイドカフェでメイドなんかを?」

 至極、素朴な疑問を麗子サマに投げかける。麗子サマは呆れたように小さくため息を吐くと、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。

「みんな、同じようなこと訊くのですね。人間働かずには生きていくことは出来ません。そして人に使われたことのない人間は曲がって成長してしまいます。まあ有り体に言えば『社会勉強』ということです」

「……でも、それがなぜ、メイドカフェなんですか?」

 アキも恐る恐る疑問を口にした。麗子サマはその問いに対しても即答だった。

「あの可愛らしいメイド服は着てみたかったですし。そしてなんていっても幼少の頃から見知っていたから『慣れ』ているということもあったのでしょうか。メイドの立ち振る舞いは間近で見ておりますからね」

「……自分の家にメイドがいる人を初めて知りました……」

 アキはそう言って居心地悪そうに身をくねらす。

 五味は今日の麗子サマの仕事ぶりを思い出した。優雅な接客の中にも、人一倍の頑張り。とても大富豪のお嬢様とは思えない根性。

「今日の麗子サマは本当に凄いと思った。みんながきついと思ったところで、踏みとどまることが出来るなんて。麗子サマはなぜ、あんなに頑張れるんだ?」

「いやですわ。恥ずかしい。当然のことをしたまでですわ」

 意外に照れもせずに麗子サマは謙遜をした。そして一度、何か考え込むかのように沈黙すると、すぐに言葉を続けた。

「理由ですか。そうですね……誰にも負けたくない、からでしょうか」

 しんと車内が静まりかえった。五味もアキもましてや運転手の青木も口を挟まない。車の走行するかすかな音だけが聞こえてくる。

「それは自分に対してもです。『これくらいで良いんじゃないか』『手を抜いても問題ないのではないか』という考えは私の心の中にも幾度となく去来します。でもその度に心の奥底からもたげてくるのは『それらに負けたくない』という想いです。確かに世の中には『引き際』とか『落とし所』のように一歩引くことを上策とする時もあると言うことは、理解しております。でも挑戦する前から、『これくらいで良い』と思うのは、何か違うと思うのです。そういう心構えでは向上心というものが失われてしまうと思うのです」

 麗子サマは瞳に強い光を湛えて、後ろを振り返りながら言った。

「現状維持で良いという姿勢はすでに後ろ向きです。そうではなく、自分の心の向きは絶えず、上向きで保っていたい。それくらいで丁度良いと思うのです」

 そこまで言うとふっと微笑んだ。

「そういう意味では、クララさんの姿勢は嫌いではありません。トップを獲ろうという気概はきっと何かを生み出す原動力になると思うのです」

 麗子サマのその言葉に五味は驚く。てっきり麗子サマはクララのようなタイプは嫌悪しているのかと思っていたのだ。そんな五味とアキに麗子サマは言葉を投げかけた。

「ごっちん、アキさん。あなたたちはどうですか?」

「わ、私は」

「……え、えっと」

 五味とアキは口ごもる。自分で最下層メイドだと思っている五味は当然のことながらトップを狙うなどと大それたことは考えていない。恐らくアキもそうだろう。でも、どうなんだろうか。前にチーハも言っていた。『トップを獲るつもりくらいの方が丁度良い』と。私もそれくらいの姿勢が良いのだろうか。コンテストに於ける並み居るメイドたちを思い浮かべる。クララ、麗子サマ、サエ、メイ、いおり、アキ、コロン、アネゴ……。彼女らを上回って自分がその頂点に立つ? 

 無理だ! あり得ない。

 五味はぶるぶると首を振った。そんな五味を見て麗子サマはふっと微笑む。

「ごっちん? 自分で壁を作ってしまったら、そこまでしか出来ない人間になりますわよ?」

「え?」

「ごっちん様。アキ様。到着致しました」

 五味が麗子サマの言葉の意味を聞き返そうとした時、運転手の青木がそう呟いた。ベンツはゆるやかに車道の路肩に停車する。ここは出発する時、青木に告げた目標の駅。五味もアキもこの駅まで来れば乗り換えなしでスムーズに帰れるためだ。

「あら、もう着いてしまったのですか。やはり話し相手がいると時間の進み方も早いですわね」

「……いつになく、お嬢様、饒舌でございました」

 隣で青木がぼそりと呟くと麗子サマは目を丸くした。

「珍しいわね。青木がそんなこと言うなんて。あなたもいつもより饒舌なんじゃない?」

 麗子サマにそう言われ、青木は無言で頭を小さく下げた。


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 七日目終了 得票数 トップ麗子『一二八』、二位クララ、三位いおり、四位サエ、五位メイ。(参考:九位ごっちん『一』)


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 八日目 日曜日

 日曜日の朝も早い。朝八時半ともなると、『フェアリーズ・ガーデン』の更衣室には次々とメイドたちが出勤してきていた。五味が入室すると、更衣室中央のベンチでアネゴが頭を押さえて、うんうん唸っているのを発見した。

「どうしたんですか?」

 そんなアネゴに対していおりが心配そうに話しかける。

「……昨日、飲み過ぎてよ。メイっち、あいつはバケモンだ……」

 そう言って「あいててて」と呻き、頭を押さえてうずくまる。

「バケモンなんて人聞きが悪い。ほんの二、三杯飲んだだけじゃないですか」

 メイが頬を膨らませてそう反論すると、アネゴは突然がばっと立ち上がって本気で怒り出す。

「お前の世界では、一升瓶を空にして、店のビールサーバを飲み尽くすことが、二、三杯って言うのかっ! ……あいてて。頭に響く」

 アネゴは更に身体を丸くしてうずくまった。

「おはようございます」

 しゃなり、と更衣室に入室して来たのは麗子サマだ。麗子サマは更衣室の様子をざっと一望すると、すぐに優雅に巻き髪をなびかせて真っ直ぐに自分のロッカーへと向かう。五味は小さく頭を下げた。

「昨日はどうも……です」

 それに対して麗子サマは満面の笑みで返す。

「今日も頑張りましょうね、ごっちん」

 そして自分のロッカーを開けた麗子サマはその中に目をやると、怪訝そうに眉をしかめた。

「……なに? これ」

 ロッカーの奥に恐る恐る手を突っ込み、何かを引き出そうとしている。五味はそのわずかに不自然な様子に気がつき、麗子サマの挙動を注視する。麗子サマが中から引き出した物は『箱』。上に取っ手の付いた四角いボール紙の箱だ。その形状には見覚えがある。ケーキ箱だ。

 怪訝な表情を保ったまま麗子サマはその箱を足下に置いた。そしてゆっくりと、まるで爆発物でも扱うかのように箱を開ける。そして顔を引きつらせた。

「やだ! なに、これ! 気持ち悪いっ!」

 叫び声を上げて麗子サマはその場で崩れ落ちた。その声を聞きつけて、更衣室内にいた人間は全員駆け寄る。一番近くにいた五味は、すぐに近づき、そしてその箱の中を見た。中にはケーキが入っている。ケーキ箱の中にケーキ。それは当たり前の事だ。なんら不思議なことではない。ただ、その中のケーキが不自然にカラフルになっていたことだけを除けば。

「うわっ! なんだよ、これ!」

 二日酔いで頭が痛いことも忘れ、アネゴが大声を上げる。良く観察するとケーキは本来の色をしていなかった。カラフルに見えたのはケーキの表面に付着したカビのせいだった。

「これは……?」

 ケーキを覗き込んだサエが首を傾げる。そして麗子サマを振り返った。

「これはあなたの買ったものではないのですね?」

 麗子サマは、こくこくと首を縦に振る。

「ロッカーに鍵は掛けておいたのですか?」

 そこでは首を横に振った。

「……貴重品の入っていないロッカーに鍵はかけませんわ」

 サエはそれを訊いて小さく頷いた。

「ということは昨晩から今朝までの間に誰でもこれをロッカーに入れられる機会はあった、ということですね」

「……嫌がらせでしょうか」

 五味の肩口からアキが恐る恐る身体を乗り出してきた。ふと五味の頭の中で先日のサエの眼鏡が壊されていた事件が蘇る。サエと目が合う。恐らく同じ事を頭の中で考えているはずだ。

 この中の誰かがやった、のか……? 反射的に五味はクララに目をやった。麗子サマに対して敵対意識を働かせているのは今のところ、この中ではクララだけだ。だがクララも顔を真っ青にしてこの光景を覗き込んでいるところを見ると、とても犯人には思えない。もちろん、女優並みの演技力があれば別だが。

「大丈夫ですか? 気をしっかり」

 メイが麗子サマの背中を抱えて、優しくそうささやく。麗子サマは我に返ったようにこくんと頷いた。そして気丈にも独力で立ち上がる。そして何事もなかったかのように自分のロッカーを開き、自分のメイド服を検分する。

「服はなんともないようですわね」

「れ、麗子サマ。今日はお休みした方が良いんじゃ……」

 アキは驚いたように麗子サマに言う。他のメイドも目を丸くしていた。こんなことがあったというのに、端から見ても麗子サマに全く精神的ダメージは感じられない。否、その小さく震えている手先や足先を見る限り、ダメージは受けているのだ。だがそれを強引に意志の力で押し込んでいるのだ。

 なんというお嬢様だ。

 五味は心の中で驚嘆する。そして麗子サマはメイド服を完全に着終えると、アキに向かってにっこりと微笑み、首を横に振った。

「こんなことくらいで休んでなんかいられませんわ。……私は負けられないのですから」


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 八日目終了 得票数 トップクララ『一五九』、二位麗子、三位いおり、四位サエ、五位アキ。(参考:九位ごっちん『一』)


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