第十三話 彼女の積極性――クララ
ハーフのメイドのクララは、その抜群の容姿と相まって、積極的な接客で人気のメイドです。でもその積極性はいろいろな方向に影響してしまい――
第十三話 彼女の積極性――クララ
六日目金曜日。
「全く冗談じゃ、ありませんわ! 信じられないっ!」
更衣室に入るなり、そう声を荒らげたのは麗子サマだった。彼女は自分のヘッドドレスを荒々しく投げ捨てて、拳をわなわなと固く握りしめる。だが彼女は気を落ち着けるように目を瞑り、深呼吸を始めた。そしてしばらくして再び目を開けたときには先ほどまで見せていた興奮した表情は影を潜め、いつもの気品のある微笑みがその口元に浮ぶ。そしてその時になって、更衣室内に五味がいることにようやく気がつき、ばつの悪そうに肩を竦めた。
「……恥ずかしい所を見られてしまいましたわね。感情をコントロール出来ないなんて、メイド失格ですわ」
「……いや」
五味はそう言って手元にあるブラックの缶コーヒーをずずっと啜る。
昨日、自らの休日を利用して行った『フェアリーズ・ガーデンスイーツ全制覇』のせいで、口の中が甘さで花畑のようになっていた。腹の中も何かふわふわしていて、まるで生クリームにでもなってしまったみたいだった。そんなわけで今日の五味は朝からブラックコーヒー三昧だ。
今は、ローテーションで五味の休憩時間だった。ブラックコーヒーの苦みで自らの身体を癒す。そんなつかの間の安寧を一気に切り裂いたのが、麗子サマだ。
何があったんだろうか。だがとてもではないが、聞き出せるような雰囲気ではなかった。そしてプライドの高い麗子サマは自分から言い出すようなこともしないだろう。
「……」
妙な空気が二人の間を、そして更衣室を満たしていく。すると、その空気を乱すようにがちゃりと扉が開いて、誰かが飛び込んできた。入室して来たのは金髪碧眼のメイド。一目でそれが誰であるか分かる。
クララだ。
もうそんなに時間が経ってしまったのか、と五味は思った。休憩に同時に入れるのは多くても二人。クララが来たということは、先に休憩していた五味は仕事に復帰しなくてはならない。五味は一気にコーヒーを飲み干すと、すくっと立ち上がった。だが――
「それには及ばなくてよ、ごっちん。私が出て行きます」
「え?」
戸惑う五味を余所に麗子サマはつかつかとクララの前に立ちふさがり、行く手を阻む。そして苛烈な視線でクララを射貫く。
「なに? なんか用?」
一瞬、麗子サマの迫力に気押されたクララだったが、すぐに気を取り戻すと、胸を張って麗子サマを見据えた。その豊満な胸を思い切り突きだすように。
麗子サマの視線とクララの視線が交錯する。五味はその様子をはらはらしながら見守る。
そして、五味はようやく察した。この更衣室に入ってくる前に二人の間に何があったのかを。それはここ数日のクララの接客をじっくり観察していた五味には容易に想像出来た。
クララは物凄く積極的な娘である。その積極性は全方位に突出しており、お客の出迎えはもとより、トイレ掃除、クレーム処理なんて汚れ役も自ら買って出る。その姿勢は見習うべき点が多かったが、やり過ぎだと思うことも多かった。その一つが接客だった。
園城も言っていたことだが、メイドカフェには『常連』というものが存在する。「そのお店のコンセプトが好き」とか「スイーツが好きだから」とか、常連がメイドカフェに通う理由はいろいろあるが、その中で主たる理由が「お気に入りのメイドさんがいる」ということだろう。ここ『フェアリーズ・ガーデン』では各店舗のトップメイドが集まっているだけあって、そのメイド目当ての常連が多数来店する。これが『フェアリーズ・ガーデン』という臨時メイドカフェの面白い特徴でもある。
では「問題はなにか?」ということなのだが、クララは、他のメイド目当てに来た常連に対しても積極的に接客を行ってしまうのである。一昨日も五味はそんな光景を幾度となく目の当たりにしていた。
「あ、いおりん、元気にやってるー?」とあからさまにいおり目当てに来たお客に横から入っていって「イラッシャイマセー」とカタコトの日本語で応対するのだ。当然、横から自分のお客を取られたいおりはムっとする。だが、ここ『フェアリーズ・ガーデン』では「他のメイドの常連を横取りしてはいけない」などという規則は存在しない。横から割り込まれたお客も、クララの外見を見て「外人かあ、それじゃ事情が良く分からないのも仕方がないな」と思うのか、特に拒絶することもなくクララの接待を受ける。もちろん、クララがトップクラスのメイドということや、その容姿やスタイルの良さにもよるのだろう。ここ数日、そんな光景が目立っていた。そして他のメイドも口に出しては言わねど、クララのその接客に不満を抱いていることは間違いがなかった。
常連、というか常連的存在が園城しかいない五味には、クララに対して何も思うところはなかった。実は五味自身、一度園城をクララに横取りされている。だが園城はここコンテストに出場している全メイドに対して常連であるので、それに対してもなんとも思わなかったのだ。
で、話は戻る。目の前に展開されているこの光景。これは間違いなく、麗子サマの接客にクララが横やりを入れたせいからだ、と思われる。二人が作り出した硬質な空気の中で息苦しさを感じながらも、五味は二人から目を離せないでいた。すると急に麗子サマがふっと息を抜くように口元に笑みを浮かべた。そして華麗に身を翻すと、そのまま扉の方に歩み出ていく。
ばたん、と扉が閉まる音がするまで、五味もクララも一歩も動くことが出来なかった。だが、麗子サマの存在がこの部屋から消えたことで、部屋の空気が一気に変わる。弛緩する。
二人は同時に大きく息を吐いた。
「いやあ、参っちゃうね」
おどけるように肩を竦めるクララに、五味は呆然としながら首を縦に振ることしか出来ない。
クララはふんふん愉快そうに鼻歌を歌いながら、自分のロッカーを開けると中から化粧バックを取りだし、メイクをし直している。そして時折こちらに送られるちらちらとした視線。
え? 私に何か用なのか……?
クララとは同い年というだけでほとんど接点がない。所属のメイドカフェの方向性も異なるし、性格もほとんと真逆だ。帰る方向も違うし、趣味も間違いなく異なるだろう。そんな彼女が一体、私になんの用なのか? こちらが彼女に対して興味を抱くというなら分かるが、彼女の方からこのメイド底辺な自分に対して興味を持つことなんてあり得ない。……考えていたって分からないことだ。そんなクララの視線が気になるのなら、早々にこの更衣室から立ち去ろう。麗子サマが肩代わりしてくれたが、そもそも自分の休憩時間は終わっているのだ。
そう思って腰を上げたその時、「あ、あの!」とクララが声を掛けてきた。
「な、なんだ?」
まさか、声を掛けてくるとは。そこまで積極的に自分に関わろうとしてくるとは思わなかった。
……いや、と五味は自分の間違いを悟る。
そうだな。彼女はこのコンテストでも一二を争う積極的なメイドさんだったな、と。
覚悟を決めて五味はクララに向き直った。一体、その口からどんな言葉が飛び出すのか。五味は緊張の面持ちでクララの次の言葉を待つ。
「ご、ごっちんは、サトニャンと知り合いなの?」
「……はあ?」
一瞬、クララの言葉の意味が分からなかった。いや、しばらく熟考しても分からなかった。
「誰だ。サトニャンって?」
「え? 他のお店では違う名前なのかな? ほら、この前ごっちんと親しそうに話していたお客様がいたじゃない?」
……まさか?
自分と親しく会話するお客なんて一人しかいない。
「……園城のことか?」
「……え? サトニャンって『ゴルディアス』では『えんじょう』って名前なの? ずいぶん、不思議な名前だね?」
「いや、それはヤツの名字だが……」
「ええー! 『ゴルディアス』では本名で行っているんだ! ちょっとショック」
なにか落ち込み気味のクララを見て五味は不思議そうに小首を傾げる。
「……というかヤツは他のお店では違う名前を名乗るのか? そこが良く分からないのだが」
「え? ……ああそうか。ごっちんはまだメイドを始めたばかりだったね。そのお店に通うようになるとポイントカードを作るんだよ。で、そのポイントカードにお客様の希望の名前を書き込むわけね。『キャラメル・リボン(ウチ)』」の場合だとそれが『サトニャン』だったというわけ」
なるほど。それで納得が行った。園城は園城。メイドみたいにメイドネームがあるわけでなし、どうしてメイドカフェごとに名前が違うのかと不思議に思ったのだが、そうか、ポイントカードの登録名だったのか。
「しかし、『サトニャン』とは、また恥ずかしい名前で登録したものだ」
と独りごちるとクララは首を小さく横に振る。
「ううん。ウチの場合はお客様が自分の名前を言っても、だいたい語尾を『ニャン』に変換しちゃったりするから、そのせいだと思う。でも『ゴルディアス』では本名かあ」
「……いや、正直言うと『ゴルディアス』でどんな名前で登録しているのか、知らないのだが、ヤツとは同じ学校で同じクラスなんだ」
「ええーっ! クラスメイトなのっ! うそうそ、どこの学校! 学校ではどんな感じなの! ……いや、ごめんなんでもない!」
クララは手のひらをこちらに向けて、何かを堪えるように唇を噛みしめる。
「うん? 別にそのくらいは問題ないぞ。学校はな」
「いや、いい! ……自分で訊かないと負けた気がする……」
「……何に対してだ、何に」
呆れて小さくため息を吐いた。そしてまじまじとクララの横顔を見つめる。金髪碧眼、そして抜けるような白い肌に、メリハリの効いたプロポーション。噂によるとドイツ人と日本人のハーフだそうだ。外見は完全に外人だが、中身は完全日本人JKだ。目を閉じてその言葉だけを聞いていれば、誰もハーフだとは思わないに違いない。
接点が何もない、会話の糸口すらないと思っていたクララがこんなに気さくだとは考えもしなかった。あのフロアでの強引な接客のイメージからは全く想像が出来ない。というより、なぜ、あんな横取りをするような接客をするのか、理解出来ない。……でも今なら訊けるような気がする。この目の前のきゃぴきゃぴギャルのクララ相手なら。
意を決するように五味は唾をごくりと飲み込んだ。
「一つ訊きたいのだが。どうしてクララは他のメイドのお客を奪うようなことをするのだ?」
「ええっ! ごっちん、サトニャンを獲ったこと、怒った? ひょっとしてごっちんとサトニャンって」
クララはそこで一度言葉を句切ると、言いにくそうに次の言葉をひねり出した。
「……、つ、付き合っているの?」
「んなわけあるかあっ!」
あまりに予想外で見当違いの言葉に速攻で否定する。顔を真っ赤にして思わず立ち上がり、びしっとクララに向かって人差し指を突きだした。
「どこをどうすると、そういう発想になるのだっ! お前は脳みそとろけているのかっ!」
「……いや、同級生だし、お客として来ていたし、仲よさそうだったし」
「そんなことは断じてあり得ないから安心してくれ」
五味は「断じて」の部分を必要以上に強調して言う。
「……あ、そう」
毒気を抜かれたような表情でクララは五味を見つめる。
「……変な娘だね、ごっちん」
「よく言われる」
荒くなった呼吸を落ち着けた。
いけない、いけない。そうとう興奮していたようだ。自重せねば。
「話を戻す。……で、では私と園城が、つ、付き合っているとしよう。なのにクララはその園城を横から奪って接客した。なぜだ?」
五味の質問にクララはきょとんとした表情で小首を傾げる。
「ん? それがどうしたの?」
クララは五味の言葉の意味が真底分からないらしく、ぽかんと五味を見返す。
「ク、クララは園城を『獲ったこと怒った?』と訊いた。ということはそれは私が不快になる可能性を予想していた、ということだ。それなのに、クララはなぜ、他のメイドのお客を奪うようなことをするのだ?
「ああ、そういうこと」
クララはようやく納得したように首肯した。そしてその口元に笑みを浮かべ、こう言った。「じゃあ、逆に訊くけど、どうして他のメイドのお客を獲ってはいけないの?」
「え? だって、それは」
質問を質問で返され、五味は戸惑う。そしてそのクララの問いに即答できない自分にも気がついていた。
「だって、ここはなに? 『ベスト・オブ・メイドコンテスト』じゃないの? 三週間の得票数を競うイベントでしょ? 『さあ、トップを取って下さい』って促されているのに、しかもそれを了承して私たちは出場しているのに、なぜそれを遠慮しなくちゃいけないの?」
正論過ぎて言葉を挟むことも返すことも出来なかった。そしてそんな五味を尻目にクララは更に言葉を続ける。
「自分の常連さんは自分に投票してくれることは分かっている。だったら、得票数を上げる為には他のお客さんにアピールするべきじゃない? 他のみんなもどんどん自分の常連さん以外にアピールすれば良いんだよ。はたまた自分の常連さんを奪われない工夫をするとかね。たぶん、このコンテストはそういうコンテストなんだよ。それすらしないで、不平不満を私にぶつけるなんて、お門違いだと思わない?」
いちいち言うことはもっともだった。反論することも出来ずに五味は絶句したままだ。
「そもそも、この『フェアリーズ・ガーデン』には常連なんているはずがないじゃない。本来ならみなフラットな状態からのスタートよね。その前提条件を考えないで不満を言うなんておかしいよ」
クララは自信ありげに胸を反らした。その豊満なバストが嫌でも目に入る。その時になって、五味は今までの自分の考えが大間違いだったということにようやく気がついた。外見は外人で中身は日本人なんて、大嘘だ。クララは中身も外人だ。完璧に狩猟民族の血を受け継いでいる。本気でトップを獲りに来ているのだ。
「ク、クララはトップを獲るつもりなのか?」
その問いにクララは呆れたような表情をした。そしてさも当然かというようにこう言い切る。
「当然。このコンテストに出場したメイドは全員トップを獲るつもりで来ているのでしょう? そうでなければ、なぜ、この場にいるの? というか、逆にトップを獲る気がなくて、このコンテストに参加しているメイドがいるのなら」
そう言ってクララは五味を見据える。
「さっさと、辞退して欲しいくらいだよ。時間と経費の無駄だよ」
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六日目終了 得票数 トップ麗子『九五』、二位クララ、三位いおり、四位サエ、五位アネゴ。(参考:九位ごっちん『一』)




