表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルクラートさんちの夢喰日記  作者: Akira Clementi
終章 我が家の夢喰日記

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/148

第百四十六話

「エル、それって、庭のネムノキを捨てるってこと? バクにとってネムノキがどれだけ大事なものかは、キールに教えてもらったわ。それなのにそれを捨てて旅に出るなんて」

「承知の上だ。たとえあの木を捨てることになろうとも、私は家族との暮らしを選びたいんだよ」


 寝食を共にして、言葉を交わし、心を通わせる。その時間はかけがえのないものだ。子供が両親に愛されたと感じて自分に自信を持つかどうかは、日々の触れ合いにこそかかっていると私は考える。


 家族がひとつになれるのなら、あの木を捨てて旅の夢喰屋になってもかまわない。

 私のもとへ帰ってきてくれたクーアとの未来がどんなものであれ、それを手放すつもりなど私にはなかった。


「エル、それならもうひとつお願いがあるの。これもずっと考えていたことよ」

「聞かせてもらおう」

「あたしたちの子供がバクだったときのことよ。子供が五歳になったら、あたしをあのネムノキのドリアードにして」


 ドリアード。

 以前出会った変態魔術師イオリと同じ状態にしてくれと、クーアは言っている。


「どうして……」

「魔術空間を使ったところで、あたしの存在をいつまでも隠してはおけない。あなたも分かっているでしょう? バクとして何不自由なく育った子供は、外の世界と交流を持つ日がくるわ。幼いうちは、親のことを訊かれたらうまく嘘をつけないと思うの。それならいっそ、『母親はドリアードです』って思い込ませた方がいい」

「それはそうだが」

「子供が何不自由なくこの町で暮らしていけるのなら、あたしは幸せよ。それにそうなったら、あなたにとっても、子供にとっても、あのネムノキはとても大切な木でしょ? あたしはその大切な木のドリアードになって、堂々と『お母さん』がしたいの。ドリアードになったあたしの夢で、子供に夢喰いを教えてあげて」


 クーアの話しぶりからして、もうとっくに覚悟を決めているようだ。


 イオリの記憶の遺産は夢喰いで手に入れたから、クーアをドリアードにするのは可能だ。だが彼女がイオリのように喋り出すのは、何十年も先のことになる。


 子供がバクならば、私はクーアと言葉を交わす時間を失う。

 子供にセイレーンの血が混ざっていれば、この家とネムノキを失う。

 しかし子供を産まない選択は、クーアの夢を潰すことになる。


 どの未来に辿り着いたとしても、なにかしらの大切なものを失うしかない。子供が欲しいという夫婦なら当たり前に持つ夢のはずなのに、私たちにはひどく難しかった。なぜ魔物というだけでこんなにも難しくなってしまうのか。


 しかし、決断しなければならない。

 クーアはひとりで悩み抜き、覚悟を決めて私のところへ帰ってきてくれた。

 私も夫として、そして父親として、腹をくくる必要がある。


「……分かった」


 熟考したところで答えはひとつしかないのだから、私は覚悟を決めた。


「子供がバクだった場合は、五歳を迎えたらきみをネムノキのドリアードにする。それ以外の場合は、家族で一緒に旅に出よう」


 なにもかもを手に入れようだなんて、傲慢だ。人生は得るばかりではない。失うことで前に進むときだってある。

 私たち夫婦の場合は、たまたまその失うものが大きすぎるだけなのだ。だがそれで家族としてひとつになれるのなら、その未来を選ぼうではないか。


「約束だ」


 クーアの夢を私たち夫婦の夢とする契約に、私は同意した。


「うん、約束」


 フードから覗くクーアの口元が微笑む。


「エル」

「うん?」

「どんな未来になったとしても、あたしたちはずっと一緒よ」

「ああ。生涯をかけてきみと子供を愛するよ」


 その日、私たちは初めて寝室を共にした。正式な婚姻届を出せない私たち夫婦には、どの未来が正解かなど分からない。けれども家族というごく普通の幸せを求め、儚い希望というものを探るようにして、お互いの夢を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ