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エルクラートさんちの夢喰日記  作者: Akira Clementi
終章 我が家の夢喰日記

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第百四十五話

 年越しの星燈祭に行こうと誘ったのは、私からだった。

 人ごみの中にクーアを連れ出すことに、不安がないわけではない。だがクーアが喜ぶプレゼントは物品ではなく思い出であったから、家族や恋人と過ごすこの祭りに彼女を連れていきたかった。


 夕食を屋台で済まそうと、クーアと共に家を出る。クーアは私が贈った赤い手袋をつけていたけれど、手を繋いでいるとまるで彼女の温もりが伝わってくるようで、なんとも幸せだった。


 食いしん坊のクーアが興味を示すままに屋台を巡り、腹を膨らませてから二人用のスカイランタンを買う。


「クーア、このランタンには願い事を込めるんだ。なににする?」

「あなたはどんな願い事をしたいの?」


 普段なら「質問に質問で返すな」と言うところだが、相手がクーアというだけでまったく腹が立たない。


 婚姻届は提出できていないが、愛しの妻と上げるスカイランタン。それに込める願いは、たったひとつだ。


「私の願い事は、『ずっと一緒にいられますように』だ」


 私の言葉に、クーアがこくりと頷いてくれる。


「エルならそう言ってくれると思ってたわ」

「きみの願い事は?」

「あなたと同じよ。『ずっと一緒にいられますように』」


 言葉にして確認し合えば、心の奥にふわふわとした温もりが生まれた。

 会場の港の端。以前私がひとりでランタンを上げた桟橋。そこで今年はクーアと共にランタンを上げる。私たちの願いを込めたランタンは手元を離れ、あっという間に夜空へと吸い込まれていった。無数のスカイランタンに紛れて、まるで星のようだ。


「エル」

「うん?」

「本当に、私とずっと一緒にいてくれる?」

「ああ、ずっと一緒だ」

「……あのね、エル。帰ったら話したいことがあるの」

「今ここでは話せないのだな」


 クーアが私の手を握ってくる。


「あなたの淹れてくれたココアを飲みながら、落ち着いて話したいから」

「分かった。それなら、これ以上混む前に帰ろう」


 握り返したクーアの手は、小さく震えていた。


 星燈祭の会場は、年越しの瞬間が近づくにつれて混雑も増す。そうなる前に会場を抜け出した私たちは、魔法で作られたイルミネーションが煌めく通りを家に向けて歩き出した。


 帰路のクーアは、屋台のあれが美味しかったとか、旅先で経験した星燈祭よりも規模が大きいとか、とにかく喋り続けていた。きっとそうしていないと、彼女の手を震わせるほどの不安に耐えられないのだろう。

 私もクーアになにを切り出されるのかと心配が募っていたから、彼女との会話が途切れないのはありがたかった。


 家に帰り着き、二人分のココアを淹れる。私ひとりならば紅茶ばかりだったが、クーアが冬になると家族で毎晩ココアを飲んでいたと教えてくれたので、最近は毎晩二人でココアを飲んで語らっていた。


 室内用の薄いフード付きマントに着替えたクーアが、テーブルにつく。その向かいに私も腰かけた。


「それでクーア、私に話したいこととはなんだ?」

「うん。あたしね、夢があるの」


 クーアの夢。こうして私に言うからには、「海の向こうへ行きたい」というかつてのものではないはずだ。ついさっき私たちはずっと一緒にいたいという気持ちを確かめ合ったのだから。


 ココアが入ったマグカップの縁を指でなぞっていたクーアが、決心したように口を開く。


「家族が欲しいの。あなたと、あなたの子供と、あたし。そんな普通の家族が欲しい」


 子供。


 手紙にも書いていたから、クーアは真剣だ。しかし普通の夫婦ならば微笑ましい話で済むそれも、婚姻届も出せない私たちの場合は違ってくる。


「クーア、私たちの子供ということは」

「分かってる。あたしたちの子供は、この町……ううん、どこに行ったって、住人として受け入れてもらえない可能性が大きいわ」


 バクの私と、ハーフセイレーンのクーア。二人から生まれる子供は、三つのパターンが考えられる。


 私と同じバク。

 クーアと同じハーフセイレーン。

 そして、バクとハーフセイレーンが混ざり合ったクォーターセイレーン。


 三分の二の確率で迫害という危険をはらんだ、非常に分の悪い賭けだ。


「エル、あたしはハーフセイレーンとして生まれてきたことで、散々な目に遭った。でもあたしの人生はそればかりじゃなかった。だから生まれてきてよかったと、心から思っているわ」


 マグカップの縁をなぞっていたクーアの指が、動きを止める。彼女の頭が持ち上がる。きっとフード越しに、透視魔法を使って私を見ているはずだ。


「旅をしてあらためて感じたけれど、この国にハーフセイレーンのあたしが正体を偽らず自由に生きられる場所なんてなかったわ。内陸部の町でも、セイレーンは悪者だったから。子供に聞かせるようなおとぎ話でもセイレーンは悪者にされていたから、皆の考えを変えるのはとてもじゃないけど無理だなって分かった」


 クーアの話は間違いない。セイレーンはおとぎ話でも海を行く旅人を惑わせ、命を奪う役ばかりだ。そして現実でも、セイレーンを討伐した者は称賛を浴びる。私やクーアがセイレーンの保護を訴えて声を上げたところで、そんな小さな声は罵声や嘲笑にかき消されて終わるのがおちだ。


「セイレーンの血が流れているかぎり、『なにもしないから存在を受け入れてくれ』って言ったって、とてもじゃないけど信じてもらえないわ」


 でもね、と続けるクーアの声は落ち着いていて、沈んだ様子は欠片もない。


「そんな世の中でも、あたしは両親に愛されて育ったって胸を張って言える。それに生きることを諦めなかったから、あたしはあなたに会えた。エル、あなたはあたしを受け入れてくれて、世界を広げてくれたわ。そんなあなたと一緒にいられるのはとても幸せよ」


 クーアがココアを一口飲み、美味しいと語るように吐息を漏らす。


「だから、あたしたちの子供もきっと大丈夫。あなたならあたしの子供を愛してくれるって信じられるもの。愛情を受けて育った子供は強く生きていけるから、あたしがあなたに出会えたように、自分の手で幸せを見つけられるに決まってる。それにエル……あなたなら、あたしを守ってくれたみたいに、どんな手を使ってでも子供を守ってくれるでしょ?」


 全てはか細い希望という名の糸を頼りにした、心もとない話ではある。だが、クーアが真剣だという雰囲気はこれでもかと伝わってきた。きっと彼女は旅の間、考えて考えて、考え抜いてこの答えに辿り着いたのだから。


「クーア、きみの願いは分かった。それなら私にも叶えて欲しい願いがある」

「なあに?」

「私たちの子供がバクであった場合は、なんの問題もなくこのイリュリアで暮らしていける。しかしセイレーンの血が混ざっていた場合、隠し続けるにしてもいずれ限界はくる。きみはその現実を嫌というほど理解しているはずだ。魔術空間に閉じ込めてひたすら隠し続けても、子供の為にならない。だから……」


 言いながら、これでいいのだと自分に言い聞かせる。私が失いたくないものは間違いなくクーアであり、彼女と私の子供だ。


 それに必要ならば逃げても恥にならないと、クーアは教えてくれた。


「私たちの子供に少しでもセイレーンの血が混ざっていた場合、皆で旅に出よう。旅暮らしをしながら、私と共に子供を育ててくれ」


 産後の体で乳飲み子を連れての旅は、過酷なものとなる。だがそれでも、私たち家族にはその生活が必要だ。


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