第百三十三話
ひとりで暮らしているとのんびり過ぎていく時間も、双子やミモラがいると慌ただしく過ぎていく。
早いもので、もう一ヶ月が過ぎた。
「ロニア、いいかげん起きろ。仕事に行くぞ」
「あ、ああ、うう」
朝六時。身支度を済ませて朝食まで食べ終えたくせに、ロニアが家の裏口で寝ぼけた唸りを漏らしている。
セルスの店で働き始めたロニアの朝は、仕込みを手伝っているということもあり早い。ロニアを起こして朝食を食べさせる私も朝早くて嫌になるが、それでも双子の親代わりとしてイリュリアでの面倒を見ているのだ。なんとしても彼を仕事へ向かわせなければ。
「クッキー屋を開くんじゃないのか? ほら、行ってこい」
「ふへえ」
裏口から送り出せば、小鳥のさえずりも爽やかな朝の景色にロニアはふらふらと踏み出していった。
夜は夜で疲労困憊といった様子でふらつきながら帰ってくるので、純粋にセルスの課した修行がきついとみえる。
それでもロニアは文句を言わないし、彼がへとへとになって帰ってくるからにはセルスも手を緩めるつもりはない。
お互い真剣に向き合っているのだから、私としてはロニアが寝坊しないように叩き起こして応援するしかなかった。
ロニアを送り出したら、もうすぐユニアを起こす時間だ。仕込み作業が必要なロニアほどではないが、ユニアも朝は早い。
いくつもの病院を回って夢喰いをするコーレルの朝は、朝早く夜遅い。ああいう場所での夢喰いはただ患者と話して夢喰いをしたら終わりというわけではないからだ。
患者の主訴をカルテで確認し、夢喰いをした結果どんな状態になったかというのをカルテに書かなければならない。その作業がとにかく時間がかかるのだと、いつぞやコーレルが酒の席で教えてくれた。
そんなコーレルの助手としてついて回っているユニアも、なかなかお疲れだ。最初の頃こそ自分でなんとか起きていたが、今では起こしてもベッドで粘ってなかなか起きてこない。
しかしユニアも、この生活は己の為だ。夢喰いで人を助けたいという目標がある彼女は、実際に夢喰いで人助けをするという現場を体験しなければ、この先もただの「旅の夢喰屋」で終わってしまう。
ユニアを起こすべく部屋へと向かう。
見た目は少年のようでも、ユニアは女だ。一応配慮して彼女を起こすのは同性のミモラに頼んでいたのだが、寝相の悪いユニアが小柄なミモラを蹴り飛ばして大泣きさせたことがあったので、私が起こすようにしていた。
キキーモラは種族特性として、相手に強烈な幻覚を見せて操る。それにより子育てや介護をしやすくするのだが、ミモラはその種族特性も自在とはいかないようだ。あの廃墟でロニアがミモラの幻覚に引っかかったのは、ロニアの「クッキー屋になりたい」という願望と、ミモラの「クッキー屋をしてくれる人が欲しい」という願望ががっちり結びついたおかげかもしれない。
「ユニア、私だ。十数える間に起きてドアを開けてくれ。出てこないのなら、こちらから開けるぞ」
ユニアに貸している客室のドアを強めにノックして、声を張り上げる。ゆっくり十まで数えるが、ユニアが出てくるような気配はない。
「ユニア、開けるぞ」
もう一度ノックをしつつ声をかけてから、私はドアを開けた。
室内はきちんと片づいている。
だがベッドの上はというと、いつもながらに酷い荒れようだった。枕や布団を蹴り飛ばしたユニアのパジャマがめくれ、大の字で眠る彼女の腹が丸出しになっている。寝返りをうっているのか怪しいくらい綺麗なロニアの寝相とは正反対だ。
「起きろユニア。朝だ」
魔法で呼び出した水をユニアの顔面に落とす。ユニアの肩を叩いて起こすなんて嫌だ。手や足が飛んでくるから、こうして遠距離から魔法で起こす方が安全である。
ごく少量の水だったが効果は絶大だ。「ぶへあっ!」なんて雄々しい悲鳴を伴って、ユニアが飛び起きる。
「うわっ、エル兄! 勝手に部屋に入ってくんなよ!」
「ノックもしたし声もかけたよ。嫌だと感じるのなら自力で起きるのだな。それより早く準備をしてくれ。もうすぐ家を出る時間だろう?」
「わああマジだ! なんでもっと早く起こしてくれないの!」
枕元の時計を見てユニアが慌てる。そんな彼女を部屋に残し、私はキッチンへと向かった。
身支度を整えたユニアに朝食を食べさせ、仕事に出発する背中を見送る。
毎晩遅くに帰ってくるユニアもなかなかに疲れているようだが、文句を言わないのはコーレルの助手として働くのは自分に必要なことだと理解しているからと思いたい。
とてもではないが毎日家事をする時間など捻出できない双子の代わりに我が家で働くのが、ミモラだ。
まあ……ミモラができる家事は非常に少ないのだが。
「エルクラート様。お庭の水やりが終わりました」
キッチンでミモラと私の分の朝食を作っていた私のところに、ミモラが現れる。その姿は頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れで、突然の雨に降られたかのようだ。
ちなみに今日は快晴である。窓からは明るい陽射しが差し込み、なんとも気持ちがいい朝だ。
ミモラはとにかく落ち着きがない。自分の魔法で呼び出した水を被っては、毎朝ずぶ濡れになっている。それでも庭でずぶ濡れになって泣いていたのが、今では水やり報告ができるまでになった。ミモラなりに成長しているのだ。
たぶん。
「ミモラ、先に着替えてくるといい。それから朝食にしよう。急がなくていいからな」
そう、急がなくていい。
というか、急いでほしくない。
ミモラはひとりで急いては大失敗をするので、まずはなにをするにも落ち着いて行動するよう教えている最中だ。
ミモラを見ているに、彼女はロニアにかなり執着していて自ら距離を置く様子は見られない。ならば彼女を雇う気満々のロニアの苦労を増やさない為にも、多少なりともミモラのあわてんぼうを矯正しておく必要がある。
着替えてきたミモラと一緒に朝食をとったら、二人で洗濯物を干す。それが終われば、私も自分の店の開店準備だ。
店の営業時間中は、ミモラに家の廊下の掃除を頼んでいた。部屋の掃除はまだ不安が大きすぎて任せられないが、調度品を全て片付けた廊下ならば多少のアクシデントも大した問題にはならない。
そんな日々が、当たり前の毎日になっていた。




