第百三十二話
帰宅すると、きいきいとした鳴き声が庭から聞こえた。特徴的なその声は、おそらくミモラだ。
いまいちキキーモラとしての家事能力が怪しいミモラだが、じっとしていろといっても無理に違いない。ゆえに彼女には洗濯を任せてでかけたのだ。
ミモラのことだから、きっと洗濯はとても時間がかかる。私が帰宅するまでは洗濯物と格闘していてくれるだろうと思っていたのだが、なにかあったようだ。
泣き声を辿って庭に出ると、青々とした芝生の上でミモラがうずくまっていた。小さい体のどこから出ているのか不思議なほどの声量で、わんわん泣いている。
ミモラのすぐそばには大きなカゴがひっくり返り、洗濯物が散乱していた。
洗い終わって運んできたはいいが、カゴを落としてしまったのか。たぶんそうだ。
「ミモラ」
声をかければ、彼女は「ぴっ!」と甲高い奇声を発した。
「怪我はないか?」
正直なところ、ミモラが無事に洗濯物を終えられるなんて欠片も思っていない。しかしそんなことをミモラが知るはずもなく、彼女はぷるぷると小刻みに震えながら、甲高い声でなにが起きたのか話し始めた。
「あのっ、あのあのっ、エルクラート様! ミモラは洗濯をしようと思ったのです! そう、綺麗に洗濯をしようと思ったのです! 庭で洗えばすぐに干せると思ったのですが、カゴを持ったミモラは転んでしまいました。自分の足に躓いて転んでしまいました……!」
洗濯物を干す以前の話だった。まあ、庭で洗おうとしたのだけは褒めてもいいかもしれない。庭ならどれだけ水浸しになっていても大丈夫だ。
まだ洗っていない洗濯物を拾い、カゴに集めていく。
「ミモラ、洗濯石鹸は持ってきているか?」
「い、いいえ! 今すぐお持ちします!」
跳ねるように立ち上がったミモラだったが、小さな足をもつれさせて盛大に転ぶ。
「……きみはここで、洗濯物がなくならないように見張っていてくれ」
ミモラの家事能力は怪しいレベルだと思っていたが、危険レベルと考えて行動した方がいいかもしれない。洗濯石鹸を求めて家の中に向かいながら、私は小さく息をついた。
さすがに四人も暮らしていれば、洗濯の量もそれなりにある。だが私は魔物だ。洗濯板でせっせと洗っていては時間がかかって仕方ないものも、魔法に頼れば小一時間で終わった。
ミモラに手伝わせながら干した洗濯物が春風に揺れ、洗濯石鹸の清潔な香りがあたりに広がる。その光景を見渡して達成感を味わっていて、それを見つけた。
買ったばかりだった私のシャツだ。意識の戻らぬロニアの枕元で騒いでいたミモラを部屋から出そうとしたときに、裾が破けてしまったものである。そういえば洗濯物に突っ込んでいたのだが、破れた裾が歪に縫われていた。
はて、縫った覚えはないのだが。
それにしてもひどい縫い目だな。
シャツの裾を掴んで見ていたら、視線を感じた。
足下にちょこんと立っているミモラが、不安そうに私を見上げている。
「あ、あの、ユニアにお裁縫道具を借りて、ミモラが縫いました。駄目だったでしょうか。ミモラのお裁縫でシャツをもっと駄目にしてしまったでしょうか」
服が裂けたことをミモラは覚えていて、縫ってくれたのか。歪な縫い目はミモラの家事能力がとても低いと証明していたが、同時に彼女自身は気が利く程度の優しさを有しているのだと教えてくれる。
「いや、助かったよ。ありがとう」
正直縫い直した方がいい見た目だが、縫ってくれた優しさに感謝はしてもいい。
だが私の言葉を受けたミモラは、しゅんと下と向いてしまった。消え入りそうな声がその口からこぼれる。
「ミモラは、とても駄目な子です」
メイド服のエプロンをぎゅっと握ってうつむくミモラ。その肩は相変わらず震えていた。
「私のシャツを縫ってくれたし、洗濯物だって干せたんだ。他のことだって、やってやれないことはない。さあ次は掃除だ。手伝ってくれ」
カゴを持って歩き出せば、後ろからミモラの小さな足音がついてくる。一人前のキキーモラには遠いが、やる気だけはあるのだ。
たぶん、なんとかなる。
そう思わなければ、やっていられない。
家に戻ってミモラに廊下の掃き掃除を任せると、私は自分の寝室から掃除を始めた。




